「紛らわしいことしないであげてよォ!」

「わア!? 何何何!?!?おばけェ!?」

真っ暗なダンスルームの隅。レッスンのためにいつものように扉を開けて、電気を付けようと壁一面の鏡に目を向けた瞬間。それは鏡に映っていた。

隅で丸まっている人影は霊感なんてなにもないおれにも分かるくらいおどろおどろしい湿り気を放っていて、びっくりしたおれは思わず隣のたっつん先輩に抱きつく。

「おっと、藍良さん、落ち着いてください。確かにこの部屋からは尋常でない雰囲気を感じますが、悪いものではないようですよ」
「え、どういうことオ…?」

ぱちん、と電気が付いた。一気に明るくなった部屋の隅に一人、おれもよく知る人がいる。縮こまって体育座りをするその背中はよく見慣れたもので、どきどきと嫌な音を立てていた心臓は次第に落ち着いていった。はあ、と安塔の溜息が溢れる。

「なんだ、マヨさんだったのオ?くらーい部屋で一人でいるからお化けかと思っちゃった」
「お手本のような驚き方でしたな」
「うう、だって怖かったんだもん!一人じゃなくって良かったァ…って、マヨさん?」

一向に反応がない。普段ならおれが驚いて大きい声を出すだけでテンション上がってうるさくなるのに、今日はずうっと俯いているままだ。

たっつん先輩と顔を見合わせる。向こうも不思議に思ったようで、そろそろとゆっくり、ダンゴムシみたいになっているマヨさんの方へ近づいていった。とんとん、と肩を叩くとびくりと震えるのが分かる。おれは隣にしゃがみ込んで、紫色の髪で隠れている顔を見ようと覗き込んだ。

「マヨさん?どうしたのオ?」
「いつにも増して元気がないように見えますが、何かあったのですかな?俺たちで良ければ話を聞きますよ」
「あ、藍良さん…巽さん…」

ゆっくりと頭を上げたマヨさんは、今にも泣きそうな声でおれたちの名前を呼んだ。紫色のカーテンから出た顔は真っ白で、お世辞にも具合が良さそうには見えない。ぎょっとして大丈夫なの、と声に出す前に、マヨさんが弱々しく口を開いた。

「わ、私、絶対嫌われてしまいましたぁ………」




「うーん、彼女さんに急に避けられるようになっちゃった、かア」
「ですが、ついこの間まで仲睦まじくお話されていましたし…他になにか理由があるように思えますが」
「そうだよねェ。彼女さん優しそうだし、マヨさんのこと大好き!って感じだったし。なにか心当たりとかないのオ?」

マヨさんが落ち込んでいる理由、それはお付き合いしている彼女に避けられている気がする、ということらしかった。ぼそぼそと喋るマヨさんは本当に大変なダメージを受けているようで、普段よりもハの字の眉が下がっているように見える。

「心当たり……うう、ありすぎてどれが原因か討もつきません………隠し撮りがバレたか、それとも観葉植物の影に忍ばせた…」
「わア!待って、マヨさん彼女になにしてんの!? おれ聞くの怖いよォ!」

隠し撮りやらなんやらと不穏な言葉が聞こえてきて、落ち着いてきていた心臓が再び騒がしくなってきた。観葉植物の影に隠すものって何?と、盗聴器とかじゃないよねェ……?

「まあ、その話は後ほど詳しく聞くとして」
「ひいつ、巽さんの顔が過去一番に怖い!」
「おや、そんなつもりはなかったのですが。すみませんな。…ではなく、俺が言いたいのは、彼女はそのようなことでマヨイさんのことを嫌いになったりするのでしょうか、ということです」
「え…」

たっつん先輩の言葉に、おれもふと思い返してみる。確かにマヨさんは普通に見てヤバいことしてるかもだし変な人だけど、彼女さんはマヨさんのそういうところも含めて受け入れているように見えた。おれもこの前、「マヨイくん迷惑かけてない?」って心配されたし、マヨさんのあのテンションに慣れきってるみたいで、二人のこと夫婦みたいだなァなんて思ったんだっけ。

「で、でも、人の心はすぐに変わってしまいますから。私なんて…」
「三人とも、なんの話をしているのかな?」
「わア!ヒロくん!?いつのまに入ってきてたのオ!?」

ぬっと出てきた赤色に、おれもマヨさんもびっくりして肩が跳ねた。空気を読まないこの蛮族は、こちらの気も知らずにきょとんとしている。もオ、ヒロくんはいつも突然なんだから!

「マヨイさんの恋人の話をしていましたな」
「おお、それは側然だね!僕もさっき彼女にたまたま廊下で会ってマヨイ先輩のことを話したよ!」
「え!ヒロくんたまにはやるじゃん!なになに、なんか言ってたア?」
「ヒッ、待ってください、心の準備がまだ…」

マヨさんの静止を待たずに、ヒロくんが口を開く。

「ウム!マヨイ先輩がこの間出た映画を観たら、役に入り込むマヨイ先輩がかっこよすぎて話す時にドキドキして上手く喋れなくなってしまった、と言っていたよ!つい避けてしまっているから嫌われてしまったかもしれないと不安がっていたから、マヨイ先輩は君のことが大好きだから心配ないと伝えておいた。勝手に言ってしまったけど、大丈夫だったかな?」

「おや。やはり、心配する必要はありませんでしたな」
「なあんだ惚気かア。良かったねマヨさん…ってし、死んでる…」

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