おてて

ふと、魔が刺したと言えばいいのか。冬の寒さのせいといえばそうだし、ただそこにそれがあったからというのも嘘ではない。

ソファの隣に座ったマヨイくんの右手。いつもつけている黒の手袋は今は姿を消して、日に当たったことがあるのか怪しいくらいに真っ白なその手の甲が曝け出されていた。じっと私が見ていることにマヨイくんは気付いておらず、テレビに映るかわいい新人アイドルに集中している様子。私は少し迷って、意を決して欲のままに手を伸ばす。

「ひいっ!?エッ、あの、どうしました…?」

きゅうっと手を握ると、こっちが驚いてしまうくらい大袈裟な反応が返ってきた。もしかしたらアイドルに夢中で私が触っても気に留めないのではなんて考えていたけど、流石にそこまでではなかったようで、何事かと目を白黒させている。邪魔をして申し訳ないという気持ちもあるけれど、それよりマヨイくんがこっちを向いてくれたことが嬉しくて、随分我儘な人間になってしまったと複雑な気分になった。マヨイくんに限界まで甘やかされた結果だから、しっかりと責任を取ってもらいたい。

いつも通りのマヨイくんが戸惑っているのを視界の端に捉えながら、空いている方の手で彼の手の甲を撫でる。普段は手袋に隠されてわかりにくいけれど結構骨ばっていて、思っていたよりも大きい。すり、と指先の方まで手を滑らせると、段々と冷たくなっているのが分かった。末端冷え性なのかもしれない。

「マヨイくんの手冷たいね」
「ああ、すみませんすみません、貴女の小さな可愛らしいおててさえ暖められない役立たずな手ですみませぇん……!」
「いや、そういう意味で言ったんじゃないけど…」

ほんの心配でかけた言葉は、マヨイくんには暖が取れないという文句に聞こえてしまったらしい。
ぺらぺらと自分を卑下する言葉を並べ始めたマヨイくんを止めたくて、繋いだ手を絡めて恋人繋ぎのようにすると、ぴたりと謝る声が止んだ。真っ白で綺麗なほっぺたがほんの少し色付いたのを見て、こういうシャイなところがかわいいなあと思う。

「あのね、私マヨイくんの手が好きで」
「手、ですか?」
「うん、でもいつも手袋してるでしょ。今日は珍しくなにもつけてなかったからチャンスだと思って」

マヨイくんの手が好きだ。先まで神経を張り巡らせた丁寧な所作も、その手でなんでも作れてしまえそうな器用さも、いつも優しく撫でてくれるおたたかさも、全部素敵で愛おしく感じられる。以前までは手フェチ、という訳では無かったのに、マヨイくんに出会ってからは自然と目がいくようになってしまった。

マヨイくんは困ったように笑って、そっと繋いだ手を握り返してくれる。マシュマロでも掴むかのような控えめな力で、必要以上に大事になされているのがひしひしと伝わってむず痒い。そんなに怖がらなくても、そう簡単に折れたりしないのに。

「別に、言ってくだされば手袋なんていつでも外しますよ」
「ほんと?ファンサすごいなあ」
「ふふふ、貴女限定の特別待遇ですから」

にこにこと嬉しそうなマヨイくんは機嫌が良さそうだった。おちゃめな冗談を言いつつ、いつのまにか形勢は逆転してマヨイくんが私の手を玩具にしていた。やわやわと掌の感触を確かめるみたいに触られて、ちょっと恥ずかしくなってきたけれど、始めたのは私だから何も言えずされるがままになる。

「私からしたら、貴女の手の方がずうっと魅力的に見えますけれど」
「……そう?」
「ええ!ふわふわでびっくりするほど小さくて真っ白で、少し力を込めたら壊れてしまいそうで…ああ、食べてしまいたいくらいかわいい……」
「…食べないでね」

うっとりと自身の手中にある私の指を凝視しているさまは、マヨイくんの変態性に多少理解のある私でも少し引いてしまうほどである。弧を描く唇の奥に潜んでいる鋭い歯を思い出して、そんなものに噛みつかれたらひとたまりもないなと頭の片隅で考えた。

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