100 titles



99.本棚(誉いづ)

 習慣となっていれば何と言うことはないのに、習慣になっていないがために発生する年末行事。毎年気をつけようと思うのに、どうして大掃除が必要になるほどあちこちの汚れや散らかりを見逃してしまうのだろう。
 団員一同が同じ気持ちになりながら、それでも何となくこれも楽しい恒例行事な気もしてきて、手分けして寮の中を掃除する。
 特に倉庫の散らかりようはすさまじく、毎度のように倉庫の整理に忙しそうにしているはずの支配人は日頃何をしているんだと文句を口にしながらそこに多くの団員が配置される。
 他と言えば広いから人手が必要になる風呂場や談話室に人員が投入され、代わりにレッスン室や中庭、資料室などにはそれほど必要最低限の人数しか割り振られなかった。
 そんな中、資料室担当を仰せつかった誉の仕事ぶりを確認しようといづみが足を運ぶ。すると何と言うことか、担当者の姿がどこにもない。サボるような人ではないはずだが、詩興が湧いてしまってどこかへ旅立ったのかもしれない。
 まぁ仕事は最低限してくれているだろう、と本棚に視線を移すいづみ。

「……あれ? 本の位置がバラバラだ」

 誉さんにしては珍しい、といづみが目を剥く。
 普段の誉なら何かしらのこだわりを持って本を分類するはずだ。歴史順や作者順ならいい方で、一度『そそられる順』などと主観極まりない並べ方をしようとした際には説教をしたことがある。
 つまり、一見バラバラに見えるこの本でも何か意味を持っている可能性があると言うこと。
 ジロジロと棚を観察するいづみだったが、早速あることを発見する。

「並びがおかしいの、この棚だけだ」

 肩透かしを食らった。いづみが当初発見した本がバラバラの棚、おかしいのはこの列だけだった。他の棚は今まで通り作者順にきちんと並べられている。
 そのことに気づいて更に注意深く棚を観察する。すると、中央の五冊は戯曲の書籍だが、その手前に並んでいるのは戯曲ではなく小説『鏡の国のアリス』であることに気がついた。

「ん? 『鏡の国のアリス?』」

 そのキーワードに脳のどこかがチクチクと刺激される。そう言えば以前誉が何か言っていた。何だったか、確か暗号にまつわる話だ。
 そう思ったときに思い出した。
 そうだ、アクロスティックだ。文字の頭文字を並べると別の言葉が浮かぶと言う言葉遊び。『鏡の国のアリス』の中には繋げると人名になる詩が出てくるのだと言う。そう言えば同じ方法で愛を紡いだ日本の詩人がいると教えて貰ったな、と改めて五冊の戯曲に着目した。
 
 アンティゴネ
 イワン・イリッチの死
 シラノ・ド・ベルジュラック
 テンペスト
 るつぼ


「…………誉さんのバカ。私以外が見たらどうするつもりなんですか」
「キミの勤勉さを信用したんだよ。キミは自分の持ち場が終わっても、必ず他の持ち場を確認するだろう?」

 いつの間に戻って来たのか背後から当劇団所属の詩人の声がした。
 振り向くことはせず「わかりにくすぎます」とぼやきながらバラバラになっていた本を棚から抜き取る。それを残念がるような声を漏らしていたが、その声色が演技臭かったのでやはり振り向く気にはなれなかった。

「わかりにくかったと言っておきながら、それでもキミはわかってくれたじゃないか」
「たまたまですよ。よかったですね、お望み通りの結末で」
「まさに『終わりよければ全てよし』だね」

 言葉遊びが大好きな職業詩人の麗しい人は、まだまだ遊びが足りないらしい。本棚からシェイクスピアを抜き取って、いづみの手にぽんっとそれを置く。

――あぁ、もう!この人は……!


 片づけを邪魔されて腹を立てなければならないはずなのに、どうにも胸がときめいてしまって、いづみは棚から『お気に召すままに』を抜き取った。





花の壁