2022.1.17
ロード画面に出た人の夢を書くやつ。
ラギー
「じゃあ、お代はキスでいいっスよ」
シシシッ、と聞き慣れた笑い声が鼓膜に響いた。冗談みたいなノリで冗談みたいなことを言い出したラギーは、挑発するような悪い笑みでこちらを見下ろしている。
苛つく表情である。恋愛経験の少なさをあからさまに馬鹿にしたような彼の態度に腹が立って、わたしはわたしのその場限りの衝動に身を任せることにした。つまりは、ラギーの望みを叶えてやろうと、彼のネクタイを引っ張ってこちらに引き寄せたのである。
「、いっ」
「あだっ」
ファーストキスは、血の味であった。ずん、と重い痛みが前歯から歯茎に広がって、思わず口を押さえて悶え苦しむ。それはあちらも同じだったようで、ラギーはわたしの技量不足による不慮の攻撃に撃沈していた。二人して床に蹲る様子は酷く滑稽に見えただろう。
「いたあ」
「あーもう、下手くそ」
なあに意地になっちゃってんの。引っ張ったネクタイはよれて、不恰好な形になった。思い切り歯と歯がぶつかったがち、という音はあまりにロマンチックとは言い難く、わたしをますます惨めな気持ちにさせる。
すっかり呆れてしまった彼にごめん、と謝った声は自分でもびっくりするほど覇気がなかった。ラギーの耳がぱたぱたと上下して、しゃがみ込んだ彼がわたしを上目遣いで見つめる。
「あーあー、そんなしょんぼりしないの。ほら、もっかいすればいいでしょ」
「…してくれるの?」
「まあ?仕方ないんで、特別料金で引き受けてあげるっスよ!」
「それじゃまたお返ししなきゃいけなくなっちゃうよ」
まあまあ、いいじゃないっスか!そう言ってにこにこと笑った彼は間髪入れずにわたしの唇を奪って、したり顔でこちらを見た。ぺろ、と彼の赤い舌が見えて、下から唇を食まれる。
「う、ちかい」
「そりゃそうでしょ、キスしてんだから」
未だぶつけた口は痛むけれども、それさえも些細なことに感じられるほどに心臓が存在を主張していた。そのうち慣れるっスよ、なんて知ったような口をきくラギーの指先が、真冬なのに火傷するほど熱かったことを指摘したら、果たして彼は怒るだろうか。
リリア
「ほお、ファーストキスか!初々しいのお」
「そう言うってことは、先輩ははじめてじゃないんですね」
口をついて出た言葉は、あまりに刺々しかった。自分でもなんて子供っぽいんだと思うほどの声色は、見た目の割に大人な彼から見たらなんて惨めに聞こえただろう。
こういうところが、彼と釣り合っていない一番の要因な気がして、いつも嫌になる。一人反省会を本格的に始めてしまう前に、やっぱ今のなし、と訂正しようとして、こつりと額になにかが当たった。驚いて喉から出そうとした音は、そのまま先輩の小さな口に飲み込まれてしまう。
「んむ、ん!?」
「ん、」
熱い。喉が焼けるような口付けは、明らかに初心者にするものではなく、どうしたらいいのか分からずにただ蹂躙されるのみであった。
やっとのことで彼の華奢な肩を押し返して、ゆっくりと口を離す先輩の顔を伺う。存外簡単に離れた顔は満足げに微笑んでいて、どちらのものかも分からない糸がわたしと先輩を繋いでいた。
「はじめてだって、言ったじゃないですか!」
「くふふ、恋人の可愛らしいやきもちにテンションがぶち上がってしまってのう!心配せずとも、わしはお主にメロメロじゃぞ?」
くりくりとしたその赤い瞳は、一体どこまで見透かしているのだろう。自身の幼稚さに不安を覚えていたわたしの心を撫で付けるように欲しい言葉をくれるリリア先輩は、その内面にそぐわない悪戯っ子の笑みで綺麗なウインクをする。今度は軽く口付けられて、ちらりと見えた白い八重歯が、軽く触れた唇に掠ってぴりりと痛んだ。
「リリア先輩」
「ん、なんじゃ?」
先輩のようにはいかずとも、不慣れなりに精一杯背伸びをして一瞬だけ触れさせる。背の小さな彼には、爪先で立たなくても容易に届くけれど、わたしにはその距離が酷く遠く感じられた。
