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91.スキップ(ガイいづ)
耳元で囁かれることと言えばたいてい秘密の話だったりするわけで。
それも最近はしなくなったな。小学生の頃はよくしていたのに、などと戯れに考えてしまうのは、何年振りかに耳打ちをされたことがきっかけだった。
「カントク、ミミナリな情報教えてあげる」
「耳鳴り?」
「おトクさんな情報のことダヨ」
「あぁ、お得な耳寄り情報のこと?」
「それダヨ。あのねカントク、ガイの話が長いときは左の耳ブタを引っ張るといいヨ」
「……何が起こるの?」
「それは――」
「監督?」
「え、あっハイ!」
「すまない、退屈させただろうか?」
「いえ、そんなことは……」
そんなシトロンからの耳打ちを思い出しながら、一緒にお茶を飲んでいるガイの顔をまじまじと見つめる。お茶請けの栗の甘露煮を商店街のマダムから貰うまでのエピソードをぼんやりとしか聞いていなかったことを察せられてしまった。それをいづみのせいにするのではなく、自分の話が退屈だったかと心配する優しさが好きだと思う。そんな思いを伝えられないいづみの片思いの相手、ガイ。その整った顔立ちも、穏やかな雰囲気も好きで、伝えられなくてもこうしてお茶をするだけでも幸せだ。
整った顔立ちも、落ち着いた雰囲気も大好きで、だけどそれを伝えられないいづみの片思いの相手だ。
しかしいづみは勘付いていた。恐らく、伝えてもいいのだ。ガイもいづみのことを悪いようには思っていない。それどころかまぁ、脈ありだと思う。
それなのに伝えきれないのは、ガイがいつも話をぼかすから。本音と建前の境が見えづらく、話の真意を掴み切れないから。
だからいづみは思い切って――。
「えいっ!」
ガイの耳たぶを引っ張った。
シトロンが言うことには、ガイには『スキップ機能』がついているらしい。お説教が長いときは耳たぶを引っ張ればいいのだとか。「ただしスキップが出来るのは話しはじめて五秒経ってからダヨ」と言っていた。そんな動画広告みたいな、と思いつつ勇気を出してスキップ機能を使ってみたのは、彼の建前をスキップして本音を聞くことが出来たらなぁと思ってのことだった。
「……監督」
「は、はい」
ガイが話を止め真剣な面持ちでいづみを見つめる。
これはシトロンにからかわれただけかもしれない。話を遮られてガイを怒らせてしまったかも。
そう焦るいづみだったが、続くガイの言葉は想像とはかなり様子が違っていた。
「週末、よければ週末出掛けないか?」
「週末?」
「デートの申し出だ」
「――っ!」
あぁ、きっともうスキップ機能は使わないだろう。
これまで彼の建前を聞きながら自分の心臓も準備をしていたのだと思い知った。