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95.春の足音(咲也+いづみ)
「カントク! こっちです!」
「あ、咲也くん!」
桜の花が舞う春の景色。その中心で大きく手を振る咲也目掛けていづみは駆け出す。
今日は春組で花見をする日。そこにお呼ばれしたいづみは、少しだけ残っていた雑務を朝一番で片づけて、場所取りをしてくれている咲也の元へ急いだ。
朝早くからブルーシートを広げて待機する咲也。きっと寂しかっただろうといづみが声をかけるが彼は嬉しそうな顔のまま首を横に振った。
「場所取りなんて重大な役を任せて貰えたのが嬉しいです。緊張してたんですけどいい場所がとれてよかった」
余程楽しみにしていたらしくて、予定よりも早く目覚めてしまったのを利用して場所取りをしたらしい。咲也が取った場所はかなり桜がキレイで、トイレも近すぎず遠すぎず、なかなか景色も利便性もいい場所だった。
「みんながここに来るのを楽しみに待ってると、あっという間に時間が経っちゃって……だから本当に寂しくないんです」
「咲也くんがそう言ってくれるならいいんだけど……」
「それに、少し昔のことを思い出して」
昔のこと? と首を傾げた拍子に目の前を桜の花びらが横切った。きっと頭の上に花びらが乗っていたのだろう。頭の角度が変わったから落ちてしまったそれを、いづみは苦笑しながらつまんでブルーシートの外に追いやった。
「ええっと、ごめんね。昔のこと、だっけ?」
「はい。ほら、ちょっと状況が似てませんか? 誰もいない場所でみんなが来るのを待ってる感じが、最初のあの頃に」
「あぁ! そういうこと……なるほどね」
言われてみれば確かに、といづみは苦笑しつつ思い出す。初舞台だと張り切る彼が見せた全力の芝居。拙いのに一生懸命で目が離せなかったあの春の日。役者としてたった一人で舞台に立ち、ほかの仲間が揃うのを待っていた様子は今のそれに近いものがある。
「あのときカントクが見に来てくれたっていうのも、今日の様子によく似ていて」
「懐かしいなぁ。なんだかあっという間だと思ってたのに」
「懐かしかったのはそれだけじゃなくって」
そう言って咲也は自分のすぐ下に敷かれたブルーシートを優しくなでた。
「あの頃は自分の居場所が欲しくて、役をブルーシートみたいに思ってたなぁって。ここが俺の場所って示すためにロミオしがみついていたんだと思います。それでついムキになって、そんな自分はじめてだったから自分でも戸惑って……」
その言葉にいづみもまた思い出す。殺陣がうまくいかず、それでもロミオは自分の役だと必死になっていた彼の姿を。
役を大切にできるのはいいことだが、あまりに思い詰めている様子が心配だったんだよなぁと記憶の中の彼と目の前にいる彼を見比べる。あの頃の不安定な咲也はすっかり鳴りを潜めていた。
「だけどもう、今は違います。ブルーシートをひかなくても、自分の居場所はここだって胸を張って言えるんです」
「……そうだね。咲也くんがいないとこの劇団は始まらないよ」
しみじみと思い出話に花を咲かせてしまったせいで、目の前の花を観賞できていないことに気がついたのは、いづみがぐぅと腹の音を鳴らしたのがきっかけだった。
「あはは! お腹空いちゃいましたね?」
「うう……お恥ずかしい」
「俺もお腹ぺこぺこですよ! 綴くんのお弁当楽しみだなぁ」
「シトロンくんはデザート係だっけ?」
「はい、商店街のマダムからオススメ聞いてきたそうです。あと真澄くんは初枝さんからの差し入れを持ってくるって」
「至さんはレクのゲーム、千景さんはその景品。なんだかすごく楽しいお花見になりそうだね」
「ですね」
もうすぐ来るであろう大切な家族たちの顔を思い浮かべながら、ブルーシートの上でのんびりと到着を待つ。
それから少しして前方から賑やかな声と足音が聞こえてきた。
あぁ、すっかり春がやって来たなぁといづみは咲也の頭についた花びらを手に取って笑った。