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97.秋のワンポイント(万里+いづみ)

「うわぁ! すごい、一面リンゴ畑!」

 いづみの歓声が天高い秋の空にこだまする。
 地方への公演を終え、本来であればまっすぐ団員寮へ帰るはずのいづみたちがリンゴ農家にいるのには秋組ならではの理由があった。
 十座の親戚が営むリンゴ農園の人手が不足していて、それがちょうど公演を行った地方のすぐ近くだったこともあり、秋組総出で収穫の手伝いをすることになったのだ。宿泊費どころか食費まで浮くということもあって経理担当の承諾を取ることは容易く、秋組プラスいづみの七人はリンゴの収穫に勤しんでいた。

 とは言え、素人に手伝えることなど限界がある。リンゴの良し悪しの判別は出来ず、出来ることと言えば精々言われたとおりに実を収穫することくらいだった。二人一組で手分けして指示された辺りの木に成るリンゴをもいでは傷がつかないよう丁寧に籠に入れていく。
 いづみとペアになったのは万里だった。臣には負けるが背は高い方だ。作業をするのにこれほど心強いパートナーはいないだろう。
 そう安心したいづみの予想は的中した。背もあるし手先も器用、要領がいい万里との収穫作業はなかなかのスピードで進んでいった。途中雑談を交える程度には余裕をもって作業出来たこともあり、なかなか楽しい仕事だった。

 ある程度キリがついたところで少しだけ休憩にしようとお互いが言い出して思い切り伸びをする。日常を過ごすのとは違う筋肉を使ったため、やや疲労が溜まったが、かいた汗が涼しい秋の空気に触れるのは清々しくて心地いい。
 そんな背筋が伸びる空気に触れてか、万里がぽつりと「途方もねぇよな」と呟いた。

「これだけのリンゴの世話なんてどんだけ大変か、想像もつかねーわ」
「本当、そうだよね……」

 花をつけるのも、それらを管理するのも、着いた実を収穫するのも、その実の味を消費者に届けるのも、次の季節に備えるのも。どれもこれも手間のかかる作業なのだろう。そしてどれ一つとして手間を惜しめないのだから途方もない。
 ただ確実に言えることは、生産者のそんな途方もない努力の甲斐あって自分たちは美味しいリンゴにありつくことが出来るのだ。

「ここに来るまで思いもしなかった。自分が触るモンはどれだって、誰かが必死になったから出来たもんだったんだよな。それを何も知らねーガキが冷めた目で見て、なんでも知ってる気になって……」

 過去の自分を嘲笑うような口ぶりにいづみは待ったをかける。

「意外とみんなそういうものだと思うよ。当たり前じゃないことを当たり前だって思っちゃう気持ち。それは誰だって持っちゃう気持ちだよ。だからそこに気が付けたなら、これからをどう過ごすかが大事なんじゃないかな……って言われるまでもなく今の万里くんならわかってるだろうけど」
「……まぁな」

 いづみの言葉にくすぐったそうに万里は笑って頭を掻いた。照れているのだろう。そんな可愛げが見えてきたのも数年間一緒に過ごした成果かと思いつつ、敢えてそれを口にすることはしなかった。

「――今の俺は、」

 秋風にリンゴの葉がさわさわと鳴って、その間を縫うようにして万里が再び口を開く。

「今の俺らは作る側だろ?」
「……! うん、そうだね。途方もない努力をしてお客さんに美味しいものを届けるのは同じだよ」
「だよな。だから改めてここで決めた。この先も客に『ここに来たらいい芝居が見られる』って当たり前みてーに思わせる。んで、その期待越えたモンをぶちかまして腰抜かさせてやるんだ」
「ふふっ! 万里くんらしいね」

 好戦的な秋組をまとめるリーダーにぴったりの挑発的な態度。その奥に芝居への深い愛情のようなものを感じていづみは思わず笑った。

「今年の秋はどんな実が成るのかな」
「ま、それは食ってみてのお楽しみだろ。得たもんをどう調理するかはこれから先の俺ら次第だし?」

 例えばこのリンゴなら左京や太一は調理せずそのまま切って食べるだろう。左京は八つ切り、太一はウサギ型に切りそうだ。莇はリンゴスムージーなんかなら喜んで飲むだろうし、臣に至ってはアップルパイ、タルトタタン、リンゴジャム、ケーキにクッキー……様々な菓子に使いそうだ。そんな予想をつらつら並べる万里にいづみはまた破顔する。いつの間にかしっかりリーダーの顔になったんだなぁ、と。

「兵頭はそのまんま齧るだろうな。アイツに包丁なんか持たせてみろ、指なくなんぞ」
「もう、またそんなこと言って……」
「ちなみに監督ちゃんは……」
「カレーのワンポイントにするかな。スパイスが弱まっちゃう気もするけど、リンゴの酸味がカレーの辛みを抑えるから苦手な人でも食べやすいし」

 そんないづみの言葉に万里も笑う。
 いつまで経ってもカレー星人だな、とじゃれる二人の元へ太一がやってきて『一番大きなリンゴを獲れた人が優勝!』と急に勝負を持ち掛けてきたものだから、負けず嫌い揃いの秋組のリンゴ収穫勝負のゴングが鳴ってしまった。






花の壁