01


指輪争奪戦から10年。
件の戦いの勝者である沢田綱吉は、しかる後にボンゴレファミリーのボスとなった。
ヴァリアーは今も『ボンゴレ9代目直属・独立暗殺部隊』として活動している。
それは、10代目である綱吉に属することを拒否した結果だ。
ボンゴレは、10年後もマフィア界で最大の勢力を誇っていた。

だが、最近になりミルフィオーレという振興ファミリーと敵対し始めたのだ。
彼らの目的はまだわからないが、その新勢力はかなりの力を持っているようだった。
いつ大規模な抗争に発展してもおかしくない。

そんなある日のこと。


◇◆◇


アルコバレーノの監視を怠らなかったネーヴェは、すぐにその状況に気付いて駆け付けることができた。
どうやら、アルコバレーノ全員の命が危険に晒されているようなのだ。
マーモンとコロネロを助けに向かったネーヴェは、そこで敵と鉢合わせることになった。

「貴方は、魔術師の人形。ジンジャー・ブレッド!」
「へぇ、これは面白い展開になったな」

人差し指を顎に当ててそう言った人物は、金髪にキラキラした瞳、魔法使いのようないでたちをしていた。
彼は、マフィアがつぶれる様な抗争に姿を現すという。
実際は、ジンジャー・ブレット自身が一人でマフィアを潰しているらしいが。
彼の本体については、ネーヴェも知らなかった。

マーモンもコロネロも、とても動けるような状態ではなさそうだ。
その苦しそうな様子に、ネーヴェは焦りを覚える。

「一体何をしたの!?」
「見たまんまさ。コロネロとバイパーは、これから僕たちに殺されるところ」
「させない」

ネーヴェは、匣兵器を取り出す。
その指には、雲の幹部としてのヴァリアーリングが光っていた。

「ノントゥリニセッテで死にかけた虫みたいなのを潰しても面白くないし、退屈してたところなんだ。でも、イジメがいのありそうなのが来たね」

そう子供のような無邪気な残虐性を秘めた笑みを浮かべると、ジンジャーはこう続けた。

「部下にこいつらをなぶり殺させて眺めてようと思ってたけど、気が変わったよ。君の相手をしてあげる。早くしないと、……君の大好きなバイパーが死んじゃうよ?」
「開匣!」
「あま〜いあま〜い。ばあっ☆ 」

開匣した匣兵器から雲アザラシが出てきて、ジンジャーの攻撃を防ぐ。
雲の属性の絶対的遮断力は、防御に向いていた。
ネーヴェの体にもともと流れていたのは雲の属性だったけれど、彼女にはもう一つの切り札がある。

アルコバレーノの命が危険にさらされている緊急事態。
夜の炎を使うなら今なのだろう。
ネーヴェの手に灯った黒い色の炎に、ジンジャーの顔つきが変わった。、

「驚いたなぁ。第8属性の炎を使える奴がこんなところにもいるなんてさ」

そう言ったジンジャーを、ネーヴェは訝しんだ。
どうして夜の炎のことを知っているのだろう。
その存在は、トゥリニセッテを管理している私たちしか知らないはず……。

「まさか、ジンジャーを操っているのは、私たちと同じ……?」
「何か勘違いしてるみたいだけど、教える義理はないね」
「そう。なら、貴方を倒して後ろに居る奴を引き釣り出す」
「やってみなよ。できるものならね!」

そう言って繰り出されたジンジャーの攻撃が外れる。あの方向はまさか……!

