02


「スクアーロが持ち帰ったハーフボンゴレリングにより、9代目の了承も得られそうです」
「時期ボンゴレボスの披露式典も近々開かれるでしょう」
「これでいよいよファミリーの実権は9代目直系、実の息子であるボスのものですね。ザンザス様」

ネーヴェは窓際に腕を組んで立ち、何も言わずにそれらの声を聴いていた。
日本にいる後継者候補に届けられる予定だったリングの片割れを、スクアーロが奪還してきて五日。
このまま何事もなく終わればいいけれど。
しかし、物事はそう簡単にはいかないようだ。

「う゛お゛ぉい、お呼びかボス?」
カツカツと靴音を響かせて現れたのは、スクアーロだ。
「ハーフボンゴレリングの褒美をくれるってんならありがたく頂戴するぜ」
そう言った彼の頭は、ザンザスの手によって容赦なく机に叩きつけられた。
突然の出来事に、ネーヴェたちも息を呑む。

「なっ、何をしやがる!!?」
「フェイクだ」
指輪の半分が、ザンザスの手によって砕け散る。
それを見て、周囲の隊員たちは冷や汗を浮かべた。

これで超直感がないなんて、そっちの方がありえない気がするものだ。
オッタビオの言葉を思い出して、ネーヴェは心の中でそう反論した。
『まさか“超直感”で知ったと? そんなことがありえるはずがない! なぜなら、あなたは……』
この彼の言葉の意味を。
この言葉の先を、まだ誰にも知られるべきじゃない。

偽物を掴まされたことに殺気立つ空気の中、声を上げたのはネーヴェだった。

「ねぇ、せっかくだから。モスカ、早速使いたいな」
「なに企んでいやがる」
「いいこと思いついちゃった」

こう言うときのネーヴェは、大抵ろくな考えをしていない。
ボスの傍に寄ると、悪戯っぽく目の奥を光らせ、ひそひそと耳打ちをする。

「はっ、面白れぇ」
ある人物をモスカの動力源にする残酷な提案に、ザンザスはそう吐き捨てる。
「本部は任せて。私は、影を探す」と言って、ネーヴェは部屋を出て行く。
その姿が完全に消えると、ザンザスは低い声音でこう呟いた。

「悪魔みてぇな女だ」


『そんな面倒くせぇこと誰がやるか』
ザンザスは八年半前、初めて会ったネーヴェに、その言葉を叩きつけた。
このガキは、突然現れて『ザンザス様は今日から私たちのボスです』などと抜かしやがったのだ。
ザンザスが欲しいのは、ボンゴレ10代目の座。
ヴァリアーなどという暗殺部隊のトップになりたいとは思っていない。
こんなガキのお守りなんぞしてられるか、と苛立ちを露わにすると、『分かったら消えろ。じゃねぇと、かっ消す』と脅す。
『悪い話じゃないと思うけれど。貴方にも、私たちの力が必要なはず。ボスになれば、計画に暗殺部隊を動かすことができるのだし』
そう言いながら、両手でWinWinの仕草をするネーヴェには、脅しにも怯える様子はない。
『なんでてめえがんなこと知ってやがる』
『知ったからどうこうするわけじゃない。私たちには、付き従うボスが必要なだけだもの』


その言葉に嘘はないことは、彼女がこの8年間、飽きもせずずっとボスの帰りを待ち続けたことが証明している。
ゆりかごは失敗したが、次はそうはいかねぇ。
今度こそ、役に立たずのカスじゃねぇことを証明して見せろ。
ザンザスはそう思って、不敵な笑みを口元に浮かべた。


「行ってらっしゃい」
リング争奪戦のために日本に発つ幹部たちを見送りながら、ネーヴェは手を振る。
そんな彼女の元に、マーモンがひらりと飛んできて尋ねた。

「ネーヴェはお留守番かい?」
「うん。私はこっちでやることがあるから」

そして、「皆の活躍が直に見れないのは残念だけれど」と付け足す。
相手は素人だと聞いているし、彼らが負けるはずないので心配はしていない。
それにネーヴェの能力があれば、イタリアからでも争奪戦の様子を見ることはできる。
ただ。

「私も日本、行きたかった……」
「ネーヴェ、お土産は何がいいかしら」
「う゛おぉい、遊びに行くんじゃねぇぞぉ」

すぐに甘やかそうとするルッスーリアにスクアーロの怒号が飛ぶ。
プライベートジェットに乗り込んでいく幹部たちを見ながら、ネーヴェはこの騒がしさが消えてしまうことに一抹の喪失感を覚えた。

