イタリア本部にて。
9代目の影を使い、本部の人間どもを騙して利用するのは簡単だった。
まず、沢田家光率いるCEDEFの侵入を食い止めさせる。
勝手に同士討ちをする彼らは、ネーヴェの思い通りに動かされているなど思ってもいないだろう。
CEDEFに9代目が入れ替わっていることを、日本でモスカの正体がバレるまで隠し通すこと。
これが、今回ネーヴェに課された任務。
とはいえ、すぐにヴァリアー側が勝ち越すと思っていたネーヴェにとっては、日本での戦況が思ったより厳しいことに動揺していた。
ルッスーリアは重症。マーモンは行方知れずだし。スクアーロに至っては……。
日本ではちょうど、雲戦が行われているところだ。
こちらも、モスカの設計図を見つけられた上、影の入れ替わりも露見したところだ。
きっと、勝負に出るなら今なのだろう。
◇◆◇
「今すぐ雲のリングの争奪戦を、中止させるんだ!」
「させない」
家光の言葉を、凛とした幼い女の子の声が遮った。
「足止めするだけでよかったんだけど、さすがはCEDEF。私が直接出なきゃダメになったのは想定外だった」
「本物のヴァリアー側雲の守護者のお出ましか」
「違う」
見当違いのことを言われて、ネーヴェは即座に否定する。
今はモスカが雲の幹部として戦っているが、守護者の席に座るのはさすがに別の人物になるだろう。
その人選にまで干渉するつもりはなかったが、もし、雲の守護者になれと言われても断るつもりであった。
争奪戦が終われば、彼らは10代目とその守護者たちだ。
ネーヴェは、もう部下でも仲間でもない。
これからも、ヴァリアーだけが自分の居場所であることは、変わらないから。
たとえ一人になったとしても。
「まさか、目的は陽動か」
「幹部どころか、精鋭どもを全員日本に送ったんだもの。下っ端数人だけでCEDEFと真正面からやりあってたら分が悪い。小細工でもして時間稼ぎが関の山だった」
9代目の影は本当にいい仕事をしてくれた。
門外顧問すら欺き、致命傷には及ばないにしろ満足に戦えない程度の負傷を負わせることに成功したのだから。
「なっ、精鋭を全員日本に? なんのためだ」
「そんなの、争奪戦が終わったら、今回の件に関わった者を全員消すために決まってる」
「!!」
「それに、9代目は手遅れよ。貴方の息子さんの手によって、ね」
ネーヴェは、丁度雲戦が決着したことを察知し、その結果を淡々と口にする。
そこには一切の良心も悪意も見え隠れしない。
「貴様っ!」
「わざわざ出てきたのは、話をするためじゃなさそうだな」
アルコバレーノのなりそこない、ラルを押しとどめて、家光はそう言った。
「別に殺せとまではいわれてないけれど、危険分子を減らしておくに越したことはないと思って」
カチリと安全装置を外す音が響き、ネーヴェが銃を構える。
オレガノたちが家光を庇うように前へ出るが、彼はそれを制した。
「俺が相手をする」
まさに一触即発の空気の中、最初に動いたのはネーヴェだった。
正確に狙いを定めながら撃った弾は、家光に見事に躱される。そして素早く詰められた距離。
背後をとられそうになり、彼女は身を翻してザッと間合いを取った。
「こちらも負傷しているとはいえ、ここまでやるとは意外だな」
「伊達に18年も暗殺部隊してないもの」
「そのようだな、ネーヴェシステムのお嬢ちゃん」
家光のその言葉を聞いて、ネーヴェはむっとした顔をする。
「その呼ばれ方、嫌いなの」
「それは失礼。本部への移動の勧誘を断ったのも、この扱いが気に障ったからか?」
「まさか。私の居場所がヴァリアーだからに決まってる」
「守りたいから、か」
「そんな崇高な理由じゃない」
「俺にはそう見えるけどね」
「……おしゃべりは終わり。続きをしましょう」
「そっちに引く気がないなら、そうするしかなさそうだ」
家光は、いかにネーヴェを傷つけずにねじ伏せるかを考えていた。
女で、しかも子どもである彼女を傷つけるのは、気が進まない。
だが彼女には、確かに最強の暗殺部隊に所属しているだけの実力があった。
防戦一方だった家光は、懐から銃を取り出すと反撃に出た。
ネーヴェはそれを袖に隠し持っていた刃で防ぐと、銃を捨て去り、隊服の中に隠し持っていた剣を抜きはらう。
近接戦では、こちらのほうが戦いやすいと判断したのだ。
「明日で片が付くといったが、ヴァリアーが負けた時、嬢ちゃんはどうするつもりだ?」
