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86.ロクでもない(丞いづ」

「気をつけなさいって言われたんですよね」
「……は?」

 藪から棒にそんなことを言われて距離を取られた。まったく意味が分からない。

「なんなんだ、いきなり」
「だから、気をつけなさいって言われたんです」

 いったい何が言いたいんだ。そう思いながらたった今の行動を思い返してみる。
 ランニングを終え寮に戻ると稽古室に監督がいて、それならちょうどよかったと客演先の芝居の自主練に付き合ってもらい、そこで監督がアドバイスをくれようと台本を広げたからそれを覗き込んだ。そうしたら突然距離を取られてこのありさまだ。

「わかるように説明しろ。意味が分からない」
「……ろくでもない男の話になりまして」
「……は?」
「顔がよくて、堂々としていて、優しそうに見せて意外と強引と言うか、自分のペースに巻き込むというか。あと、距離が近い」
「何の話だ」
「ろくでもない男の特徴です。どんなにこっちにその気があっても、ろくでもない男は遊んでいるだけだって友達に言われました。丞さんは全部に当てはまるので、気をつけようかなって」
「その情報こそろくでもないな」

 なんなんだその情報。頭が痛くなる。この状況が面白くないのは、女性のノリについていけないというよりは、単純にいづみに避けられたことがショックだからだ。
 しかしそれを素直に言えるのならこんなことにはなっていない。監督は『どんなにこっちに気があっても』と言った。そして『遊んでいるだけだから避ける』とも。
 つまりこちらが彼女に抱いている好意はまるで伝わっていないことになる。それも相手も同じ気持ちなのに、だ。

「……じゃあ、遊んでるわけじゃないって言ったらどうするんだ」
「……え?」
「こっちも本気なのに人を遊び人呼ばわりして。そっちこそろくでもない女なんじゃないか?」


 そんな風に挑発すれば彼女は瞬く間にいつもの調子を取り戻して距離をグッと縮めてきた。





花の壁