相談相手 : 悪魔

自由なひとだなあ、と思ったのを覚えている。

天使といえば、心優しく、慈悲深く。美しい容貌に美しい声、美しい言葉。天国に来たばかりの私のふわふわとした天使のイメージを、初っ端からぶち壊したのがこのアダムという男である。
優しいだとか見た目が美しいだとか、そこらへんは未だによく分からないが、間違いなく言葉は泥水並みに汚い。私の天使イメージは多分世間一般のものと同じであっただろうから、そんな他人の考える型に嵌ろうともしない彼のふるまいは、私にはひどく奔放で自由に見えた。私がそう振る舞えないから、尚更。

自分と異なるものへの驚きと少しの憧れを内に秘めて何年もここで過ごし、気付けば彼の隣に座らされることが当たり前になるとは、なんとも不思議なことである。
月並みな表現をすれば所謂「こいびと」などと言われる私たちの関係は、自由なアダムを見るとなんだか似つかわしくないものに見えてしまうけれども、彼はどうやらその柳にそこそこ満足しているようであった。そう、今はまだ。

「嫉妬とか束縛とか、絶対いやがるタイプじゃないですか、アダムって」
「そしてお前は嫉妬の悪魔もびっくりのやきもち焼きときた!」
「今日一番の笑顔見せないで下さいルシファー」

人の不幸は蜜の味、を全表情筋を使って表現している地獄の王は、久しぶりに会う割に大層元気そうであった。今日は躁の日らしい。くるくると変わるベビーフェイスを眺めていると、この人がとんでもなく強い堕天使だということを忘れてしまいそうになる。輝く瞳は私をおちょくる言葉を探して、にやりと目尻を上げた。

「少し前にあいつの部下にまで嫉妬してなかったか?めちゃくちゃ落ち込んでここに来た時があったろう」
「だ、だって、距離近いし…いいなあって…」
「ハハハッ!天使のくせに欲深いな!」

堕天する日も近いんじゃないか?などとにやにやしているルシファーに、黙って紅茶を啜ることしかできないのが悔しい。天国でめちゃくちゃ嫉妬しちゃいますなんて言ったら追放されそうだと思ってるから、わざわざここまで来て、アダムのことを知っていて天使マインドじゃない彼に話を聞いてもらっているのだ。反論なんてできない。

ルシファーという友達、かは分からないけど、相談相手がいてくれるから、私はまだ天国で過ごせているのだと思える。

「今はまだバレてないですけど、いつボロが出るか分からないし…」
「ここまでバレずに何度も降りて来てるんだから当分平気じゃないか?騙すの得意なんだろう」
「騙すの得意で嫉妬深かったらもうそれ悪魔じゃないですか…?」

天使になったとて元は人間なのだから仕方ないんじゃないだろうか。多分私は天国と地獄を彷徨ってギリギリ天国側だったんだろうな、なんて思い始めてしまって、ルシファーの鬱が移ったみたいだった。

「そう落ち込むな!友人のよしみだ。地獄に来たら私が引き取ってあげよう」
「堕ちる前提ですか…?」
「まあな!ほら、そうこうしてる内にもうこんな時間だぞ」

戻らなくて良いのか?と時計を指すルシファーに釣られて秒針を見れば、そろそろ天国に戻らなければいけない時間になっていた。彼と話しているとつい時計を見るのを忘れてしまう。

「ほんとだ、帰ります」
「またいつでも歓迎するぞ!さっさとフラれてこい!」
「最後まで最悪すぎる!」

失礼な友人にばいばーい、と手を振ると、いつのまにか彼の手にいたアヒルちゃんがぐえ、と鳴いた。次に来るときも元気だといいけど。




「ボス、あそこに」
「お!おいおい、どこほっつき歩いてたんだあ?」

全く、随分探したぞ!と聞き慣れた声が後ろからした。振り向けば、言葉の割に顔は笑っているアダムと、彼の部下であるリュート先輩がこちらに手を振っている。
ウッ、やっぱり距離近くないか?リュート先輩はかっこいいし優しいし尊敬してるけど、どうしても頭にちらつく悪魔寄りの私のせいでどこかぎこちなくなってしまう。申し訳ない。

「すみません、ちょっと迷子で」
「またかあ?とんだ方向音痴だな!」
「GPSでも付けたらどうですか?」

えっそれは困る、と内心焦る言葉にひやりとするけれど、すぐに「それはやりすぎ〜」と流してくれたアダムに胸を撫で下ろす。地獄に定期的に通ってるのがバレたら破局どころか堕天だろう。はは、と取り繕うように笑う。

