「ええ、こんな本あったんだ」
ユウちゃんは、古い本を手にしてきらきらと目を輝かせた。わたしが今手渡したのは、以前スカリーくんが持ってきてくれた本の中に紛れていた魔法道具の学術書である。彼から貸してもらったものだ。
魔法の鏡のページを見せると、彼女はわあ、と楽しげな声をあげた。これって、うちにあるやつなのかな。異世界に繋がるって、もしかしたら元の世界と関係あるかも。
ユウちゃんの真剣に文章に目を通す姿と言葉に、確かに言われてみればそうかも、なんて初めて気がつく。まっさきに思いついてもおかしくないのに、すっかり頭から抜け落ちていた。決して、帰りたくないわけではないのだけど。
「でもさ、そういえば前に夢の話した時もこういうの話してくれてたよね。どっか別の世界に繋がってるんじゃない、みたいな」
「……え、そうだっけ」
「そうだよ!あとさ、『鏡、向こう側よく見えないんじゃない?曇ってるみたいな』って、話してないのに言われてさ。エスパーなの!?ってびっくりしたんだよ。なんで分かったの?」
「……い、いや、わかんない。たまたまじゃないかなあ」
ユウちゃんに言われて、思い返してみればそんなことを口走ったかもしれないと朧げに思う。どうしてそこまで具体的なことが分かったのだろう。昔からわたしは怖い話もオカルトや都市伝説も苦手な方で、怪談話からは避けて生きてきた人生だった。
魔法の鏡、についての事前知識も、御伽噺に出てくるようなものしか知らない。今回の件に当てはまるようなものを聞いたり読んだ覚えは、彼に教えてもらうまでは特に無いはずだった。
「そっかあ。本、わざわざありがとね。ちょっとは不気味さがマシになった気がするよ」
「……そう?それなら良かった」
もしかしたら、スカリーくんに聞けばなにか知っているだろうか。
わたしの昔の話だなんて、彼が知っているはずもないのにそう思い浮かぶ。なんでだろう、と首を捻って、彼女から本を返されたときには、その重みで全て疑問はなくなってしまっていた。
▽
「おはよ、スカリーくん」
珍しく、ひとりでに目が覚めた。すっかり秋の涼しさに慣れて、段々と寒くなってくる日々に最近は起きるのが億劫になってしまっていたのだけれど、今日はやけに目が冴えている。
枕元のスマホを見ると、時刻は朝の六時半。十月も半分ほど過ぎて、ハロウィーンまではあと何日だろう。ぼんやりと今日の日付を見るけれど、寝起きの頭はうまく働かなかった。きっと彼に聞いた方が早い。
「……あれ」
スカリーくん、と思ったところで、普段なら聞こえる伸びやかな挨拶が聞こえてこないことに気がついた。こんな日は早起きのわたしに驚いて、なにか予定でもあるのかと尋ねられるものなのだけれど。
反射的に音の源であるラジオを探して、昨夜と同じ位置にあるのを確認する。
「……いないの?」
よく目を凝らしても、もちろん見えるはずもなく。ぽろりと漏れ出た声は、誰にも拾われることなくただ一直線に落ちて行った。
糸。糸はどうだろうか。彼の居場所を知るのに、一番最適な方法。いつもすぐ傍にいたから、こういうときにすぐに出てこなかった。布団に隠れた左手を出して、小指を見る。
「……え?」
そこにはもう、赤い糸は絡んでいなかった。
▽
祭りの後の静けさ、とはまさにこのことである。
今日は十一月一日。いちいちいち、と縦に並ぶ数字は、故郷であれば十月十一日に次いでポッキーの日と喩えられるものだったけれど、この世界ではただの月初め、あえて付け加えるとすればハロウィーンの次の日であった。
「…さむ」
一大イベントが終わって、その片付けの帰り道。びゅう、と北風が吹いて、ブレザーの裾が旗めく。これからの季節、ベストだけでは寒いかもしれない。去年はどう冬を凌いだのだったか。
セーターは箪笥の中にあったんだっけ、と思い返してみるけれど、怒涛の日々が思い浮かぶだけで服装のことまで記憶は及ばない。
道端に落ちる枯葉は、綺麗に赤茶色に染まっていた。足を踏み出すと、しゃかしゃかと楽しげな音を立てる。そんな光景を見ても、わたしの気分が晴れることはなかった。
