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35.美味しい(??×いづみ+善)
「ぜひ、そこを! なんとか!」
「……まぁ、別に問題はないが」
「本当ですか!?」
突然、新生MANKAIカンパニーの現総監督から連絡があり、何かと思えば「力を貸してください」と頭を下げられた。まったく話が見えず、芝居のことか、それとも別荘の件かと考えを巡らせる。
すると現監督は「料理を教えてください」と思いも寄らないことを口走った。
「寮で料理してるんじゃなかったか?」
「そうなんですけど、やっぱり素人と言うか……上達したくて」
「急だな。何かあったのか?」
「……今度記念日にお互い料理を作り合うんです。掴みたいじゃないですか、胃袋」
なるほど色恋か。そう納得して改めて目の前でもじもじしている彼女を見る。確かに頬が上気していて、いかにも恋をしていると言ったように見える。昔から男は胃袋で掴めだとか言う俗説もあるから言い分はわかる。
しかしかわらないのは――。
「それでどうして俺なんだ?」
「だって恥ずかしいじゃないですか。寮のキッチンで練習したら見られちゃうので」
「……ってことはあの二十四人の中の誰かか」
ギクッと肩を震わせてくれるからこれ程わかりやすいものはない。それなのに「そ、そうとは限らないじゃないですか!」を上擦った声で抵抗してくる。父親の胡散臭さは似なくてよかったな、という思いは口にせず腹に仕舞っておいた。
「なんだ、十分うまいじゃないか」
「え、本当ですか?」
そんなひと悶着を経て、結局は見捨てることも出来ず厨房に招き入れる。泣き付いてくるくらいだから料理が苦手なのかと思ったがそんなこともないらしい。包丁の扱いも申し分ないし、目分量で味をつけさせても問題はなさそうだ。火の扱いは一般家庭と料理屋の設備じゃ違ってくることを忠告しながら、要点を抑えて調理する。
「……来週が記念日なんです。喜んでくれますかね、彼」
皿に料理を盛りつけながら、ぽつりと弱音を溢す彼女を見て思い出す。
そういえばつい最近、寮の台所じゃバレるからと言って店の厨房を仮に来た役者がいた。そのときにあの役者が口にした決戦の日と、いづみの言う記念日が合致するのはたまたまだろうか。
「……さぁな」
何でもいいから揃いも揃って人の店を使うな、と小言を口にする。そのくせその口許が締まりなく緩んでいるのを自分でもわかってしまうのだから、年は取りたくないものだと静かに思った。