こんなはずでは!

「で、僕の弱みは握れた?」
「お裁縫がへたくそなところくらいかなあ」

これから練習するよ!と、むっとした顔でこちらを睨みつけるのは我が上司の宿敵、ゴールデンガードくんである。まだ線の細い指先にはいくつもの絆創膏が貼られていた。努力家なのだな、と、敵ながら感心する。

「うーん、残念ながらキキーモラさまのお眼鏡にかなう弱点は見つかりそうにないなあ」




ほんの数ヶ月前のこと。私のちいさなボスは至極真面目な顔をして任務を言い渡した。これはとても重要なことなのだと前置きなんかをされて、一体どんな難題を押し付けられるのだろうと思って聞いていたのを覚えている。

「ゴールデンガードに近づいて、奴の弱点を暴いて来い」
「あー…えっと、色仕掛けってことですか?」
「……っは!?何を言っている、そんなわけないだろう!お前にそんなことはさせられない!」

きゃんぎゃんと叫ぶ声が耳を貫く。ほんの冗談だったのに本気に受け取って怒鳴るさまは、なんだかんだ言って私のことを気にかけてくれているであろうことを示唆しているように思えた。すみませんと一言謝れば、変なことを言うな!とふんふん身を鳴らしている。

「ゴールデンガードくんがそんなに気になるんですか?」
「当たり前だろう!私の方が絶対に優秀なのに、あのぽっと出が…!」
「…どうにかして引き摺り下ろしたいんですね」
「その通り!よく分かっているじゃないか。さすがは私の頼できる部下だ」

キキーモラさまは案外分かりやすい性格をしている。さすがに何年も見ていれば何を考えているのかも手に取るように分かってしまって、我ながら随分と便利な部下だなあと思った。だからこそ、この任務に私が抜擢されたのだろう。

「じゃあ、彼に接近してみますね」
「頼んだ。しっかり情報を掴んで来い!そして私を昇進への道に導くのだ!」

テンションが上がっていらっしゃる。仕事熱心なのはいいことだ。キキーモラさまの場合は、少し権力に傾きすぎな気もするけど。




と、頼まれたはいいものの、カヴンでは私がキキーモラさまの部下であることは周知の事実であり、当のゴールデンガードくんにはすぐになにか企んでいるとバレてしまった。

誤魔化すのも面倒だし、と思って彼には事の顛末を全て話しているのだけど、それでもなぜだか仲良くしてくれている。歳の近い子が私以外にあまりいないということもあるかもしれない。
実際に話してみると存外彼はとっつきやすく、そんなに悪い人でもないことが分かった。キキーモラさまが聞いたら怒るかもしれないけれど。

「全然成果が上げられてなかったら怒られるんじゃないのか?」
「確かに、そろそろ呼び出しがかかる頃かも」

そうなったらなんて言おう。普通に友達になって一緒にご飯食べてます、なんて口が裂けても言えない。

「ゴールデンガードくんは完全無欠の超人でしたって言おうかなあ」
「おっ、いいなそれ。噂流してくれよ」

間違ってもそんなことを言ってはクビが飛ぶ。するわけないでしょ、と一発デコピンを入れてやれば、きれいなカーブを描いている額が若干朱色に染まった。恨めしげな声が混れる。いつもは減らず口の絶えない彼だけれども、意外とかわいいところもあるのだ。

と、眺めていれば彼の視線が私の背後へと移る。
怪しむように細められた赤のような、桃色のような目につられて振り返るけれど、そこにはなにもなかった。

「どうしたの?」
「…いや?別に。なんでもない」

ほら、そろそろ時間だし行こう。そう私を促す彼の声色が、随分と愉快そうだったのはなぜなのだろう。少しだけ不審に思うところもあるけれど、考えたって仕方がないと割り切って、ボスへの言い訳をどうしようかと頭を切り替えた。






彼女という人は、なぜエンペラーズカヴンに入れたのか疑問に思うくらいにぼーっとしている。キキーモラ直属の部下というからにはそこそこ優秀なのだろうけれど、僕が少し探りを入れただけでぺらぺらと自身の任務について喋るところを見ると、とてもそうは思えなかった。

「なんて言って誤魔化そうかなあ」

まさに今も。ちらりと物陰から見えた上司の姿を、彼女はすっかり見落としている。
物陰から小さい体で恨めしそうにこちらを睨みつける丸い目は恐ろしいが、普段からつっかかってくる相手が悔しそうに地団駄を踏む姿は見ていて気分が良かった。

「ところでさ、明目の昼は空いてる?」
「空いてるよ」
「じゃあいつものところな」
「分かった。…君って意外と私のこと大好きだよねえ」
「は?そんなんじゃ………いや、そうかも」
「えっ、素直だ。めずらし」

明日は酸性雨でも降るのかな。呑気に空を見上げる彼女を尻目に、背後に隠れるその人にべ、と舌を出してやれば、観葉植物の隙間から刺すような赤い目が覗く。いかにも羨ましげな目。普段の仕返しにはもってこいだろう。
ふふ、と思わず笑いが溢れて、何も分かっていない彼女が不思議そうに僕を見上げた。

top / buck