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5.それだけは嘘じゃない(シトいづ)(春)
《一本足りないのではないか、シトロニア》
《いや、一つあれば十分だ》
《監督を迎えに行くのだろう?》
《足りないのはお前の考えだ、ガイ》
首を傾げる友に母国語で笑いかけながら、今朝の出来事を思い出す。
彼女は朝早くから他の劇団を手伝うのだと言って支度をしていた。少し寝坊をしたらしい。慌ただしく談話室を駆け回っていた。そんな彼女を見ることが出来たのは偶然早くに目が覚めてしまったから。眠気覚ましに淹れたコーヒーを彼女にも差し入れながら、くるくると目を回す彼女を眺める穏やかな春の朝。日付は四月一日ということもあって、つい冗談を叩きたくなってしまうのは悪い癖だ。
「あれ? お財布どこにやったっけ!? さっきまで持ってたと思ったのに……」
「たしかテレビの前のテーブルに置いてたヨ」
「本当!?」
「嘘ダヨ」
「もー! って……あ、惜しい! ソファーにあった!」
「ちなみに今日、カントクの占いは十二位で『忘れ物注意』になってたヨ」
「え、本当に?」
「ジョーダン。エイプリルフール!」
「もう!」
いつも皆に囲まれている彼女と二人きりという環境のせいでついはしゃいでしまった。そのあとも小さな嘘を重ねては、それを受けた彼女が「本当に?」「今度こそ?」「……嘘でしょ」と表情を変えていく様を楽しんだ。
「いけない! そろそろ出なくちゃ」
「カントク、今日は夕方から雨ダヨ」
「ふふ、もう騙されないんだから! 嘘だよね?」
「オー、ひどいヨ。夕方からはドンチャン降りってお天気お姉サンが言ってたヨ」
「それを言うなら土砂降りだよね? でもその手には引っ掛かりません! こんなにいい天気だもん」
それじゃあ行ってきます、と傘も持たずに飛び出していった背中を見たときの気持ちはオオカミ少年さながらだった。
ただ、このオオカミ少年は信じて貰えなかったくらいで折れたりはしない。
春雨の降る夕方、彼はしめしめと笑いながら傘を一本だけ手に持って、信じてくれなかったひどい彼女を迎えに行く。
《ガイ、覚えておくといい。この国では一つの傘を分け合うことに特別な意味があるんだ》
《一つの傘を……? どういう意味だ》
更に首を傾げるガイを気の抜ける笑顔で躱して、玄関の扉をくぐる。
「ヨーするに、早起きは山門のトクさんってことダヨ」