「愚問。ヴァリアーは争奪戦に勝つ。……けど、それだけじゃだめなのかもしれない」
「! どういうことだ」
「それ以上の詮索はオススメしない。私にも事情があるってことだもの」
ヴァリアーが勝ち越していさえすれば、ここまで不安にならずに済んだだろう。
最初からヴァリアーが勝つ未来などありはしないのではないか。
そう、ネーヴェは疑い始めていた。
リングについて、調べて分かったことは2つ。
リング自身にも秘められた力があること。
もう一つは、7つの完全なるボンゴレリングが継承されし時、リングは大いなる力を新たなる“ブラット・オブ・ボンゴレ”に授けると言われること。
ブラッド・オブ・ボンゴレ。すなわちボンゴレの血。
――――もし、リングがザンザスに適合しなかったら。
きっとボスは掟ごと壊す。それはつまりボンゴレリングの継承が叶わないということ。
そうなるのだとすれば、リングの継承を管理している者たちにとって、ヴァリアー側の勝利は喜ばしいものではない。
リングの継承は絶対なのだから。
これが向こうの勝ちが確定した上での出来レースだったとしたら、ヴァリアーはまた……。
「わかんねぇな。嬢ちゃんは、誰の味方だ?」
「答える義理はない。でも、ボンゴレの血筋が指輪の継承に必要なものなら、私たちは戦う前から負けていることになる」
「どういうこと?」
オレガノが鋭くそう尋ねる。
何も言わない家光は、ザンザスと9代目に血の繋がりがないことを知っているのだろうか。
「試合に負けても勝負に勝つのはそちら側ってこと」
「そうだとして、なぜ嬢ちゃんはヴァリアーにつくんだ。本部との二重スパイと言うわけでもないんだろう」
「本部との、ね……昔ボスに消されたカスを思い出すわ。最初に言った。居場所だから」
「やっぱり、嬢ちゃんとは戦いたくないな」
「親方さま!」
家光は武器をおろし、ネーヴェのふるった刃を防ごうとはしなかった。
彼の首元で、刃先がぴたりと動きを止める。
「! わざと、負けてくれるのね。あまりにも愚かだわ」
「なぁに、嬢ちゃんのファミリー愛に敬意を示しただけさ」
「馬鹿にしないで。ファミリーなんて……ボンゴレなんてどうでもいい」
「だろうな」
「でも、この結末が運命ならば、私はそれに抗えないもの」
「……それで、後々ヴァリアーに下される処分を軽くするために、俺たちに恩を売っておくつもりだったのか。だから、殺らねえんだろ?」
場を沈黙が支配する。
張りつめていた糸が切れるように、ネーヴェは腕を下した。
「……そうよ。門外顧問も伊達じゃないのね。ここまで言えば、当然わかるものかしら」
「心配しなくても9代目に伝えよう。俺の命を“奪えたのに奪わなかった君”に、借りがあるからね」
「これじゃあ、私があなたに借りを作ったみたいで癪なのだけれど」
「返してくれてもいいんだぞ?」
「調子に乗らないで」
そんなやり取りの後、家光は9代目の現状を思い出し、打って変わって厳しい顔になる。
「しかし実際、君たちの9代目への仕打ちは、決して許されることではない」
「じゃあ9代目がボスにしたことは許されるの?」
二人の間に不穏な沈黙が流れる。
再び口を開いたネーヴェは、この8年間を懐かしむような表情をしていた。
「連鎖はここで止めないと。あの親子喧嘩に終止符を打つのは、今なの」
「なるほど、嬢ちゃんが見ているものは、もっとずっと大きかったってわけか」
「8年前、全てが終わるはずだった。ここまで怨恨を残し、大きくしてしまった9代目にも責任がある」
「だが……9代目は、もう……」
「生きてる」
ネーヴェは真っ直ぐな瞳でそう答えた。
それを聞いて、CEDEFのメンバーはホッと安堵の息を洩らす。
そして、家光はネーヴェにこう諭すように言った。
「……最終的には、9代目の御意志だ。心配するな。悪いようにはしねぇよ。あの方はそういうお方だ」
「そうだといいけど」
そう呟いたネーヴェは完全に油断していた。
だから、背後からの攻撃に反応するのが遅れたのだ。
「しまっ……」
振り返る隙もなく、家光の手刀がネーヴェの首筋に打ち込まれる。
意識を失った軽い体を、彼は片腕で受け止めた。
「親方さま! なにをっ……!」
「嬢ちゃんには日本に着くまで眠っていてもらおうと思ってね」
そして、こうCEDEFのメンバーに告げた。
「俺はこの嬢ちゃんを連れてすぐに日本へ向かう。結末くらいは、見られるかもしれない」
◇◆◇
家光とネーヴェが日本に着いた時、並盛中学校では大空戦が行われていた。
