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98.冬の近道(紬+いづみ)
辛くなるほどの寒さの中。それでも買い物には行かなければならない。この寒い中外へ出たくないという気持ちを押し殺していづみはコートを羽織り外へ出る。ぴゅうっと冷たい風が頬を叩いて思わず身をぎゅっと縮こまらせた。
「うう……さっと行ってさっと帰りたい……ところなんだけど」
向かい風に立ち向かいながら独り言ちる。そう、早く帰りたいのは山々なのだがそうもいかないのには理由があった。ポケットにしまった買い物リストを改めて眺める。
なるべく安く買い物を済ませなければならない。そう思ったときに、これらの品を一か所の店で済ませることは到底できなかった。最安値で済ませようと思えば最低でも六ヶ所回らなければならない。どれか一つくらい大目に見るか、と思わなくはないのだが、食欲の秋に食費を使い過ぎたこともあってこの冬は切り詰めると誓ったばかりだ。ここは気合いを入れて――。
「カントク?」
「わっ……ってなんだ、紬さんじゃないですか。びっくりした」
「すみません、なんだか険しい顔をして歩いてたので、何かあったのかと思って」
「そんなに険しい顔してました?」
「はい。でも寒いから仕方がないですよね」
そう言って笑う紬だったが、その最中に「おや」と表情を変えた。いづみが手に持っていたメモに気がついたようだった。
買い出しなら付き合うと言ってくれた好意に甘えて、いづみは紬とともにまずはドラッグストアを目指すことにした。
「あれ? 紬さん、そっちは逆方向じゃ……」
「最終的にスーパーを目指すんですよね? それならこっちの方が近道です」
「そうなんですか?」
それは知らなかった、といづみは紬の後をついて歩く。紬はスマホを打ちながらいづみのことを待ってくれていたのですぐに追いつくことが出来た。
「それにしても寒いですねぇ」
「本当ですね。すっかり息も白くなりました」
「そういえばどうして冬って息が白くなるんです?」
何気ない雑談の中で湧いた疑問を紬に投げかける。
すると紬は、さすが家庭教師役と言うこともありすらすらとその原因を解説してくれた。
「簡単に言えば息が凍るんです。体内で温められた息が冷たい空気で急激に冷やされるから、息の水分が凍って水蒸気になる。それで息が白く見えるんです」
「へぇ! だから白い息って冬にしか見られないんですね」
仕組みを知ると面白い。そう言っていづみははぁっと息を吐き出す。自分の中の空気はあっという間に凍って天に昇って行った。
「……なんだか、」
「はい?」
「紬さんみたいですね」
「俺、ですか?」
「はい」
穏やかそうに見えて実は誰より心の中で熱く芝居への思いを燃やしている。そんな息遣いが目に見えて現れる唯一の季節が冬だとするのなら。
「やっぱり紬さんは冬組リーダーだなって」
「……なんだか照れ臭いですね」
そんな会話を最後に二人の間から言葉が消える。時折深く息を吐き出しては白くなる息を見て笑うばかり。
そんな繰り返しをしながら歩くいづみは、そう言えば、と周囲の景色を見回した。
「それよりこれ本当に近道なんですか? どんどんドラッグストアから離れて行ってるような……」
「ふふ、いいんですよ。これで」
そう言ったきり再び口を噤む紬。これ以上は深く言及することは出来なさそうだった。
「……紬さんの嘘つき。これじゃあ先にスーパーについちゃうじゃないですか」
結局それからいくら歩いてもドラッグストアに着くことはなかった。トイレットペーパーはあそこが最安値なのに。そのあとは八百屋でニンジンと玉ねぎを、肉屋で挽き肉を、薬局で胃薬を、茶舗で来客用の茶葉を、最後にスーパーで卵を買う予定だったのに。卵を早いうちに買ってしまうと道中で割ってしまいそうだから最後にしたかったのだ。
「だから大丈夫ですって。俺を信じてください」
「そうは言っても……」
「カントク」
恨み言を並べるいづみの言葉を遮って紬は笑う。柔らかな弧を描くその目は、どこか遠くを見ているようだった。
「俺たち冬組は随分遠回りをしました。なかなか距離を縮められなくて、芝居以前の課題がたくさんあったように思います」
「どうしたんですか、急に。でも……そうでしたね、懐かしいなぁ」
「そんな俺たちだから、遠回りをしてたくさん道を知っている俺たちだから歩ける近道もあるんですよ」
ほら、と紬が指をさした先を目で追う。
するとそこには、トイレットペーパーを持ったガイ、野菜を持った誉、挽き肉を持った丞、胃薬を持った密と、茶葉を持った東がいた。こちらに向かって小さく手を振っている。
「みんな待ってます。最後にスーパーで卵を買って帰りましょう」
「……ふふっ! 了解です!」
こんな近道があったなんて、と笑ういづみは寒空の中を駆けだした。