言葉じゃ収まりきらないような、思わず溢れてしまう想いを、余すことなくわたしに伝えたいのだと。
柔らかく指を絡めて子供の戯言のようなキスを重ねる時枝くんが、ふわりと笑ってそんなことを照れもせず言うものだから、わたしはどうにも反応し辛くて彼から目を逸らしてしまう。
穏やかなひとである。春の木漏れ日のような彼の心の内は、いつでも十七度くらいの暖かさを保って存在していた。
薄暗い感情など全く無く、常に凪いでいるように見える、とわたしが彼を評したときには、それはおれを買い被りすぎだよ、と呆れたように言われたものだけれど、わたしは正直今でもそういう人なのだと思ってしまっている。あまりにわたしに触れる手付きが優しいから、そう思わざる得なくて。
「…ふふ、耳、赤くなってるよ」
「だって、時枝くんがいっぱいするから」
「うん、そうだね」
ちゅう、と頬にひとつ。さらさらの明るい色の髪が反対側に当たって、くすぐったさに頭を振った。間髪入れずに唇にふたつめが落とされて、抵抗する気も起きずにされるがままになる。
かわいいね、と囁かれた声に、いっぱいのいとおしいという気持ちが乗せられているのが分かった。眠たげな瞳がきゅうと細まる。
「嫌だった?」
「嫌じゃない、けど、どうしたの?今日はやけに長いっていうか」
「そう、かな」
「うん」
繋いだ手に力が篭る。そんなつもりは無かったんだけど、と首を傾げる仕草はさすがボーダーの広報担当、可愛いと表現するしか無いあざとさではあるけれど、目に宿した温度はファンサービスで見せられては此方が困ってしまうようなものであった。
だってそんな顔したら、他の可愛い女の子が時枝くんに夢中になってしまう。ただでさえ時枝くんを狙う女の子は多いのに、これ以上増えたらどうなってしまうのか。考えただけで恐ろしい。
「ね、時枝くん、これ以上可愛くならないでね」
「可愛く?おれは別に可愛くないと思うけど」
「ううん、それは時枝くんが気付いてないだけだよ」
「そうなのかな。でも、それを言うなら苗字さんの方がずっと可愛いんだから、もっと気をつけてほしいな」
「え、わたし?」
うん、と穏やかな声が響く。他の人との距離も近いし、苗字さんは優しいから、すぐ片想いされちゃうよ。丁寧な手付きで撫でられた頭は気持ちが良くて、すぐにはその言葉の意味を理解できなかった。見上げると、困ったようにして笑う彼の表情がある。
わたしはその顔を見てなんとなくその真意を悟って、堪らずその少し空いた口に自分の口を軽く合わせた。立場は逆転、少しだけ時枝くんの耳が朱に染まって、なんとなく彼の言う溢れてしまう想いというものが理解できたような気がする。
「やきもち妬いてるの?」
「…うん、ごめんね」
「いや、嬉しいよ、わたしもよくあるし」
「そうなの?」
「うん」
気をつけるね、と一言言うだけで安心したように微笑む彼は、やっぱり優しくて素直だなあと思う。時枝くんはわたしがやきもちを妬いてるなんて思ったことがなかったのか、何処と無く嬉しそうな声で、そういうことがあったらちゃんと言ってほしいとわたしの手の甲を撫でた。
それは難しいな、びっくりするぐらい沢山あるから。時枝くんの素直さを見習ってそう溢せば、そんなに妬いてくれてるの、とぱちぱちと目を瞬かせる。こういう話をしていても陽だまりのような雰囲気を崩さないあたり、時枝くんという人間の暖かさが感じられて、好きだなあと思った。
「…なまえ」
「っえ」
「って呼んだら、他の子より特別な感じで、ちょっとはマシになる、かな」
ふわりと寄せられる唇だけで十分すぎるくらいなのに、急に心臓に悪いことをするから時枝くんは侮れない。その響きが他の誰が言うよりも素敵なものに感じられて、ぽかぽかとわたしの心までも春の陽気に当てられてしまった。触れる指先がやけに熱い。
「……時枝くん、すき…」
「おれも好きだよ。でも、なまえはおれのこと名前で呼んでくれないの?」
「…………みつ、る、くん…」
「うん、よく出来ました」
多分、耳だけじゃ無くて頬も全部真っ赤になっているであろうわたしを見て、時枝くん、いや、充くんは酷く優しい目をしている。ご褒美だと言わんばかりに額に落とされたキスと、ぴたりとくっついた掌から、ひしひしと伝わってくる愛情を、今度は目を逸らさずに受け入れることが出来るような気がした。