氷はあたたかい

「ちょっと、何してるの」

冷たい北風が岩の隙間に入り込んで、山が鳴く。

彼にしては珍しく、ひゅおー、という大きな風の音の中でもはっきりと聞こえるくらい大きな声で発されたそれは、ほんの少しの怒気を孕んでいるように感じた。隣のアルクジラは空気を読まず、現れた自分のご主人様に喜んで左右に揺れている。私のユキハミは我関せずといった感じで、静かに足元に佇んでいた。

「何、って…普通に、アルクジラ達と遊んでただけだよ」
「普通?雪山でその格好が普通って言うなら、一回アカデミーに戻って勉強しなおして来た方が良いよ」

見てるだけでもサムすぎる。そう言って眉を顰めるグルーシャくんは、寒がりなだけあってしっかり着込んで防寒対策バッチリだ。マフラー、手袋はもちろんのこと、その可愛らしい上着を脱げば、中に何枚もインナーを重ねていることも知っている。

対して私はというと、ニット帽こそ被ってはいるものの全体的に薄着であった。ナッペ山の寒さをナメてこんな格好をしているわけではなく、ポケモン達と遊んでいたら自然と身体も暖まるだろうなという考えの元、このような服装になっただけなのだけれど、想像以上に不機嫌なグルーシャくんにはそんなことを言っても火に油を注ぐだけだろう。
前に遊んでいた時に暑くてマフラーを取って、そのまま忘れて帰ってしまったことがあったのが結構なダメージだったから、今回はやめておこうと置いて来たのが運の尽きだった。

「ご、ごめん。でもほら、遊んでたからあんまり寒くないし」
「寒さに慣れてきただけでしょ。鼻の頭が赤くなってる」

グルーシャくんに言われて、反射的に自分の鼻を触ると確かに酷く冷たくなっていた。つん、と冷たい空気の匂いがする。

はあ、と彼は溜息をついて、真っ白な地面に足跡を残した。ぐんぐんと近付いてきて、一声鳴いたアルクジラを撫でて私の手を取る。
手袋越しでは人肌の温かさは分からないけれど、それでも温もりを感じた。うわ、結構冷えてたんだな。寒すぎると感覚が無くなって自覚しにくくなってしまう。

「…もう、こんなに冷たくなってる。元々冷え性なんだから気を付けないともっと加速するだろ」
「うん…ごめんなさい」
「別に、怒ってないから謝らなくても良い。心配なだけ」

こつんと額を合わせられる。至近距離のグルーシャくんの目は、いつにも増して綺麗だ。澄んだ青と、じわりと滲むような黄色。ナッペ山の山頂でいつか見た朝焼けを思い出す。

直で額に触れたグルーシャくんは、思ったより冷たかったのか直ぐに不快そうに顔を歪めた。怒ってないって本当だろうか。ニット帽を被っていてこれでは、やっぱり気が変わって説教をされてしまうかもしれない。そろりと目を逸らすと、今日二回目の溜息が聞こえた。

「ほら、これ巻いて。あと僕の手袋も片方貸すから」
「えっ、いいよ!それじゃグルーシャくんが寒い…」
「少しだし平気。ほら、アルクジラ達ももう十分遊んだだろ。帰るよ」

ぐるぐるとグルーシャくんのマフラーが首に巻かれる。マフラーの終わりにあるモンスターボールが胸元で揺れて可愛い。すん、と息を吸うとグルーシャくんの匂いがした。慣れている匂いのはずなのに、少しどきどきしてしまう。

アルクジラはもう既に先の山道まで行ってしまっていた。ユキハミはいつのまにかモンスターボールの中だ。ぼくたちも行くよ、とグルーシャくんが私の手袋をしていない方の手を取って、優しく握る。体温の差でじんわりと温度が広がる感覚がした。

「グルーシャくんの手が冷えちゃうよ」
「片方手袋ないんだからどっちにしろ冷えるよ。それより人肌で体温分けた方があったかい」

ひゅう、と風が吹き抜けていく。マフラーをしていないせいで隠れていない彼の口元は、ぱっと見ではわからないくらいの微々たる差ではあるけれと、若干微笑んでいるように見える。
きゅっと手を握り返して、グルーシャくんの上着のポケットに、繋いだままの手を入れさせてもらった。一瞬指先がぴくりと反応していたけど、お咎めは特に無い。

「帰ったらココアつくるね」
「うん。あの子たちにもおやつあげないと」

ずっと先の方でアルクジラが鳴いた声が、風に乗ってここまで聞こえてくる。家まで帰る道は、行きより何倍も暖かかった。

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