丁度、スクアーロを連れたディーノも到着したばかりのようだ。
スクアーロは、家光の腕の中でぐったりとしているネーヴェを見ると声を荒げた。
「う゛お゛ぉい、ネーヴェになにしやがった!」
「心配することはねぇ。すぐに目が覚めるさ」
チェルベッロは突然の闖入者たちに困惑した様子を見せるも、観覧席に入れることにしたようだ。
そして家光の言葉通り、ネーヴェは暫くすると目を覚ました。
「ん……ここは……」
「目が覚めたかぁ……」
「すく、あーろ……?」
ネーヴェは幻でも見ているのかと思って、目をごしごしと擦った。
まだ寝ぼけているのだろうか。あるいはここは死後の世界なのだろうか。
そう考えるのも当然だった。
ネーヴェは、彼が鮫に食べられるところまでバッチリと見ていたのから。
しかし、車椅子に乗せられ包帯が痛々しくぐるぐる巻きであることから、彼は重症ながら生きていたのだということに気付く。
そして、彼の目線の先にあるモニターを見て、ハッと息を呑んだ。
「ボス……」
画面の中で、ザンザスが8年前と同じように凍らされていた。
「ツナの勝ちだ」
そう言ったのは、黄色のおしゃぶりのアルコバレーノ、リボーンだった。
「ザンザスは冷凍仮死状態か」
「あぁ、恐らく……揺りかごの後眠っていたのと同じようにな」
「さぁ、話してもらうぞスクアーロ。8年前の揺りかごであったことを……」
「おまえらの想像通りだ。9代目に奴は凍らされた。それだけだぁ」
それ以上、スクアーロは語らなかった。
ここから出せと騒ぎ始めたスクアーロとは対極に、ネーヴェは大人しかった。
諦めたわけではない。
大丈夫、まだ、終わってはいない。
凍らされたザンザスと、気力の限界を迎えた綱吉の前に現れたのは、大空以外の全てのリングを揃えたマーモンとベルだった。
マーモンの手の中にある守護者のリングから噴き出した炎によって、ボスの氷は溶かされていく。
「おかえり、ボス」
「いよいよだよ」
ついに、ボンゴレリングがザンザスの指にはまる時が来た。
ネーヴェは、息をつめて見守ることしかできない。
どうか、自分の悪い予感が的中しないことを祈りながら。
「ついに!! ついに叶ったぞ!! これで俺はボンゴレの10代目に……!! がはぁ!!」
血を吐きだしたザンザスに、うろたえるマーモンとベル。
「リングが……ザンザスの……血を……拒んだんだ……」
これが、超直感。
沢田綱吉の言葉に、ネーヴェが彼を見ると、全てを悟ってしまったかのような目をしていた。
「俺と老いぼれは血なんて繋がっちゃいねぇ!」
ザンザスのその言葉に、その場にいる者は言葉も出なかった。
ただ、ひとりを除いては――――。
「俺には分かるぞぉ……お前の裏切られた悔しさと恨みが……俺にはわかる」
スピーカーから流れるスクアーロの声。
ザンザスの出自。
揺りかごに繋がる真実。
父親からの裏切り、失望。
それが、ようやく白昼の元にさらされた瞬間だった。
「9代目はお前のことを本当の息子のように……」
「っるせぇ!! 気色の悪い無償の愛など! クソの役にも立つか!」
「そうだよ……無償の愛なんて重いだけだもんね……」
綱吉とザンザスの会話を聞いたネーヴェは、虚ろな声でぽつりと零す。
「ザンザス様! 貴方にリングが適正か、協議する必要があります」
チェルベッロのその言葉に、ネーヴェは眉をひそめた。
最初からわかっていたんでしょう? こうなることが。
「叶わね―なら道連れだ!! どいつもぶっ殺してやる!!」
そのザンザスの言葉に、ベルもマーモンも同意する。
やはり、ザンザスは掟ごと壊すつもりなのだ。
チェルベッロによって失格とされたヴァリアーに対抗するため、観覧席の赤外線センサーが解かれることになった。
しかし、それはマーモンが細工していたことにより叶わなかった。
それに、ホッとしている自分がいることに、ネーヴェは気付いていた。
トゥリニセッテを管理するチェルベッロと、その掟を壊そうとするヴァリアー。
ここから、出られたら自分はどっちについたのだろうか。
「役立たずのカス共が……お前ら全員、呪い殺してやる!」
そう吼えたザンザスの言葉が、いつまでも耳に残っていた。
「予言が当たり、満足か……」
「我々の望みでも、予言でもありません。全ては決まっていたこと。貴方は役割を終えたのです」
争奪戦は終幕。
最後にチェルベッロがそうザンザスに囁くのを、ネーヴェは確かに聞いたのだ。
「予言……?」