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84.おはようからおやすみまで(万いづ)

 冷静にならなくては。そう自分に言い聞かせながらいづみは懸命に寝たふりをする。
 つい先ほどまでぐっすり眠っていたいづみの鼓膜を揺らした小さな笑い声。それがあまりに優しくて一気に夢の中から引き上げられたのに、恐らくその声の主がずっと自分の唇を触っているらしく目を開けることが出来ない。
 ふにふにと弄ぶように何度も唇に指を押し当てては「ふっ」と小さく息を漏らすような笑い声が聞こえて、その声がまた「堪らなく愛しい」と言っているかのように聞こえて、いづみは起きるタイミングを完全に見失ってしまった。

「……いづみ」

 笑い声が止んだかと思えば今度は小さく名前を呼ばれた。ここで返事をすれば起きていたことがバレてしまう。いや、これが最後のチャンスかもしれない。そんな二択を行ったり来たりしているうちに万里は「まだ寝てんな」とほっとしたように息を吐いた。これはもう起きられない。寝たふりを続行するしかない。


「いづみ、好きだよ」


「好ーき」


「朝から晩まで言ってやっから覚悟しろよ」



 そんな甘い甘い言葉に酔いしれそうで、このままでは何か反応を返してしまいそうだといづみは内心慌てる。
 そんな彼女の頭上から「……耳赤いからバレてんぞ」とからかうような声が聞こえた。





花の壁