「……」
スカリーくんは、とうとうハロウィーンの日にも現れることはなかった。
赤い糸が見えなくなったあの日。急いでスマホのカレンダーを確認すると、魔法薬を被ってから丁度三ヶ月が経過していた。効果が切れたのだ、と分かって、小指を恐る恐る撫でたのは記憶に新しい。見えた以前も見えない今も、そこに糸の繊維の感触が残ることは無かった。
彼は、ラジオをもう動かしていないようだった。返事がなくなってから数日、数週間と経って、なにか音が鳴らないか、物の位置が変わったり、増えたり減ったりしていないかを注意深く見ていたけれど、まるでそこにゴーストなどいなかったかのように怪現象は起こらない。
ラジオが壊れてしまっているのか、と手に取ってみても、前と変わらず鈍くランプが光るのみで、スピーカーが震えることはなかった。
思えば、わたしはこのラジオが自ら正常な働きをしているところを見たことがない。元々、わたしがここに来た時から機能自体は壊れてしまっていたのかもしれない。
考え事をしながら歩いていれば、いつのまにか鏡の間にたどり着いた。部屋は寮に帰る学生で混み合っている。片付けが一斉に終わり、今日はもう解散との指令が出たからだ。
皆遊び疲れて、あるいは働き疲れて、あんなに賑わっていたのが嘘のように穏やかな日である。
▽
彼は今、一体どこにいるのだろう。
昨夜は、賑やかで豪華なハロウィーンだった。あんなに楽しみにしていたのだから、わたしの知らないところで参加できていたらいいのだけれど、それを知る術は生憎持ち合わせていない。
果たして彼自身がここからいなくなったのか、魔法薬が切れたから赤い糸だけでなく彼の存在を認識することができなくなったのか。私には知る術はなかった。
もし後者だったなら、彼はどれほど寂しい思いをしているのだろう。ラジオが動く前に、糸が見える前に逆戻りの生活。
わたしが彼を認識することを酷く喜んでいたスカリーくんが、またひとりぼっちになってしまうさまを想像すると、きりきりと胸が痛んだ。
一方で、もし成仏できてここにいないのなら、悲しいけれど肯定すべきことだ。それか、わたしの元にいるのか嫌になってしまったのかも。
仮定はいくら捏ねくり回しても仮定のままで、考え疲れて再度小指を見ても、そこにはやはり何もなかった。
この縁は、もう切れてしまったのかもしれない。そう思わざる得なかった。意思疎通は取れるって言ったじゃない、なんていない彼に文句を言っても仕方がない。
もしわたしに霊感があれば、この関係はずっと続いていたのだろうか。
「なまえちゃん、おかえりなさい」
寮に帰ると、ひと足先に帰路についていたユウちゃんが明るく出迎えてくれる。グリムは、と聞けば、ハーツラビュルに甘いものを貰いに行ったと教えてくれた。
こんな大きい行事の後でも、クローバー先輩はお菓子を作っているのだろうか。疑問である。
「帰るの早かったの?」
「そうなの。なんか、学園長に寮に運んでくれって頼まれたものがあって。そのまま帰っていいよって」
「へえ、なに運んだの」
「おっきい、肖像画?みたいな。すごい人なんだって」
肖像画。そんなものをこの寮に置いておいても、わたしたちしか見る人などいないのに。
ふうんと一言、いつものように返事をすれば、わたしの部屋に運び込んだ旨を伝えられる。どうやらその絵の人物は、わたしの使っている部屋の以前の所有者だったようで。
「絵、別のところに移す?知らない人に見られてたら寝にくくない?」
「……いや、大丈夫。部屋広いし、多分気にならないと思う」
今まで散々ゴーストに見守られながら眠りについていたのだから、肖像画くらい大したことない。昔の怖がりな自分とは思えない返答に、思わず苦笑してしまう。
彼の存在は、わたしにかなりの影響を与えたようだった。それが、彼が存在したなによりの証明のようで。
▽
部屋に戻れば、少しだけドアが開いていた。ユウちゃんが絵を運び込んだ時に開けっぱなしにしたのだろう。その隙間からするりと身体を入り込ませると、黒く大きな額縁が床に立てかけて置かれているのが目に入った。
