ジェイドくんは見かけによらず、さみしがりやなんだね。少し困ったようにそう笑うなまえは僕の手を取って、控えめにきゅっと握りました。
手にかけられる驚くほどやさしい力に、僕の心臓もきゅうっと締め付けられるような感覚がして、あまり生きた心地がしません。こんなにも非力で、海に入れたらすぐにたべられてしまうような人間に、手を握られるだけで殺されかけている僕は、一体どうしてしまったのでしょう。ただの人間に負けるような僕ではない筈なのですが。
「一緒にいるのに放置しちゃってごめんね」
「いえ、なまえが忙しいのは分かっていますから」
「はは、そんな不機嫌な顔して言わなくても」
さみしがりやだなんてフロイドにも言われたことがありませんが、先程までスマホを片手に誰かと会話をしていたなまえが僕の元へ来て、隠しきれていないにやつき顔でこちらを見上げるものだから、否定する気も失せてしまいました。
ええ、確かに面白くないと思っていたのは本当ですからね。だって折角ふたりきりなのに、ずっと何処の誰かもわからない電話の相手と楽しそうに会話をしてるんですから。
あまりに僕が拗ねているように見えるのか、すぐ隣からふふ、と笑い声が聞こえます。下から見上げる、面白がるようなその表情が気に食わなくて、空いた方の手でやわらかい頬を抓りました。
いたいいたい、なんて呂律が回らない声で訴えてくるのがかわいくて、はて、僕は好きな子に意地悪をしたくなってしまうような人格をしていただろうかと我に返ります。いえ、できれば紳士的に接したいところなのですが、どうしてもなまえの顔を見ると泣かせたくなってしまって。
一人心の内で、思ってもいない反省をして、そろそろ潮時かと手を離します。すっかり赤くなってしまった頬は指を離してもひりひりと痛むようで、涙目でこちらを睨むなまえは大変可愛らしく、可哀想でした。自然と口角が上がっていくのが分かって、僕もなまえのことを言えない、なんて、そんなお揃いでも僕は嬉しくなってしまうのです。
「いたがってるの見てほくそ笑むのやめてくれる?機嫌直ったならいいけど」
「ふふふ、いえ、まだ機嫌は直ってませんよ」
「まだかあ」
ええ、まだまだです。隣で繋がれている手を、わざわざ恋人繋ぎにして握り直します。フロイドとは違って、僕はちょっとやそっとのことでは機嫌が良くならないんです。
「ねえ、さっきの電話の相手、誰だったんですか?」
「ユウちゃんだよ、課題の提出日いつだっけ?って」
「ふうん……監督生さんならまあ、いえ、だめですね。だめです、僕を優先してもらわないと」
「我儘言って」
「我儘な僕もすきでしょう?」
少し顔を近付けて、こつんと額と額をぶつければ、かわいいね、と賞賛の言葉が飛んできます。僕からしてみれば、なまえのほうがずっとかわいいのに、なまえは他の色々なものをかわいいと表現することが多いのです。
至近距離でじっと目を見ても一向に逸らされない目線に、なんとなく耐えきれなくて顔を離します。離れるついでにひとつキスを落とせば、髪に隠れる耳が朱色に染まりました。
恥ずかしくてたまらない筈なのに、強がって余裕そうな笑みを湛える姿はいじらしくて、どうにも我慢が効かなくなってしまいます。その顔を崩してしまいたいと何度見てもそう思うのですから、本当に僕は片割れとは違って、好きなものにはなかなか飽きない性質のようです。
「じゃあ我儘なジェイドくんは、どうしたら機嫌直してくれるのかな」
「そうですね、なまえからのキスで手を打ちましょう」
「そ、れは、ほっぺあり?」
「いえ、もちろん口に」
静かに焦る様子は実に見ものでした。さっきまでじっとこちらを見つめていた瞳はきょろきょろと四方を向き、耳だけだった朱も既に頬の方まで侵食してきています。ええ、やはりなまえはこうでないと。
「ほら、はやくしてください?はやくしないと僕もフロイドみたいに絞めてしまいますよ」
にこりと笑って、もう一度身を屈めます。いつも通りでしたら、ここからあと数分悩みに悩むなまえが見れるところですが、今日はどうでしょうか。最終的にはしてもらいますが、僕はこの待っている時間も好きなんです。この時間の間は、なまえは僕のことしか考えてませんからね。
目を閉じるふりをして、薄目でなまえを観察します。相変わらず恥ずかしがり屋ななまえは、今この間も一切こちらを見ずに下ばかり向いています。ああ、また口が笑ってしまって、ふふ、どうしても止められませんね。見ているのがバレてしまうかもしれません。
「……ジェイドくん」
ぱっと、目の前が暗くなりました。びくりと肩を揺らしたときにはもう遅く、唇に柔らかな感触が伝わります。ゆっくりと外された小さな手は僕の目を覆っていたようで、目の前には先程も見たばかりのにやつき顔がこちらを見上げています。僕はといえば、思ったよりも早い彼女からのキスに、柄にもなく頭が真っ白になってしまいました。
ぽすり、となまえの肩に顔を埋めれば、満足げな笑い声が聞こえます。ああ、なんだか今日はなにも上手くいきませんね。全部がなまえの掌の上のようで、全く落ち着きません。別に、嫌というわけではないのですけれど。
「さみしがりやウツボくんの機嫌は直った?」
「……はあ、もう、絞めます」
「え、まっていたいいたいいたい」
ええ、前言撤回しましょう。どくどく煩い僕の心臓とは裏腹に、なまえの鼓動は大して目立っていないのに腹が立ちました。
やはり、僕は転がされるより転がす方が性に合っているようです。手始めにぺろ、となまえの唇を舐めれば、しまったという表情に朱が差して、そうです、貴方はそうやって、僕からの愛を一身に受けていればいいんですよ。