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76.私は○○です

 ルーレットを使った稽古がしたいと持ち掛けたのは太一だった。
 春と言えば一年でもっとも何か新しいことを始めようと気合いを入れる時期。この春の太一も例外ではなく、普段あまりしないような方法で芝居の練習がしたいと周囲に相談して回った。
 その結果、一成から以前に夏組がエチュード稽古に使ったらしいシチュエーションと台詞が表示されるルーレットを手に入れた太一は、嬉々として総監督室を訪れていた。

「わぁ、懐かしいなぁ。結構いい練習になるから夏組ではしばらく使ってたんだよね」
「そうなんスね! 俺っち、今年はもっと幅を広げていきたいと思って、そしたらカズくんがこれを貸してくれたッス!」

 だからそれを使った稽古に付き合って欲しい、と太一が言えばいづみはもちろんだと言って提案に乗っかった。

「これ、ルーレットの中身も変えられるらしくって」
「そうなの?」
「今は役の名前が表示されるようになってるッス」
「それは面白そう!」
「よかったら監督先生もいっしょにやらないッスか?」

 そんなわけで、いづみと太一は二人でルーレットを回し続けた。
 時には自身が演じた役を、時には演じて見たかった役を、時には自分ではまだ表現しきれないような役を演じながら夢中になって台詞を言う。
 それを見ていづみは様々指摘をしながら自身も大根ながらに演じ続けた。

「えっと、次は……うわっ『カポネ』ッス! あの凄み出せるかな……」
「私は……あぁ……『おりん』だ……東さんのイメージが強すぎる……」

 そんなゲームのようなやり取りの中、これが最後だと太一が引いたのは『ベンジャミン』だった。
 マフィアの構想を描いた作品の中で、唯一何の力もない一般市民の役。全員がカッコいい衣装へ着替えていく中、自分はパジャマ姿で少し寂しかったのを思い出す。
 しかし今はそんなことまったく思わない。自分のために作られた、自分の体にぴったりな衣装。それを用意してもらえることがどれだけ幸せなことか。その裏にどんな苦労があるのかも、その役が舞台においてどんな意味を持つのかもきちんと知っている。
 この役は他の誰でもない、秋組の七尾太一だから演じることが出来る大切な役だ。
 その誇りを胸に、ルーレットが示した台詞をベンジャミンとして口にする。
 それを見たいづみは彼の成長をはっきりと見つめ、いつも見つめてくれるその瞳に射抜かれた太一もまた、遠い昔を思い出していた。


――俺はMANKAIカンパニーの……秋組の七尾太一ッス!










(この台詞ルーレットネタですが、現在イベントの復刻メダルで取れるSR天馬『今月のカバーボーイ」カードのバクステのネタです)
花の壁