「ネーヴェ、離しなよ」

そう声を掛けられて、ネーヴェはハッと我に返る。
そして、自分の手がマーモンの隊服の裾を掴んでいたことにはたと気が付いた。

「あ……、うん」
無意識の行動に驚いて、慌ててぱっと裾を離す。
「ム」

マーモンはネーヴェの不可解な行動に唇をぎゅっと結ぶと、こう心の中で呟くのだった。
ネーヴェは変に寂しがり屋なところがあるから、強く突き放せないんだよな。


◇◆◇


「見学されるのであれば、観覧席に入っていただく必要があります」

夜の並盛中学校にて。
そう突然に聞こえた無機質な声に、ハートは対象の方に軽く目を走らせた。

「現れたわね。貴女たちがかんでると思ってたわぁ、チェルベッロ」
「これが、私たちの役目ですから」

そう言った女性2人は、ピンク色の長髪で、褐色肌に黒い仮面を着けている。
彼女たちは、自称、ボンゴレファミリー9代目直属の機関だ。
今回の争奪戦を仕切るためにやってきたらしい。

「別に、ハートは邪魔しに来たわけじゃないしぃ。どうせ、お得意の予言とやらで全部お見通しなんでしょ?」
「勿論、存じ上げております」

そう表情の読めないまま、彼女たちは肯定する。
ハートは一瞬唇を引きむすんだ後、いつも通り揶揄するような口調で言った。

「今のところただの傍観者でいるつもりだからぁ、今までお互い不干渉でやってきたことを尊重しましょう?」

思案するようにチェルベッロの2人は顔を見合せる。そして、しぶしぶといったように頷いた。

「私たちは、指輪の継承に相応しい者を見極めるため、争奪戦を仕切らせていただきます。貴女方の事情などは二の次ですので、そのおつもりで」
「見極める、ねぇ。出来レースの癖にぃ。まぁ割って入ったりしないからぁ、安心して?」

おしゃぶりに何かあれば、対立も厭わないけどね。
そう言外に言いながら、ハートはひらひらと手を振った。


『争奪戦で戦うことが確定しているのはマーモンだけだけど、その場にはリボーンとコロネロもいるはず』

ダイヤがそう報告してきたのは、指輪争奪戦が始まる前のことだ。
そのあまり喜ばしくない状況に、ハートは天を仰いだ。

『“最強の殺し屋”に“最強の軍人”の身代わり、“最強の超能力者”。虹の中でもややこしいのが揃っちゃったわねぇ』
『私はヴァリアー側の関係者だから、きっと問答無用で観覧席に入れられる。そうなれば、手を出すことはできない』
『わぁ、超役立たずー』
『だから、虹はハートに任せたい』

そう言ったダイヤは、叱られるのを待つ子供のように大人しかった。
ダイヤが虹を幹部に据えなければここまで深刻な状況ではなかったはずだから、間違いなく落ち度は彼女にある。

『上手いこと言ちゃってぇ、どうせ他にやる事があるんでしょ?』
『そう……だけど、理にかなってると思うの』

あまつさえヴァリアーの仕事を優先するなんて、どこまでも悪い子だ。
しかし、ダイヤが悪い子であればあるほど、ハートにとっては都合がよかった。
チェッカーフェイスさまに、自分が良い子だとアピールするためのいいダシになる。

『本業はこっちでしょーが……って言いたいところだけど、アンタになんか最初っから任せる気ないしぃ、いいよー』

そうハートがOKすると、「用はそれだけだから」とダイヤは言った。
帰ろうと背を向けた彼女を、ハートはなんとなく気に食わないと感じた。
だからこそ、冷たくこう言い放ったのだ。

『虹の事を、名前で呼ぶべきじゃないわ』
『どうしたの? 突然』
『生贄の羊に名前なんか必要ないって言ってるのよぉ』

正論を言っている自覚はあった。
いずれ死にゆくだけの哀れな存在に、慈悲かけるなんて愚かしい。
モルモットに名前を付ける研究者がどこにいる?

