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96.夏の思い出(天馬+いづみ)

 キンキンに冷えていた事務所を後にして帰って来たMANKAI寮は蒸し風呂のように暑く感じられた。実際そんなことはないのだろうが、あまりの温度差にそう錯覚してしまうほどだ。
 世間一般は夏休み終盤。しかし天馬は相も変わらず仕事がある。大学生の長い休みは芝居に打ち込むのにはうってつけ。つまり井川も張り切ってスケジュールを詰めてくるということ。
 それでも今日は打ち合わせだけだからと大急ぎで寮へ戻って来た。それなのに――。

「人が急いで帰ってきたっていうのにどうしてアイツら誰一人いないんだよ!」
「あ、あはは……一応伝言預かってるんだけど、先に麦茶でもどう?」
「……もらう」

 カランと氷の涼しげな音に続いて、コポコポと麦茶が注がれる音がキッチンに響く。それだけで体感温度が下がる気がするんだから人間って単純だ。そう思いながら注がれた麦茶を有り難くちょうだいする。

「ぷはっ!」
「ふふ、いい飲みっぷり」
「おかわりあるか?」
「はいはい」

 しっかり水分を補給し、体温もいくらか下がったことで頭に上っていた血も引いてきた。
 今日は夏組みんなでフォトフレームを作る予定になっていた。
「この夏の思い出を一枚選んでフレームに飾りたい」と言い出したのは写真を撮りすぎて整理が追い付かなくなってきた一成で、せっかく飾るならフレームにもこだわりたいと言ったのは幸だった。もともとそう言った遊びが好きな夏組の面々は次々に同意を表明し、結局各自一枚写真を選んで自分だけのフォトフレームを作ることに決まったのは昨日のことだ。
 そんな楽しい集まりの予定だったんだ。少しくらい遅れてもいいじゃないか。なるべく冷静に、と言い聞かせ天馬はいづみに問う。

「素材集めに行ってる三角と一成はどうしたんだ?」
「それが素材を探すのが楽しくて時計みてなかったみたい。さっき海を出たって」
「海ぃ!? アイツらどこまで……ま、まぁいい。幸と椋は?」
「バスには乗ってるみたいなんだけど途中の道で事故があったらしくて渋滞にはまっちゃったって」
「……九門は? アイツがフレームを調達するんだ。いないと始まらないだろ」
「それがフォトフレームを買いに行ったけどお財布持っていくの忘れちゃって、一回取りに帰った時間分遅れてるみたい」
「なにやってるんだ、まったく……」

 揃いも揃ってトラブっている。幸と椋は不慮の事故だとしても、他の三人は未然に防げた話だろう。仕方がないヤツらだ。自分一人だけ時間に間に合ったなんてまるで浮かれているみたいじゃないか。

「あ、それでみんなからの伝言でね」
「そうだ! そもそもどうして伝言なんだよ? LIMEすればいいだろ」
「『優柔不断なポンコツのことだからすぐに写真決められないでしょ』『テンテンは時間かかるだろうから先にベストショット決めちゃってて!』だそうです」
「誰が優柔不断だ! まったく」

 どこまでも人のことをからかいやがって、と思いつつ、テーブルに並べられた写真の枚数を見て僅かに皆に感謝した。確かにあの中から一枚を選ぶのは骨が折れる。

「監督も一緒にフォトフレーム作ってくれるんだよな?」
「うん。みんなが誘ってくれたからせっかくだしね。だから私も一緒に写真選んでもいい?」
「あぁ、その方がオレも助かる」

 こうして、この夏一番の思い出探しが幕を開けた。

「あ、見て見てこれ。椋くんすっごくいい笑顔」
「本当だな。これは……椋の誕生日のときか。あ、これ見ろよ監督」
「どれどれ……あはは! これボウリングのとき?」
「だな。ついこの間のことなのに妙に懐かしい」
「じゃあこれはどう思う?」
「ん? なんだよ……って! 何だこのオレ!」
「目が半開き! 写ってるメンバー的にカメラマンは幸くんかな?」

 写真を一枚一枚見ては笑って、怒って、驚いてまた笑う。そんな時間が過ぎるのはあまりにも早く、気がつけばもうじきみんな寮に戻って来れそうだと連絡が入っていた。

「まずい。まだ候補も絞れてないぞ」
「私もだ……どうしよう」
「一枚ずつって言うのが効率悪いんだ。もっと別の方法を……」
「あ! それならある程度イベントを絞って探そう。写真もそんな感じで固まってるみたいだし」
「よ、よし! それで間に合わせるぞ!」

 そうと決まれば、と写真を広げようとする天馬だったが、うっかり手を滑らせてしまい写真の束をテーブルにぶちまけてしまった。

「あぁ……写真が……って、あれ?」
「わ、悪い監督。すぐに集めて……」
「ねぇ、天馬くん。見てこれ、懐かしいよ?」
「は?」

 いづみに手渡されたそれを受け取った天馬は怪訝そうに顔を歪めた。自分のせいだと言われればそうなのだが、今はばらまいてしまった写真をどうにかしたいのに。
 そんな考えが吹き飛んだのは一瞬のことだった。

「これ、今年の写真じゃないだろ」
「ね。紛れ込んでたのかな?」
「まったく。整理ができないほど撮るからこういうことになるんだ」

 そう文句気に言いつつも天馬の表情は穏やかだ。懐かしさが滲み出てしまっている。それが自分自身わかるものだからこそばゆい。
 そこに写っていたのは旗揚げ公演のとき、ロケット花火で遊んだときの写真だった。

「天馬くん、ロケット花火もねずみ花火も知らなかったんだよね」
「そ、それは……まぁ、そうだけど……」
「みんなといろんなはじめてを積み重ねたね」
「まぁな……あ、これは忍び公演のときの花火の写真だ。九門もちゃんといる」
「あ! 本当だ、花火文字の写真! 懐かしいね」

 そう言って二枚の写真を見比べた二人は顔を見合わせて笑う。そうと決まれば探すべき写真はあの一枚――今年の夏、六人で合宿所で花火をした時の写真だ。

「あ!」
「あった!」

 そう言って声を揃えた頃には夏組全員が寮に帰っていて、「やっぱり写真選べてないんじゃん」と幸が発したのを皮切りに全員で大笑いした。





花の壁