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44.悪役(亀いづ)
『彼、すごく面白い鳥だよね。まるで――』
あれはいつの頃だったか。確か夏組第四回公演が終わった後だっただろうか。記憶の糸を辿るいづみだったが、そもそもこの件に関して時系列はあまり重要ではないことに気がついて考えるのをやめた。本題はそこではない。春だろうが夏だろうが、秋だろうが冬だろうが関係なく、ただ重要なのはそのときに千景が言い放った言葉そのものだ。
「『まるで人間みたいだ』かあ」
そう。動物嫌いの千景が「そうは言っても同じ屋根の下で過ごす亀吉と仲良くなりたい」と言って亀吉と二十四時間ともに過ごしたあの日のことだ。二十四時間を過ごし終えてすっかり亀吉と親睦を深めた千景がいづみに向かって言ったのだ。『まるで人間みたいだ』と。
確かに、普通の鳥では考えられないほど喋る。どうしてそんなことを知っているのかという知識もある。挙句の果てに趣味は『酒』だ。飲む姿を見たことがあるわけではないが、まあ何と言うか、飲めると言われてもどことなく納得させられてしまうだけの風格はある。ありとあらゆる面において彼は人並外れて――いや、鳥並外れている。何もかもが規格外だ。
だからそんな彼を『人間みたいだ』と言った千景の気持ちはよくわかるし、千景に限らず団員各位も同じような感想を抱いているだろうし、当のいづみも常々思うところではあった。
しかしだからと言って亀吉のことを本気で人間だと思っているわけではなく、だから別に亀吉のリボンを洗濯したいとそれに手をかけたことに何の劣情を抱くはずもなく、それなのに亀吉はバサバサと羽を広げて抵抗し、鳴き喚いた。
結果、玄関で立ち尽くすいづみの手には彼の水玉リボンが握られていて、身を剥かれた亀吉は『ハレンチダ! この悪党!!』とどこぞの秋組役者のようなことを吐き捨ててMANKAI寮を飛び出して行ってしまった。
「ハレンチだと思うなら寮に居てくれればいいのに……」
言っていることとやっていることがちぐはぐだな、と思いながらもいづみはいつものスニーカーを履いて寮を出る。
いくら相手が鳥だと言っても、彼にも心があって、それを傷つけてしまったのなら謝らなければならないだろう。もしかしたら素っ裸で外に出たことを今頃後悔しているかもしれない。それなら迎えに行ってあげなくては。
亀吉のいく当てに幸い心当たりはあった。伊助とケンカすると亀吉は決まって近所の公演の木の上に身を隠す。今回もきっとそこにいるだろう。それなら駆け足で十分くらいのものだろう。
軽やかな足取りで公園に向かういづみ。その足が止まったのは、何の気なしに思いついた彼へのお詫びのためだった。
ああそうだ。洗濯の間、代わりに身につけるリボンを買ってあげてもいいかもしれない。それなら自分とお揃いのボーダーを買ってあげよう。
我ながら名案だと思い付いたいづみは、亀吉がいるはずの公園に目もくれず走り抜ける。
それを恨めしそうについていく桃色の影に気づいたのは、新しいリボンを購入してすぐのことだった。