『どう呼ぼうが私の勝手だもの。放っておいて。……とことん虹を人間扱いしないのね、ハートは』

抑揚のない声でそう答えると、ダイヤは今度こそ帰っていった。

『馬鹿じゃないの。あとで辛くなるのは自分なのに』

そう、もう誰もうない空間に向かって呟く。
あの人間もどきは、まだ自分の立場への自覚が足りないのか。
やはり、9年間も人間をしていた奴にこの役目が務まるはずがない。
暗殺部隊で過ごして少しは変わっているかもしれないとも思っていたけれど、あの調子だもの。
むしろ、より人間らしくなったような気さえする。
甘いのよ。
この役目は、そんなに簡単なものじゃない。


◇◆◇


早く終わらないかな、なんて思いながら争奪戦の観戦を続けて五日目。
チェッカーフェイスさま、またラーメンばかりをお召し上がりになっておられないかしら。
「お体に障ります」と何度申し上げても、気が付いたら連日そればかり。
会いたい。もう最後にお顔を見てから何日になるかしら。
いいえ、今回の争奪戦が無事に終わったら、きっとハートを褒めてくださる。
今は虹に集中しなければ。

「本当に出る幕なさそうねぇ」

藍色は、最初から全力で戦う気なんてないのか。
心が読めるハートにはすぐにそれがわかった。
力を温存して逃げ道を用意しておく辺り、用意周到というか、最悪の事態を最初から想定して動いている。
その状況を楽観視しない後ろ向きすぎるところに、ダイヤは落ち着くんだろう。
似ているもの。すごくね。

ハートはこういう場合において、おしゃぶりの持ち主が何より自らの命を優先するよう感情操作する。
運命の日には、不吉な運命を悟られないように。代理戦争では、ちゃんと戦うよう仕向けるために。
“勝者になれば呪いが解かれる”という残酷な嘘が、バレないように。
それこそが仕事であり、ハートの存在意義だ。

それも、今回は必要なさそうだけれど。

霧戦が始まる。
今回ハートには、もう一つ目的があった。

あの、鎖。
ハートがおしゃぶりを感知できなくなった原因である。
離れてた場所からでもハートたちは、灯っている炎の気配でおしゃぶりの所在や消息を感知することができる。
しかし、それをあの鎖で封じられてしまえば、直に監視するしか知るすべはなくなる。
人捜し向きの能力を持つダイヤには可能だけれど、ハートには藍色を探すことができなくなった。

『あの鎖で全部のおしゃぶりの機能を封じられちゃったら、かなりまずいわよぅ』
そう、ハートは一番最初に危惧した。だが。
『マーモンに限って、自分から他のアルコバレーノと協力したりは絶対しないと思うけど。大金をつまれない限りは』
ダイヤの見込みでは、あの鎖で他のアルコバレーノまで監視不可にならないという。
現に、未だに己の現状を受け入れらずに無駄にあがいてるのは、藍色だけだ。
それなら、今のところは様子見ということにする。

だからこそ、今の段階でダイヤに藍色をマークさせておくのは妥当な判断だと言えるだろう。
だけれど、もしも。
もしも、ダイヤが血迷ったら。

一番危惧するべき問題は、今一番怖いのは。
ダイヤが裏切り藍色を匿ったら、本当に見つけるすべはなくなるということ。
もうすでに情がわきかけているようだし、その感情を育ててしまったら、ダイヤがそれを自覚したら。
邪魔になる前にハートの手でダイヤを殺そう。
また、あんなことを繰り返すわけにはいかないのだから。


藍色はあの鎖のことを研究の副産物と言っていたし、本当にたまたまできたものなんだろう。
感情からそれを肯定する結果が導き出され、ひとまずは安心できる。
もしもおしゃぶりの炎を封印できるレベルまで研究が進んでるとしたら、本当に呪いを解いてしまいかねないとも考えた。
だが。やはり、そこまでは人間業ではどうあがこうと不可能なのだ。

霧戦の結末は、藍色が負けた。
持ち主は死んでいないし、おしゃぶりも無事。
だから、なにも、問題はない……。

「問題、ない……けど」

ハートたちは確かに、おしゃぶりを守り続けられるだけの実力を持った存在を、選んだはず。
藍色は、間違いなく術師としては優秀だった。
それにもかかわらず、負けたのだ。
こんなにあっさり最強の赤ん坊が負けるなんて、今後の成り行きに不安を感じざるをえない。
昔の最強が今の最強に敗れただけ。
そういうことなら、対戦相手が言っていた通り、相手が悪かったとしか言いようがないけれど。

「本当は、この星のことなんてどうでもいい。誰がなんのために犠牲になろうと興味ない……」

この指輪争奪戦でもし大空戦が行われることになれば、その時が一番気を抜けないだろう。
藍色だけではなく、黄色にも青色にも注意を配る必要があるのだから。

「見ていて、チェッカーフェイスさま。ハートは一人でもできるわ」

全ては貴方のために。
その呟きは、誰にも届くことがなく空中に溶けていった。