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85.潰れてしまうよ(シトいづ)
「ヅケ丼、へいお待ち!」
「……ヅケ丼?」
「お寿司屋さんのタイショーに教えてもらったヨ。お刺身をタレに漬けてドーンってする料理ダヨ」
間違っていない、音は間違っていないのだが何かがおかしい。そう思いつついづみは食卓に並んだ丼ぶりを眺める。漬けダレでつやつやに光ったマグロがなかなか美味しそうで腹が鳴った。
「さぁ、召し上がれ」
「ふふ、ありがとう。いただきます」
手をあわせて料理を作ってくれたシトロンに感謝の意を示す。最初の一口は思い切り、と酢飯もマグロも欲張って口元へ運んだ。ちょっとやりすぎたかと思えたがそれでもどうにか口へ運べば、よく漬かった漬けダレの風味にマグロの脂がマッチしていて舌が大喜びだった。酢飯の酢の加減もほどよくて爽やかだ。
これは幸せだ。私は今幸せを口いっぱいに詰め込んでいる。
そんなことを思いながらどうにか口いっぱいのそれを嚥下し、シトロンへ最大級の賛辞を捧げた。
「すごい! これすっごく美味しいよ! プロ顔負け!」
「フッフー、インドマグロは今がチュンだからダヨ。酢飯とのアイショーもバッチリ!」
「ちゅん……旬かな? マグロの旬って春なの?」
「ノーノー、マグロの種類によって違うヨ。インドマグロはだいたい四月からが美味しいって教えてもらったヨ」
さすがタイショー、とにこにこ笑うシトロンは、自分の分もよそってくると言って席を立った。その一挙手一投足に気品があって、改めて彼が王族だったことを思い出す。世界中を探してもヅケ丼を作る王族なんて彼くらいのものだろうな、と思えばなんだかおもしろくなってしまった。
「カントク、どうして笑ってる? なにか面白いことあった?」
「ううん、ただヅケ丼が美味しくて! これだけ味が染みてるなんて愛情を感じるなぁ……」
冗談めかしてそんなことを言えば、シトロンは数回目を瞬かせて、それから表情をうんと柔らかくした。
「来年もカントクに一番に作るネ。約束ダヨ」
「そんな贅沢、幸せで胸もお腹もいっぱいになっちゃうなぁ」
「それならヒト思いに、潰れるくらいハッピーになるといいネ!」
おりゃぁ、とおどけた叫び声と一緒に思い切りぎゅっと抱きしめられる。
「もうっ! 本当に幸せで潰れちゃう!!」