寒い日には

鼻につんとした空気が抜けていく。頭の方まで響いてくる寒さに、耳当てでもしてくれば良かっただろうか、とぼんやりと思った。いや、耳当てがあっては元より小さめの彼の声が聞こえなくなってしまうか。それなら帽子の方がいいかも。不思議と寒さを感じていなさそうに平然と立っている、隣の彼をちらりと見て思う。

さすがに近頃は寒さも一層深まってきて、大きめのアウターの袖から覗く素手もひりひりと痛むほど。耳当てよりも手袋が必要だったのかもしれない。まだ次の電車が来るまで時間がある。人の少ないホームでは、いつも以上に寒さを感じるのは何故だろうか。

冬の乾燥で少しかさついた指先を温めるべく擦り合わせていると、隣からじっと視線を向けられていることに気がついた。マヨイくんである。彼も私と同じでマフラーのみの防寒なのだけど、寒さには強いのか平気そうだ。揺れる瞳と目を合わせるようにして見上げると、はっとしたように彼が口を開く。

「寒い、ですよね。なにか温かい飲み物でも買ってきましょうか」
「あー、いやでも、袖に手入れてたら耐えられるから大丈夫!ありがとう」
「そうですか…?あまり無理はしないでくださいね。風邪を引いてしまっては大変ですから」

そう言って心配そうに目を伏せる。マヨイくんは心配性だから、しばしばどこからともなく防寒具を出してきたり、私の気がつかないうちにポケットにカイロを入れていたりするのだけど、今日はそういった秘密道具は無かったみたいだ。本当にあれ、いつ準備してるんだろう。

これを機に聞いてみようかと目線を動かした時、ゆら、と彼の手が動くのが視界の端に見えた。
なんだろう、とマヨイくんの真っ白な手(寒いから白いわけではなく、いつも驚くほど白い!)を見つめると、その視線に気がついたマヨイくんが小さな悲鳴をあげる。

「どうしたの」
「いっ、いえ!全く、なにも、なんでもないです!不審ですみません!」
「ええ?なになに?そこまで焦られると気になる」

あわあわと右往左往するマヨイくんが面白くて、なにを企んでたのさ、と追求すると、観念したように彼がため息をついた。紫の長い髪から覗く耳が少し赤い。

「うう、その……手を、手を繋げば少しでも暖を取れるかと思って、でもその、勇気が出なくって、というか、冷たい私の手では全然温まりませんよねすみませえん!」

わあっと叫んで距離を取るマヨイくんのコートの裾を掴んで、慌てて引き止める。人が少ないとはいえホームの中なのだから、声量は抑えてほしい。マヨイくんの声のボリュームはたまにバグる。

「ちょ、落ち着いて。深呼吸」
「は、はい。すう、はあ…」
「大丈夫?」
「ええ…すみません、取り乱してしまって」

胸に手を置いて深呼吸を続けるマヨイくん。落ち着いてきたマヨイくんとは対照的に、私の方はじわじわと心臓が高鳴ってくる感覚に襲われていた。

あのマヨイくんが、奥手も奥手のマヨイくんが外で手を繋ごうとしてくれるなんて。もはや寒さも感じないけれど、この機会を逃したくはないと思ってしまう。私も落ち着けるように一息ついて、口を開く。

「それで、手はあっためてくれるの?」
「へあっ、?!!?」
「声でか」




「で、では、失礼します…」
「うん」

恐る恐ると言った様子で差し出した手を取るマヨイくんは慣れてない小動物みたいだ。スキンシップが全くないわけではないのに、改めて意識すると気恥ずかしくなってしまうのは不思議なもので。
触れた指先に少しだけ熱が籠るのを感じた、その時。それまで弱々しかったマヨイくんの雰囲気ががらりと変わった。

「ちょっと待ってください」
「え、え?なに?」

ぱっと手が離されて、ごそごそとなにやら鞄を漁るマヨイくん。私はなにがどうなったのかよく分からなくて、なんだなんだと忙しなく動くマヨイくんを眺めるばかり。どうやらなにかのスイッチ入ったらしい。

「保湿してないでしょう。だめですよ、手が荒れてしまいます」
「あ、あー…そう、今日ハンドクリーム忘れてきて…」
「ああ、今日朝慌ててお家を出ていましたからね…言ってくださればすぐに貸せたのに」
「うん、ありがとう…なんで今日寝坊したこと知ってんの?」

私の純粋な疑問は華麗にスルーされ、マヨイくんの出したハンドクリームによって肌のかさかさが解消されていく。手を繋ぐのはあんなに躊躇うのに、こういうときは全く照れずに淡々とこなすのなんなんだろう。まだマヨイくんについてはよく分からないことも多い。

「はい、できましたよ」
「ありがとう」
「いえ…♪」

一仕事終えて機嫌が良さそうである。るんるんの彼に不意打ちで恋人繋ぎをしてみたら、ホームに二度目の悲鳴が響いた。

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