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51.海岸線(天いづ)
車の窓から入る潮風が心地いい……と感じる余裕は微塵もなかった。こんなことなら父や井川、仲間たちのアドバイスをよく聞いておけばよかったと思いながら慣れないハンドルを握る。手汗が気になって仕方がないが車内の冷房は控えめのまま。仕方がない。助手席には大切な人が座っているのだから。
「……冷房キツくないか? 窓閉めるか?」
「ふふ、それ四回目だよ」
「そ、そうだったか?」
「うん。大丈夫だよ。寒かったらちゃんと言うし、それにほら! 潮風が気持ちいでしょ?」
だからそれを感じる余裕がないんだよ、とは口に出来ない。
高校生の頃に約束した、自分の運転で彼女を海に連れていくと言う約束。何年も待たせてしまったのに彼女は笑顔で「嬉しい」と言い、どうにか今日にこぎつけた。
運転の練習はこれでもかと言うくらいした。まったく問題ない。安全運転できているとのお墨付きは父からも井川からも仲間たちからも貰った。
それなのに全員が全員、同じ不安を口にした。
――もし、ドライブデートなんかしようと思っているならもう少し練習してからにしろ。
そんな父の声が未だに耳にこびりついている。同じ意味合いのことを井川も団員も口にしていた。
それがどうしてか、その時にはわからなかった。しかし今ならわかる。緊張で手が震え、まともに会話も展開させることが出来ない。運転自体は安全にできているはずだが、それ以外のことにまるで気が回らなかった。
なるほど。運転ができることとドライブデートが成功することは必ずしもイコールじゃないのか。
理解したところでもう遅い。隣にはずっと待たせていたいづみが座ってしまっている。
こんな気の利いた話もできない男とのドライブなんて、退屈で仕方がないんじゃないか。かと言って何を話していいかもわからない。ずっと夢見ていた景色が目の前にあるのに、現実は夢ほど甘くはなかった。
せめて安全に、と前方に集中する天馬は気づかない。
隣に座るいづみもまた緊張していて、せっかくの海よりも運転する彼の横顔ばかり眺めていることに。