「マーモン!」

もうもうと土煙の上がる地面。
それが晴れると、目の前に広がる信じられない光景にネーヴェは息を呑む。

「コロ、ネロ……?」
「……驚いたな。コロネロは誰かの身代わりになるのが好きみたいだね」

青のおしゃぶりの光が消える。外れるはずのないそれが、ころんと地面に転がった。
コロネロがマーモンを庇ったのだ。
アルコバレーノが死んだ。
その事実に茫然として、ネーヴェの頭の中は真っ白になる。
戦意が消えた彼女に、ジンジャーは面白くなさそうに「もう終わり?」と声を掛けた。

放心状態だったネーヴェは、マーモンの途切れ途切れの声に我に返る。

「ネーヴェ……、僕はどうせ……助からない。だから……」
「助からないなんて言わないで!!」

ネーヴェは、錯乱したようにそう叫んだ。
その瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がとめどなく零れる。
彼女がこんなに涙を流しているのを、マーモンは初めてみた。
泣いてはいるが心が折れたわけではない。

「私が助けるもの!!」

そう言ったネーヴェの瞳に理性は既になく、見る人を凍りつかせるほど鋭かった。

目の前は真っ暗なのに頭の中は真っ白で、もう何もかも全て、私から希望を奪おうとするやつは全て。
殺してやる。
そう心の中で呪詛を吐き、噛んだ唇から血が滲む。

絶望を糧に、勢いを増した夜の炎。
それを見たジンジャーは、驚きと共にばつがわるそうな顔をする。

「こんなやつがいるなんて聞いていないし、ちょっと分が悪そうだ。アルコバレーノの命はもはや風前の灯だし? せいぜい、苦しみを引き延ばしたことを後悔するんだね」

そう捨て台詞を吐いて、ジンジャーはその場から消えた。
どうして去っていったの?
その疑問は、すぐに頭の片隅に追いやられる。

ふっと手の炎が消えると同時に、ネーヴェの体はふらっと傾き地面に膝をついた。
そして、重い体を引きずり、マーモンの傍まで行くとほっと息をつく。

良かった、まだ生きてる。
自分の頭に過ったその安堵の、“まだ”という部分にぞっとして血の気が引く。

「マーモン……! どうしよう、どうしたら……」

とりあえず、この場から離れなければ。
その小さな体を、ぎゅっと腕の中に閉じ込める。

「絶対、助ける。私が、守るから」

マーモンの頬に、ネーヴェの温かい涙が、雨の雫のようにぽたりと落ちた。


◇◆◇


マーモンを腕に抱いてミルフィオーレの追手から逃げていたネーヴェを発見、保護したのは、スクアーロだった。
気力と体力の限界だったネーヴェは、そのまま気を失ってしまった。

再び彼女が目が覚めた頃には、日付が変わっていた。
ベッドから体を起こした彼女は、迷子のような顔をして周囲を見回す。
そして、傍にいたヴァリアーの幹部たちに首を傾げてこう尋ねた。

「マーモンは、どこ?」
「ネーヴェ……」

彼らから返事はない。
代わりに、ベルにぎこちなく名前を呼ばれた。

「ねぇ、どこなの……?」

壁にもたれ掛っていたスクアーロは、目を閉じると静かにこう告げた。

「マーモンは……死んだ」
「ちょっと! スクアーロ……!」

ルッスーリアが咎めるようにそう言うも、もう手遅れだった。
重苦しい沈黙が場を支配する。

「そう」

ネーヴェの声は震えていたが、無表情だった。
彼女が強がりがすぎる性格であることは、長い付き合いである幹部たちは皆知っている。
一人にならない限り、いや、一人になっても彼女は虚勢を張り続けるに違いない。
彼女が弱いところを見せ、寄りかかろうとするのは、いつもマーモンだけだったのだから。

スクアーロはネーヴェの手の上に、マーモンの残したおしゃぶりを乗せると、部屋から出て行った。
他の幹部たちも、ネーヴェのことを気にしつつその背に続く。
一人にした方がいいのだと判断したのだろう。

ネーヴェは虚ろな目で、手の中の色を失ったおしゃぶりを見た。
それは魂を失ったためか、とても冷たい。
もう、なにも感じ取れない。

これも、運命? 最初から決まっていたことだとでもいうの?
チェルベッロの残した言葉を思い出し、そう心の中で問いかける。

おしゃぶりも、アルコバレーノも守りきれなかった。
なのに、どうして私は生きているのだろう。
生きる意味なんて、もうあるはずないのに。