中央には、同い年くらいの青年の姿。白い髪に、赤い瞳、にやりと笑う表情。この学校の人間らしく悪い顔をしているけれど、きれいな人である。
物珍しくて近寄ってまじまじと見る。彼はまるで生きているかのようにいきいきとしていた。作者は相当上手な絵描きだったのだろう。
「……誰なんだろう」
額縁は、他で見たことがないくらいとげとげとしていた。黒い鉄骨のような骨組み、先に触れたら痛そうだなあ、なんて思って、好奇心で指を伸ばしてみる。
つん、と触れた先はひんやりとしていた。絵なのだから、床でなく壁に飾った方がいいのだろうか。触っても大丈夫そうだと踏んで、少し持ち上げてみる。
裏を覗くと、額に絵を固定するための紐が渡してあった。色褪せた、赤色の紐である。
と、その色が目に入った瞬間、ある声が無防備な鼓膜を揺らした。
『もし、素敵な貴女。聞こえますか?』
「、えっ、あっ、うわっ」
『オワッ』
がたん。絵が大きな音を立てて、画面を下にして倒れる。突然の声、しかも耳元での囁きに、驚いて手を離してしまった。
まずい、と思うより先に、流れ込んだ音に思考が持っていかれてしまう。このセリフにこの声、まさか。
『ああ、大丈夫ですか?お怪我は』
「え、え、え」
『……すみません、驚かせたところ申し訳ないのですが、伏せていると喋りにくいので起こしていただいても?人型のものに入るとそれだけで精一杯で、ものを自分で動かすことが難しいのです』
「……あ、ごめん、今起こす……」
『お手数をおかけします』
「…………まって、なんでそんな普通なの。なんか声、近いし」
ていうか、この絵、スカリーくんなの。数週間ぶりに聞いた彼の声、今までなにをしていたんだ、どこにいたんだと言いたいことは山程あるのに、出てくるのは普段通りの会話である。
状況についていけなくて、とりあえず言われるがままに額を持ち上げて立てかけ直すと、絵の中の青年がふるふると頭を揺らした。動いている。
『ええ、我輩の肖像でございます。実を言えば、我輩が取り憑けるのはなにも道具だけではございません。自分に近しく馴染むものであるほど霊力の出力がスムーズにいくようなのです』
「……」
『己の肖像であれば、霊感のないなまえさんにも声が届けられるほどの力が発揮できるのでは、と推測していたのですが。予感が的中して良かった!』
ラジオは、まだ部屋の隅に置きっぱなし。それなのに彼の声はわたしのすぐ目の前から聞こえた。
同じような現象を、はさみの一件で体験済みであることを思い出す。あの耳元で聞こえた声は、力が強まったからラジオを介さず直接わたしに届いたのか。
「なる、ほど?」
『……理解、できています?まあ別に、ゴーストの理屈など分からなくとも問題はないのですが』
彼はそう言って、顎に右手を当てて考えるような身振りをした。段々と冷静になって状況が飲み込めてくると、自分の本当に聞きたかったことが思い出せるようになってくる。
飄々としている彼は、額縁の中できゅっと口を閉じて笑っていて、わたしが彼を認識できなくなったわけでも、わたしの元から去ったわけでもないことがよく分かる。
初めて見るスカリーくんの顔。そんな可愛らしい笑みをするひとだったのかと思うのと、なんで笑っていられるんだ、という困惑と少しの怒りが脳を占めた。わたしがどんな思いでいたと思っているのだろう。
「な、なんで」
『はい?』
「なんで、返事してくれなかったの」
混乱の中絞り出した声には、若干の苛立ちが滲んでしまっていたような気がした。彼はそれに気付いているのかいないのか、あっけらかんとして「おや」と意外そうに呟く。
手袋をした手は口元を隠すように当てられた。そんな様子を見て、やっとスカリーくんが結構身振り手振りが激しい人間だったのだということに気が付く。
『まさか、お声をかけてくださっていただなんて。申し訳ありません、肖像を見つけてもらうのに少々手間取ってしまいましてお近くに居られず』
「……は」