ほんの数秒後に、尖った耳をほんの少しだけ紅に染めてまるで女の子みたいに口を押さえながら「これはしてやられた!」と楽しげに騒ぎ出す前に、わたしはそのまんまるに見開かれた表情を目に焼き付けておきたくて、恥ずかしいのを我慢してじっと彼を見つめ返すのだ。
ケイト
先輩がスマホばかり見てるのが寂しくて、勢いでそのダイヤマークに口付けた。ちゅ、と小さく音が鳴って、そっと顔を離すとぽかんとした顔のケイト先輩がこちらを見つめる。
なんだか居た堪れなくて目を逸らせば、止まっていた時間が一気に動き出して先輩のスマホが手から落ちた。ごんっと床に当たって、鈍い音が響く。
「うわ!液晶、大丈夫ですか」
「………え?あっああ!だ、大丈夫大丈夫!カバーしてるし、全然!」
「そ、そうですか」
勢いが尋常じゃなかった。若干押され気味に返事をすると、ごめんごめん!といつものようなにこにこ笑顔が返ってくる。のだけど、若干の違和感を感じるのは気のせいだろうか。
一々挙動がわざとらしいというか、なんというか。わたしの勘違いなら更に恥ずかしさを重ねることになるけれども、弄るスマホが上下逆になっているのはさすがに見過ごせない
「……あの、スマホ、逆じゃ」
「………あ、そう、だね…………」
沈黙。明らかに先輩が動揺しているのは分かるけれども、ここまで気まずくなるのならなにもしなければ良かったと後悔する。
「あの、さ」
「っあ、はい」
ふと、先輩がじっとこちらを見つめていることに気がついた。ぱちりと目が合えば開かれる口に、意識が飛んでいたわたしも急いで返事をすれば、少し安心したように微笑まれる。
先輩の頬が若干朱色になっているような気がして、果たしてこれは髪の反射光なのか血色なのか、そんな埒の開かないことを考えるだけでどきどきと心臓が煩く鳴っていた。
「その…そっちからしてきたってことは、もう我慢しなくていいってことで、オッケー?」
控えめに手を重ねる先輩は、わたしと同じようにとくとくと血が巡っているようだった。目を合わせたまま逸らさない先輩の瞳は、普段よりも若干の熱を帯びているような気がする。
見たことのない先輩のそんな顔に、わたしは何も言えずこくりとただ頷いて、こんなときでもただただやさしい先輩からの控えめなお返しを受け取ったのだ。
エペル
「まだだめなの?」
「まって、あと少しだけ」
心の準備が必要だった。むう、と可愛らしく不満を表情に出すエペルとの距離は、およそ七センチ。あと少し動いたらキスしてしまうような至近距離で、わたしはどくどくと脈打つ心臓をどうにか静めようと奮闘していた。
どうにもならないことは分かっているけれども、どうにかしないと頭がショートしてしまいそうになるのだ。ただ唇を触れ合わせるだけの行為が、こんなにも緊張して恥ずかしい。
「…ねえ、嫌なら無理しなくってもいいよ。今日はもうやめよう、ね?」
「えっ、嫌じゃないよ!ちが、ただ緊張して」
「…ほんとに?」
彼は本格的に拗ねてしまっているようだった。わたしの言葉を信用しているのかいないのか、見定めるようにじっと見つめられるのは居心地が悪い。どうにかして彼の機嫌を直さなければと、白くて綺麗な手にわたしの手を重ねた。
「エ、エペル」
「…何?」
「あのね、その、好きだよ」
ちゅっと軽い音が鼓膜を震わせて、自分のしたことを再確認させられた。やっと落ち着いてきたと思った心臓はまたばくばくと鳴り出し、しかも先程とは変わって彼の反応がどういうものになるのかひやひやしている自分がいる。
なにをどうしても居心地が悪くて、伺うようにエペルの顔を覗き込めば、さながら林檎のように赤く染まった顔があって。
「え、」
「急になにすやがるこの馬鹿!」
ぺし、と頭を叩かれる。自分より怖がっている人がいると逆に冷静になると言うけれど、恥ずかしがってる人を見るのも同じような効果があるのだろうか。
相変わらず心臓は煩いままだけれども、うーとかあーとか言葉にならない声を発するエペルを見るとどうしても口角が上がってしまって、ますます彼を苛つかせてしまう。いつも可愛い彼だけど、今日は一際その可愛さが増しているように見えて、どうしようもなくきゅんと心が高鳴るのだ。