きみに盲目

天井に光るライトが目に痛い。顔を背けようとしてもうまく動いてくれないのは、顎の辺りにある妙な圧迫感のせいだろう。なにもないのに、頬にざらりとした冷たいものが掠める。
ふと、奥の方に視線をずらせば、部屋の反対側に置いてあるぬいぐるみと目が合った。一瞬ぐにやりと景色が歪む。多分、そこにいる。

「ランドー、ル、ん、んむ」

ちゅ、と甘えるような音が鳴った。ぎざぎざの先端がやんわり唇に跡を残して、熱が向こうに奪われたような感じがする。それなりに慣れた感覚のはずなのだけれども、姿が見えないだけで全く違うもののようであった。彼を探して宙を泳いだ手は、なにも掴めずシーツの上へと落ちる。

隠れるのが一等上手な彼がこんな調子では、気をつけて耳を澄ませば聞こえるくらいの、ほんとうにささやかな息遣いを聞き分けることだけが彼の気分を知る唯一になってしまっていた。なんの気まぐれか、はたまた意地悪なのか。一緒に暮らすようになってから、そこそこの時間が経っているはずなのに、未だに彼のことがよくわからないときがある。

目が頼りにならないのでいっそ閉じてしまえば、あちらは肯定だと取ったのかもう一度口を塞がれる。ちろりと二股のあたたかいものが違った。
これは催促だと思って少しだけ口を開いたら、狭いその隙間から逃さずそれが入ってくる。蛇に締め上げられるみたいにぎゅうと絡んだ。あつい。

「う、らんどーる」
「…なに」

やっと返ってきた返事は思っていたよりずっと近く、流し込まれた低いまとわりつく声にぞわりと背筋が立った。一体今、どんな顔でこちらを見ているのだろう。意地の悪い目が細まるのが脳裏に浮かぶ。

「どこ?」
「ここ」

それじゃあわからないから聞いているのに。先程暇になってしまった手をもう一度伸ばせば、今度はあちらから手を取って、やわらかい三本指が割って入った。
意地悪はするくせに、こういう意図は汲み取ってくれるバランス感覚が、いまいち予測できない。単純な私はこれだけでうれしくなってしまって、少し口元から緩んでしまう。

ふにふにとしたそれを手の中で楽しんでいたら、咎めるようにぎゅうっと力を加えられた。そのまま縫い付けられるように圧力をかけられる。お腹のあたりにもずっしりとした重さがあって、なかなか身動きが取れず、少しだけ苦しい。

「なんで見せてくれないの」
「さあ、なんでだろうなア」

けらけらと笑う声だけが響く。そちらだけ姿を隠すのは不公平ではないのか、と溢しても「世の中なんて不公平が当たり前だろ」と取り合ってもらえなかった。馬鹿にされているようで腹が立つ。

不満を示すために精一杯、多分顔があるであろう辺りを睨んでみる。と同時に、突然首にちくりと痛みが刺して肩が跳ねた。多分、軽く噛まれた、ような気がする。そこに顔があったということは、私が睨んだ空間にはもしかしたらなにもなかったのかもしれない。見えないと次何をされるかわからなくて心臓に悪い。

バクバクと、普段とはまた違った心臓の音がする。誤魔化すように今度こそ眉を顰めて表情を作れば、どこか残念そうなため息が聞こえた。

「なにその顔。てっきり怖がって泣くかと思ってたけど」
「…ランドールは怖くないもん」
「は?喧嘩売ってんの」

一段と低い声。見えてないのに、鋭く視線を刺されたのが分かる。「怖くない」は地雷らしい。
生意気なこと言ってると痛い目見るぞ、と。噛まれたばかりの首筋を撫でる感覚は、言葉の割にやけに柔らかい。私が本当に泣いて嫌がったらやめてくれるのだろうな、と思えるような、こちらを伺うような手つきである。

思い返してみれば、ランドールは私に触れるときいつもそうだった。じいっと様子を見るようにこちらを見つめて、なかなか逸らしてくれない。
きっと今もそうで、でもそれが私には見えないのが、どうにもさみしい。紛らわすために少しだけ上半身を前に倒すと、冷たいざらざらに額が当たる。そのまま頭の重さを預ければ、鱗のでこぼこがぴったり肌に張り付いた。

「…どうした?」

さら、と髪が耳にかけられる。聞こえた声は上の方からした。頭を離してその辺りに顔を向けると、繋いだ手がぴく、と動いたのが分かる。

「ひとりじゃさみしいから、出てきて」
「…チッ」

ガラの悪い舌打ちと共に、ゆっくりと視界が紫色に染まる。さつきまで眩しかった光は、くっきりとその形に沿って影を落とした。
姿を現したランドールはぎらぎらした緑色の目でこちらを見据えていて、見えないままよりよっぽどこちらの方が背筋が凍る。いつのまにかパジャマのボタンがひとつ、外されているのに気がついた。

「なあ、なまえチャン」

にやにやと笑う彼の顔はまさに想像した通りである。弧を描いた隙間から、ぎざぎざに並んだ牙が見えた。噛まれたところがむず痒い。

「こんなに構ってやってんのに、見えないだけで寂しくなっちゃうわけ?」
「…だって」
「ふ、ほんと、情けないよねえ」

緑色がほとんど見えないくらい、鋭い三日月がこちらを見下ろしている。するりと脚の方に、先端まで綺麗な紫に戻った尻尾が絡みついた。逃げられないね、とでも言いたげな力加減である。
思わず彼の顔を見ると、いつのまにか目と鼻の先まで迫ってきていて。触れるか触れないかの距離に息を呑む。

「折角可哀想ななまえちゃんのために出てきてやってんだ」

目、逸らすなよ。
わざわざ逸らせないようにしておいてそんなことを言うあたり、彼らしいとでも言うべきか。また唇に触れた自分とは違う温度に、今度は目を閉じずに見つめ返せば、彼は満足そうに喉を鳴らした。

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