ズッ友フォーエバー

投げ出した足元に見えるシーツはぐしゃぐしゃだった。ベッドの上で座り込んで、ぼうっとコップの水に口をつける。

今夜の彼は、随分と機嫌が良かった。普段よりスローペースにわたしに触れて、鈍く光る傘の中央はやたらと甘いことを囁く。
途中で一度口にものを突っ込まれたので記憶が混濁しているところもあるが、残っているところだけを顧みても珍しい、と言わざる得ないひとときであった。
手探りで虫食いの夜を思い返していると、ふっと、「恋人を作らねば」と脳裏に浮かぶ。半分ほどの量になった水の表面が揺れた。

「エー?でもなまえチャンは人間の粗チンじゃ満足できなくなあい?」
「あ」

するり。水面が一際大きく揺れたと思うと、素早い触手がコップを奪い去っていく。流れるままに顔を上げれば、目に痛い蛍光色が目に飛び込んで思わず顔を顰めた。

いつのまにかこちらに戻って来ていたマイクさんは、口に出していない言葉を拾って、無遠慮に会話に昇華させる。色鮮やかな触手が巻き付いたコップの中身を揺らして、楽しげにぴかぴかと辺りが明るくなった。
喋るたびに光るそこが彼の口や喉に当たるのか、いくら見ても触れても一向に謎のままである。

「心、読まないでくれます?」
「だってさあ、イイトコぜ〜んぶ同時に弄られてバカになっちゃうの癖になってんだろ?人間じゃせいぜい三箇所が限界だしい?」
「全然聞いてない……」

彼は一方的に言葉を浴びせながら、わたしの脚に触手を這わせた。持つコップの中の水を揺らすもの、身振り手振りを表すもの、腰に回されるもの、脚を拘束するもの。
そんなに動作をまかせてもまだ有り余る彼の手、正確に言えば性器は、先程まで本人が言う通りにわたしを攻め立てていた。きゅっと脚のそれが締められて、否が応にも反応してしまう。わたしの様子を見て、彼は幾分か気を良くしたのかもう一本触手が伸びる。

口を開けば下ネタと暴言しか出てこないひとである。しかしながら、こうして夜に触れるときだけはこちらを伺うような柔らかさが伺えた。頬を撫ぜるそれが性器であると知ると少々複雑だけれども、その上で思わずうっとりと身を任せてしまうのは惚れた弱みというやつだ。

「どーせ彼氏作ったって満足できなくなって俺っちんとこ戻ってくんだからさ、大人しくズッ友でいよーよ」

ま、別に相手がいてもセックスはできるし、作りたきゃ作ればいいけど。彼はそう言って、ベッドの上に腰掛ける。

マイクさんはセフレである。あくまでフレンドであり、わたしの恋人ではない。彼は常時、性欲処理の相手を探し求めていて、殊更自分に好意のある人間など便利で仕方がないといったようにわたしをよく誘った。

一番最初の時のことを思い出す。誘いの言葉を聞いた時は、感情の伴わない行為など虚しくなるだけであろうと信じてやまなかったのだ。しかし、目先にちらつかせられた餌に釣られて一度くらいならとついていったが最後、思いの外丁寧に触れられてしまって。
想定外の充足感、好きな人が唯一わたしだけを見てくれる時間を知ってしまえば、次の誘いを拒否するには相当な強い意志が必要である。今こんな惨状になっているということは、わたしにはそんなもの備わっていなかったということだ。

「そうそう、アンタ身も心もぜ〜んぜん堪え性がないもんな。自己分析よくできてんじゃん」
「……」
「そんな顔すんなよ。カワイイ顔が台無し」

こつ、と唇に丸く光る中心部が当たる。眩しくて目を瞑れば、瞼の裏が紫色に透けた。
彼は人間ではないからキスに該当する行為はできないし、彼の故郷に同義のものがあるかどうかも定かではない。しかし、わたしの脳を読み取って「こういうの」で気分が高揚すると知って、彼にとっては特に意味のない触れ合いも織り交ぜてくれることが多々ある。

これがセフレを繋ぎ止めるためのテクニックなのだと。理性ではきちんと言い聞かせられているのに、身体はそうもいかないのが難しいところだ。形だけの行為がうれしい、だなんて、思うだけ無駄なのに。

「セックスだけが恋愛じゃないし。良い人がいるかもしれないじゃないですか」

顔も脳内も誤魔化せないけれど、せめて言葉だけはと口を開く。この言葉は虚勢だけではなく、紛れもない本心も混じっている。
いつか、そのうち、マイクさんよりも好きになれる人ができたら、マイクさんとは違ってわたしを切に求めてくれる人が現れたら。こんな不健全で、複雑で、非生産的な喜びを手放せるかもしれない。そんな一縷の望みが嘘でないことを、彼はよくわかるはずだ。

「そんなこと言ってえ、誰の顔も思い浮かんでない時点で無理な話じゃね?」
「……思い浮かぶようだったらマイクさんのところになんか来てないです」
「だよねー。俺っちにメロメロなのは身体だけじゃないし、不器用なアンタは浮気なんてできないもんなあ?よーしよし、褒めてやろう」
「もう、鬱陶しい!」

ぺたぺたと頬をこねくり回される。マイクさんはこうなるとしつこかった。触手を払い退けて睨みつけるけれど、どこ吹く風と言ったように着たばかりのワイシャツに隙間ができる。生暖かい触手が入り込んだ証だった。

「でも〜、そんな俺っちのことが〜?」
「……すき、ですけどお!」
「んっふふ、なまえ、お前本当どうしようもねえなあ!」
「うるさいですよ。全部マイクさんのせいなのに」
「んなこと言うなよ。ほら、俺っち気分が良いからもっかい気持ちよくしたげる。だ〜いすきなマイクさまへの熱い想いぜんぶ吐き出しちゃいな?」

いっつもシてるときだけ、タガ外れたみたいに「マイクさんすきすき〜♡」って喘いで発散してんだろ?

彼はそう言って、わたしの肩にやんわり力をかける。そこまで分かっていながら敢えて甘い言葉をかけて絡め取るだなんて、やはり彼は碌な生き物ではない。

だがしかし、己のために逃げ出すべきだと理解していながら、簡単に抜け出せる拘束の中で自らシーツに背をつけるあたり、わたしだって碌な人間ではないのだ。
ああ、誰かわたしの記憶からこのひとを消してくれないだろうか!

top / buck