フォスフォフィライトに、ラピス・ラズリの頭部を接合した。
今ではすっかり見慣れた合金の腕も、違う頭に付いているとやはり違和感を感じるものである。見回りの無い日はほとんどここに居ると言ってもいいほどに入り浸っている保健室で暇を持て余しているわたしは、まだまだ眠ったままのフォスを眺めていた。
無表情の、寝顔である。寝顔に表情もなにもないかもしれないけれど、フォスの寝顔はもうちょっと、喜怒哀楽が分かる顔であったような気がした。ラピスの藍の髪が台から垂れて、太陽の光を反射する。この継ぎ接ぎの体躯がそのうちにフォスとなるのかと思うと、わたしはそれがどうしても信じられなくて、浅葱色のくりくりとした瞳が恋しく感じてしまう。
なんだかんだ言って、わたしは憎たらしい笑顔を振り撒いてくっついてくるフォスのことを愛していたのだ。大好きな、友人で、仲間だった。フォスの髪が短くなってからは、あまり話さなくなってしまったけれど。
「これが、あのフォスなの」
「上手くいくか分かりませんよ。一応くっついたとはいえ、彼のインクルージョンがどう作用するかまだ分かりませんし、目覚めたとしてもフォスフォフィライトとは言えない人格になっている可能性も高いです」
「フォスに見えないけど、フォスなんだねえ」
「ちょっと聞いてます?」
聞いてるよ。決して適当な返事をしているわけでは無いけれど、ルチルはそう捉えなかったようで大きなため息を吐いた。多分、彼は期待していると辛くなるからと予防線を張ってくれている。
やさしく、聡明な友人。わたしの愛する仲間。彼は、もしフォスが起きて、フォスじゃなくなっていたら、わたしが大きなショックを受けることぐらいお見通しなのだろう。わたしはルチルの、そういう聡いところが好きで苦手だった。
期待しない方が身のためであることは、わたしだって十分分かっている。けれども、わたしはルチルほど冷静に物事は見られないから、どうしても期待してしまうし、願ってしまうし、逢いたいと思ってしまうのだ。
「なまえ」
「ん?」
「……いえ、なんでも」
ルチルは、そう言ったきりなにも喋らなくなった。ふたりきりの静寂に包まれる保健室で、わたしはフォスのすぐ隣に腰掛ける。流れる重たい空気感は、目覚めるか分からない仲間への不安なのか、それとも別のなにかなのか分からなかった。
そのうちに、ルチルが大きめの宝石を持って、恐らくはパパラチアのパズルを解くために、名前の分からない器具を使ってかんかんと音を鳴らし始めたので、わたしはフォスに当たらないように気をつけながら、彼が横たわる台で寝たふりをする。ちらりと見たルチルの横顔はいつもと変わらず、宝石の形を整える手付きも迷いがない。
わたしはなんとなく、なぜルチルがわたしに期待するなと暗に伝えたのかが分かってしまって、ゆっくりと目を逸らした。彼は、期待を裏切られる辛さを、身を持って理解しているに違いがなかった。
かきん、と背筋の凍る音がした。後ろで誰かが叫ぶ声も遠のき、ぎゅっと握った愛刀ごと腕が落ちていく。わたしの肩に命中した矢の振動が頭の中に響いて、まともに体制など整えられる状態ではない。はやく動かなければならないのに、なかなかインクルージョンが働かない。
ぱちりと上に居る月人と目があって、それが見慣れた微笑みを湛えていることを確認してしまったら、もうだめだと脱力することしかできなかった。紛れもなくわたしの、飛び散った赤い破片が頬に当たる。
と、次の瞬間、黒い線が眼前に広がった。月人に捕らえられたはずの我が身はそのまま地上へと落ちていき、がしゃんと原っぱの上に落ちる。呆然と空を見上げれば、あっという間に月人は倒されて、黒い彼が戻ってきた。
「ボルツ」
「なにをやってる、武器を手放したらお終いだろう」
「ごめん、もうだめかと」
助かるとは思っていなかった。葉っぱに埋もれたわたしの腕をこちらに放って、わたしにダメ出しを喰らわせるボルツは、ぶっきらぼうだけれどもやさしいひとだ。長い黒髪がきらきらと揺れる。彼もまた、わたしの愛する友人の一人。
「やっぱ、ダイヤモンド属は強いな」
「お前だってそんなに弱くないだろう、ちゃんと気を引き締めろ」
「はあい」
割れた方の腕を持って立ち上がる。わたしよりもずっと若い、戦闘に出てきたばかりの相棒が謝りながらこちらに寄ってきて、こっちこそ頼りにならなくてごめん、なんて笑いかける。
保健室に連れて行ってくれるという彼に、一人でいけるからと断って、先に休むように伝えた。心配そうな顔をしながらも、先輩がそういうなら、と先に戻っていく彼は、なんとも愛らしい。わたしにも、こんな時代があったのだろうか。
本当ならばすぐにでも、ルチルにこの腕を治してもらいたいところなのだけど、生憎彼は保健室に居なかった。多分、緒の浜に行って産出された欠片を拾っているのだろう。そのうち戻ってくるだろうから、適当に自分の腕を置いて待つことにする。
ふと、ぎらっと反射した光が目に入って、思わず顔を歪めた。光の元を辿ればオレンジ色の反射光が箱から出ていて、丁度そこに夕焼けの光が当たっている。いつもルチルがするように、その箱の傍に腰掛けて、中で眠る彼を見た。閉じられた瞼は、少しも動かずに反対側の赤い瞳を隠している。
「…兄さん」
パパラチア。わたしの、兄。まだ戦っていた頃は、なかなか戦闘に慣れない同属のわたしをよく気にかけてくれていた。ルチルが、誰よりも愛しているのは、紛れもなく彼である。
「ね、兄さん聞いた?フォスの頭、無くなっちゃったから、ラピスの頭つけたんだよ。まだ大丈夫なのか分かんないけど、でももし起きて、フォスがなんともなかったら、すごいことだよね」
兄さんは、答えない。すっからかんの空洞は、わたしの折れた腕の断面と同じ色をしている。ルチルが言うに、ルビーなどの兄さんと同属の石は、彼のパズルの成功率を上げるらしい。ならば、わたしが彼の部品になれば、兄さんは起きてくれるのだろうか。
同属でないラピスとフォスがくっつくのなら、きっと同属のわたしなんか簡単に馴染めてしまう。そうであってほしい。きっとわたしの意識があるうちは先生は許さないだろうけど、一部が月人に持っていかれた時なら、大丈夫じゃないだろうか。その間にフォスがもし起きたら、前例があることになるし。
「兄さんは、どう思う?わたしが兄さんの一部になるのは嫌かな。でも、きっとルチルは兄さんが起きてくれた方が嬉しいと思うよ」
その事実が、酷く羨ましかった。ルチルが兄さんを想う気持ちを、どうかこちらに向けて楽になってくれないかと何度思ったことか。罰当たりで、身勝手な考えだ。わたしは、大好きな兄さんのことを、愛せない。そして、そんな思いをルチルに見透かされるのが怖くて、目を合わせられずにいる。
「わたしが兄さんになったら、ルチルはわたしも一緒に愛してくれるかな」
フォスも、ルチルも、ボルツも、兄さんも、他の皆も、等しく皆わたしの愛する仲間で、友人だ。でもこの暗くて陰鬱な気分は、到底そのような相手に持つものなんかじゃない。それを分かっていながらわたしはなにも知らないふりをして、この保健室でひとり目を閉じるのだ。