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55.一月 お正月(セレブペアサンド)

「監督」
「監督ちゃん」

 新年早々、夏秋リーダーに声をかけられたかと思えば、突如予定を確認された。お正月の初詣は寮に残ったみんなと済ませているのでこれと言った予定は特にない。劇団宛に届いた年賀状の仕分けも先ほどちょうど終えていた。
 そう答えると二人はニカッと歯を見せて笑い、それなら出掛ける準備をしろと自室に押し込まれる。

「え? どうしたの急に? どこ行くの?」
「何言ってるんだ、決まってるだろ」
「初売りセール。監督ちゃんも一緒に行こうぜ」

 買い物好きな若いセレブ達に誘われるまま、新年の午後の予定が決定した。



 二人ともおしゃれ好きだし、 二人ともおしゃれ好きだし、一緒に服を選んでもらうのもたまにはいいかもしれない。そんな風に思った一時間前の自分に溜め息が出る。
 どんなに彼らにファッションセンスがあったのだとしても、彼らとは決定的に異なるものがあった。

「……ゼロが、多い」

 金銭感覚の差だ。連れていかれる店の服はどれも可愛く、新春セールと言うこともあって店内には魅力的な割引率が表示されているのだが、元値が高すぎるせいでいくら割引されてもいづみの財布では戦闘力が到底追いつかなかった。
 こうなったらウィンドウショッピングに切り替えるしかない。せめてマネキンのセンスをよく勉強して帰ってからの参考にしよう。そう思ういづみの肩をぽんっと叩いたのは万里だった。

「なんだ、何も買ってねーじゃん。いいモンなかった?」
「いや、ちょーっと私のお財布には……」

 総額いくらになるのだろう。欲しいものは片っ端から手に取ったと言わんばかりの万里の買い物量に改めて格差を感じる。
 途中店員がやってきて、決まった品をレジで預かると言ってくれたことで手の空いた万里は、再度仕切り直しと言うことでいづみに問いかける。

「ってことは別に、服とかの感じ自体は嫌いじゃねーんだな?」
「う、うん……どれも可愛くて素敵だよ」

 ゼロがもう一つ少なければ、と付け足しはしなかったものの、値段が違えば間違えなく手に取っていただろう。そんな商品で溢れたこの場所が眩しい。
 口惜しく思ういづみに万里は「よかった」と呟いて、いづみを手招いた。いったいどうして、と戸惑いながらも従う。そこで渡されたのは一枚のワンピースだった。

「ほら、コレ監督ちゃんに似合うと思って」
「わぁ! 本当、可愛い……んだけど……」
「買ってやる」
「え!? い、いや、いいよ、悪いよ!」
「気にすんなって。ちょうど優待券持ってるし。今度これ着て出かけよーぜ」

 なんだ優待券って。そうツッコみたいのにこうなったときの万里は強引だ。あっという間に試着室に追いやられて、自分は他を見てくるからサイズの確認をしてくるようにと言い聞かせてその場を離れてしまった。こうなれば着ない選択肢はない。
 買わないにしても袖を通すくらい許されるか。可愛いのは本当なんだし。そう思ってワンピースを着てみると、さすが万里の見立てと言ったところか。本当によく似合っている気がしてしまう。丈も短すぎないし、だからと言って大人過ぎない。ちょっとしたお出掛けなんかにも適しているデザインがとても気に入ってしまった。
 それがとても嬉しくてつい誰かに見て欲しくなってしまう。万里はもう試着室の外に戻っているだろうか。期待と不安の両方があって、そっとカーテンから顔だけ覗かせる。
 するとそこには予想と違った、それでも見知った顔がいた。

「あ、てん……」
「おっおい! 万里さんがいないときにその名前で呼ぶな!」
「あ、そうだった……ごめんね、えーっとアリババくん」
「いや、その呼び方もどうなんだ」

 前々から思ってたけど、と顔を引きつらせる天馬にいづみは、なかなかいい呼び方だと思うんだけどなと首を傾げる。その弾みに手で押さえつけていたカーテンがはらりと離れて、隠していた例のワンピースがお披露目されてしまった。

「似合うじゃないか、それ」
「あ……え、えへへ」
「なんだ、気に入ってないのか?」
「そういうわけじゃないんだけど、ちょっとお高いなぁって……万里くんが買ってくれるって言うんだけど悪いし」
「万里さんが?」
「うん、今度これ着て一緒に出掛けようって」

 確かに万里が好むような店に行くのには、これくらいおめかしをしてもいいのかもしれない。普段着だと安っぽくて浮いてしまうような気がする。そう思いはするものの、それなら自分で買えばいいとも思うし。
 賑やかで華やかな店内に似合わず難しい顔をするいづみ。しかしその顔が僅か数秒で驚きの色へと変化する。
 天馬もまた難しい顔をしていづみの方を見ていたのだ。

「天馬くん……?」

 もしかして似合っていないのだろうか。先ほどの似合うと言う言葉はお世辞? それとも年下に物をたかった悪い大人に見えただろうか。
 様々な想像をし、どうにか天馬に弁明をしようと口を開きかけたいづみだったが、先手を打ったのは天馬だった。

「ちょっと待ってろ」
「え?」
「すぐ戻るから」
「ちょ、ちょっと……! て……じゃなくて……あぁ」

 待ったをかけるも聞く耳持たず。あっという間に天馬は試着コーナーから離れてしまった。
 取り残されたいづみは不安げにきょろきょろと店内を見回す。ワンピースを試着する目的は達成されているし、他に着る服もなければそれを見てくれる人もいない。
 どうしたものかと途方に暮れていると、思いの外早く戻って来た天馬の姿が目に付いた。

「ちょっと、てん……アリババくん!」
「せめて井上とか古賀とかいろいろあるだろ……まぁ、いい。それより、これ」

 呆れ顔の天馬がいづみをじっと見つめたのちに手に持っていた何かを差し出した。反射的に受け取る。手渡されたそれは――。

「わぁ! 可愛いネックレス!」

 華奢なデザインが可愛らしいネックレスだった。

「そのワンピースにも合うし、普段使いもできるだろ」
「確かに! すごく似合うと思う……けど、」
「買ってやる」
「えぇ!? いや、そんな貰えないよ!」
「なんで万里さんはよくてオレはダメなんだよ!」
「そうじゃなくて!」
「おいおい、あんま監督ちゃん困らせんなって」

 ネックレスを押し付け合う二人に割って入ったのは、戦利品をしっかりとショップバックに包装して貰った万里だった。いつの間に戻っていたのかと二人揃って目を丸くしていると、万里はその視線を全く気にせず「ワンピ似合ってんな」と上から下までいづみのことを眺めたのちににやりと笑った。

「じゃ、今度はこれ着て出かけよーぜ」
「監督、オレは仕事でついていけないかもしれない。だけどネックレスは着けて行っていってくれ。ほら、あれだ。せっかく似合ってるんだ。もったいないだろ」
「監督ちゃん『貰えない』っつってなかったか?」
「それならさっきワンピースも『買って貰えない』って言ってたぞ」

 そんなことを火種に互いのプレゼントを競わせ合うセレブな二人に、遂にいづみは雷を落とす。

「これのせいで仲良くできないなら両方ともいりません!!」


 この一言が効いて、しかし結局「怒らせたお詫びだ」とワンピースもネックレスも贈られる。またこれを身に着けて三人で遊びに行こうと約束をすると、二人は渋々頷いた。





花の壁