『ほら、顔が見たい、と以前言ってらしたでしょう。ハロウィーンも近くて見つけ出してもらうには丁度いい時期ですし、そろそろ魔法薬も切れてしまうし、と思って、色々模索していたのです』
あの方、学園長なのでしたっけ?なかなか見つけてくださらないので、誘導に随分時間がかかりました。おかげでハロウィーンも大して見ることができませんでしたし。
そう言って彼は恨めしげにため息をつく。ため息をつきたいのはこちらの方だった。
すっかりいつもの調子で、違うことといえば姿が見えることくらいの彼に、身体の力が抜けて地べたに座り込む。
どうやらわたしは安心しているようだった。また彼と話ができることに。
気が抜けたように息が漏れれば、今までぴんと張り詰めていた意識は早急に緩んでいった。それは、まるで糸が弛むように。
『……あの、どうかなされました?もしかして先程の衝撃でどこか打ってしまったとか、』
「もう」
『はい?』
「もう、会えないかと思ったあ……」
視界が、じわりと滲んだ。せっかく見えるようになった彼の顔が、表情が、これではよく分からない。
これ以上なにも声が出てこなくて、黙って膝を抱える。ああ、泣くつもりなんてなかったのに、これではなんて情けない。
『エッ、待って、泣いて』
「スカリーくんのばか……いなくなるなら言ってからにしてよ、さみしかった……」
『へあっ!?さ、さみし、うそ、ほんとに?』
「……なんでにやけるの。これ、文句なんだけど……」
なんだか嬉しそうに頬に手を当てるのを見てぎろりと睨めば、焦ったように「ああ、申し訳ございません!」なんて平謝りが始まった。
大きな動きでぺらぺらと喋る彼をじっと見ていると、彼の動作ひとつひとつか新鮮で、でもどこか見覚えのあるような気がしてくる。
聞き馴染みのある声のトーン、それに呼応する動きがあまりに「スカリーくんらしい」感じがして、ずっと前からそれを知っているかのようだった。
キャンバスに描かれた赤い瞳にはわたしが映ることはないけれど、彼がわたしを額越しに見つめていることはなぜかよく分かる。
『我輩、一つ決めると他のことが見えなくなる節がありまして。あの…このスカリーめの配慮不足、許していただけますか?』
絵の中の彼が、そっと手をこちらに伸ばす。もちろんその腕が出てくることなんてないけれど、代わりに目尻にひやりと悪寒を察知した。
久々の感覚、この鳥肌がどうにも愛おしい。追うようにぞわぞわとする方へ顔を傾けると、文字に表せないような声が彼の方から上がった。ラジオを介さない彼の音は、なんとなく普段より騒がしいような気がする。
「……いいよ、でも、約束して」
『もちろん。具体的には何を?』
「もう、どこにもいかないで」
わたしの運命なんでしょ。
じっと、目を見てそう問い掛ければ、ぱちぱちと数度瞬きをした後、彼の眉がじわりと下がった。真っ白な肌が染まるさま、また頬に添えられる手と、ゆるんだ口元から覗く歯がいくつか欠けているのが見える。その有様には、一体どんな過去が潜んでいるのだろう。
『……ええ、ええ!ああ、愛しい我輩の運命の人。指切りをいたしましょう。どうぞ、小指を』
「指切るのは嫌なんじゃなかった?」
『ああ、そうでした。ええと、では画面に手の甲を当てていただいても?』
以前の言葉を思い出して尋ねると、彼は思い出したようにわたしを誘導する。当てる、というのは「絵の表面に」ということだろうか。
触ってもいいものかと迷ったけれど、肖像の本人が言うのなら一度くらいは大丈夫なのだろう。恐る恐る、盛られた絵の具の上に皮膚を当てる。どれくらい前のものなのか、当然載せられた色は乾き切っていた。
絵の中の彼が動く。少し屈んで、閉じられた目の長い睫毛が頬に影を作った。近付く唇は、絵だというのに荒れ気味であることが分かる。
「改めて、指切りの代わりに誓いのキスを」
ちゅ、と。
触れることのないやわらかさ、音のみが部屋に響く。伝わる冷気に手が一瞬震えて、画面に再度当たるとがさりと擦れる音がした。
固い絵の具の筆の跡と支持体である布の感触は、皮のむけた唇の質感を思い出させる。
「わ……」