「じゃあリュートはここまでな、明日までにあれ片付けとけよ」
「はいボス。じゃあ」

私にひらりと手を振って、颯爽と飛んでいってしまった先輩を見送る。流石にアダムの側近なだけあって速い。私との格の違いを見せつけられたような気分になってしまう。んじゃあ帰るぞ、と棚われた手を、離されないように強く握った。




「お前さあ」
「はい?」

がさ、とお菓子の袋が音を立てる。もぐもぐとスナック菓子を頬張りながら発された言葉は聞き取りづらかった。流石にアダムもこれだけ口に詰めていてはまともに喋れないと思ったのか、なかなか次の言葉が続かない。ハムスターのような口の動きを眺めながら、ストローに口をつける。

「ヤキモチとかさあ、そういうのないの?」
「んぐ、げほっ」

オレンジジュースが気管に入った。咳き込む私に、おい大丈夫か?とアダムの手が背中を摩る。呼吸が整ってから、湿った左目を擦ってアダムの様子を伺う。

これ、バレてるのだろうか。彼の性格からして、確信していることをわざわざ聞くときには意地悪い顔をしていることが多いのだけれど、今のアダムは至極純粋な疑問として聞いてきているような気がする。いやでも、あまりにタイムリーすぎるし。

ただ、バレているからといって素直に認められるほど私には勇気が無かった。東縛とかちょ〜めんどい、と嫌な顔をするアダムの姿が脳裏に浮かぶ。
咳き込んだ直後ではあるが、なんとか冷静なふうを装って嘯いてみる。

「いやそういうのは、特には」

ないですね、とアダムの方を見る。と、同時にずごーー、とジュースが空になった音が響く。ストローを咥える彼の眉はハの字だった。

「.........あ、そ」

蚊の鳴くような声と共に、みるみる不機嫌な顔つきになるアダム。え、どういう反応?ルシファーに今すぐ鬼電したくなるが、なんとか抑えて彼と向き直る。なんか、ちょっと残念そうに見えるのは気のせいだろうか。

「…ええっと、アダムはしてほしい、んですか、ね?」
「…ベツに?思ってもないのにフリだけされても仕方ないだろ」

吐き捨てるようにそう言って、彼はぷい、とそっぽを向いてしまう。る、ルシファー、助けてください。思わず携帯を握った手を慌てて離す。それって、私の解釈が間違っていなければやきもち焼いて欲しいってこと?

ど、ど、と心臓が鳴って、頭に響いている。今なら言ってしまえるような気がして、これが躁鬱の躁ってやつなのだろうか、とふと思った。自然と手が彼の袖を引く。

「…ほ、ほんとのこと言うと、嫉妬、してました」
「無理して嘘つかなくてもいい、」
「嘘じゃないです!えっと、リュート先輩とか、羨ましいなって思ってました…ごめんなさい」
「…マジで?」

ちら、と彼の金色が私を捉える。恥ずかしくて情けなくて震える私を見て、本気だと分かったのか、みるみる満月のごとく見開かれていた目が三日月へと知けていった。口角がにんまりと上がっていく。

「ふ〜ん?ソッカア、ヘえ。全然そんな素振りなかったけど?」
「め、めんどくさいって思われたくなくて…アダムそういうの嫌いじゃないんですか」
「ハア?好きな女から私だけ見て!♡って言われて嬉しくない男なんかいないだろ」

きゅるんと上擦った声は私のつもりだろうか。仮面のモニターの顔も女の子らしくまつ毛が生えていて、芸が細かい。即座にいつもの顔に戻って、ずい、と至近距離まで迫られる。仰け反った背中にアダムの手が添えられた。

「てことで!これからはもっとワガママ言ってくれよ?流石に誰とも喋らないで!は無理だが、多少の配慮はするさ」
「…い、いいんですか」
「遠慮すんな!お前は私の女なんだから、もっとドンと構えときゃいいんだよ!」

もう片方の手が頭に乗って、わしゃわしゃと髪を乱した。なんだ、やきもち焼いてもいいのか。肩の荷が降りてへなへなとアダムの方へ倒れ込んでしまう。おお、なんだなんだと受け止める彼はとっくに甘やかしモードに入っているようだった。
今日は今までの分、いっぱい構ってもらおう。そう意気込んで、ぼすりと彼の胸に頭を預けた。




「おいリュート!お前の作戦大成功だったぞ!やるな!」
「わざとヤキモチ焼かせて愛を確認しちゃおう作戦ですか?上手くいって良かったです」
「そのネーミングはどうかと思うが、まあいい!今日は奢りだ!たんと食え!」

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