キザな物言いをする人である。行動さえもそうなのかと贈られたキスを見て思うと、なんだか気恥ずかしくなってきてしまって。
顔を見るのにも慣れない中、視線を下に落とすと自分の小指が見えた。肖像の中の彼にも、わたし自身の小指にも、繋ぐ赤い線はどこにもない。
『耳が真っ赤だ。本当に可愛らしいですね』
いつか彼が語った一節を思い出す。「惹かれたから運命」とはよく言ったものだ。糸など見えなくても、こうして惹かれてしまえば繋がっているのだと分かってしまうのだから。
▽
「スカリーくんって、こんな顔だったんだ」
『……期待外れ、でしたか?』
「まさか。なんか、なぜか分からないけどすごくしっくりきたよ」
落ちついて眺めるスカリーくんの見た目は、まごうことなき「美少年」であった。こんなルックスで、ハロウィーンの王様で、現代では偉人と讃えられる人物が、進んでわたしに世話を焼いていたとは到底信じられない。
しかしながら、その姿から聞き慣れた声がするのにはなんの違和感も感じられなかった。そのころころと変わる表情のせいだろうか。
綺麗でお人形さんのような整った顔は浮世離れしているのに、生き生きと現れる喜怒哀楽には彼の声と同じ温度が含まれているようである。
「なんかさ」
『……?』
「眼鏡とか、似合いそうだね」
「…えっ」
なんとなく思ったことが、いとも簡単にするりと口から出てしまった。
白と黒のコントラスト、肖像の彼は完璧に描かれているのに、どこか物足りないように思う。赤く光る瞳と目が合うとそわそわするのに気がついたら、なにか一枚隔てるものが必要なのでは、なんて思い当たった。
想像してみると、フレームによって幾分が大人っぽく見える彼が脳裏に浮かんで、物腰の柔らかな雰囲気によく合致するような気がする。眼鏡を外すと今の幼さの残る顔になるのも、スカリーくんの内面性をよく捉えているのではないだろうか。
「かけたことない?絶対合うと思うけどなあ」
『い、いえ!生前かけておりましたよ、真っ黒の』
「黒縁?」
『黒縁というか、レンズも黒のものを』
「……サングラスってこと?」
それは、どうなのだろうか。予想外の返答である。彼が真夏の海で見るような日除けをかけているだなんて思えない。
けれど、不思議なことに想像してみると案外馴染むような気もしなくもなかった。彼が美丈夫だから、どんな格好をしても様になりそう、というのはあるかもしれない。
『……すっかり全て忘れてしまったわけでは、ないのですね』
「……え?なに?」
『いえ!なんでもありません。それより、昨夜は如何だったのですか?自分で見れなかった分、なまえさんの目を通して見たハロウィーンを知りたいのです』
にやりと三日月に弧を描く口元。期待に胸を膨らませて、きらりと輝く赤にわたしを映す。
「うーん、あんまり楽しめなかったからなあ」
わくわくしているところ申し訳ないが、生憎こちらは貴方のことで頭がいっぱいだったのだ。豪華な装飾も仮装も、大して目に入らなかった。
素直にそう伝えると、スカリーくんはそのかわいらしい吊り目をこぼれ落ちそうなほど大きく開いて、にやけたらいいのか口を結んだらいいのか分からない、みたいなまぜこぜな顔をする。
その様子がどうにも可笑しくて、つい声をあげて笑ってしまった。声や言葉のみならず、表情までもこんなに表現豊かであるなんて。彼が恥ずかしそうに、額縁の隅に視線を落とす。
『笑わないでください。なまえさんが我輩のことを想ってくれたのが酷く嬉しいのに、ハロウィーンを楽しませてあげられなかったことはどうにも許し難くて、複雑な思いなのです』
「じゃあ、来年は楽しませてよ」
『……分かりました。必ずや、お約束いたします。次のハロウィーンまであと三百六十五日、ご期待に添えるように尽力致しましょう』
ぐ、とスカリーくんが握り拳を作って、やる気満々に宣言した。そんなに前から日にちを数えても、途中で分からなくなってしまいそうだ。彼は、次から次に来年の催しの計画を話し出す。
もうこの部屋には、とっくにハロウィーンの後の静けさは無くなっていた。もうすぐ冬が来る。