イタリア主力戦は、ヴァリアーが勝利した。
これで、作戦の第2段階はクリアだ。
「スクアーロ、私も一緒に行く」
「はぁ!?」
「日本に……、山本武に会いに行くんでしょ?」
「なぜそれを……、ああ、いいぜぇ」
ネーヴェの真っ直ぐな瞳には曇りがない。
彼女の意志の強さを感じ取ったスクアーロは、ため息をついて了承した。
こうなったら、ネーヴェは絶対に曲げないのだ。
スクアーロが同行されることを断っても、一人で勝手に日本へ向かうだろう。
それなら、一緒に向かう方が危険も少ない。
「ありがとう」
ネーヴェはそう言って、きゅっと手の中のおしゃぶりを握りしめた。
――――少し前のことだ。
ネーヴェは、主力戦の混乱に乗じて現れた相手のことを思い出す。
いつものからかうような態度が消え失せた彼女は、至って普通の少女のようにみえた。
口から飛び出した言葉は、まるで失礼なものだったけれど。
『クソガキ、生きてるわね』
『ハート! 今までどこに……、大変なことになってるのだけど』
アルコバレーノが次々と死んでとんでもない状況だったにもかかわらず、今の今まで一度も連絡が付かなかったのだ。
チェッカーフェイスは、一体どうするつもりなのだろうか。
そう疑問に思った時、ハートは無表情でネーヴェを指をさして告げた。
『そのおしゃぶりを持って、過去から来たボンゴレ10代目沢田綱吉の元に行け』
『え……?』
『チェッカーフェイスさまのご命令よ』
『理由を……』
そう口をつきかけたネーヴェの言葉は、ハートの琴線に触れたようだった。
激昂をあらわにした彼女は、ヒステリックにこう言い放った。
『チェッカーフェイスさまのご意志に疑問を持つな!! 私たちはただ従っていればいい!!』
『ハートは……、それでいいの?』
そう尋ねると、ハートは自らを貶めるような、自傷による被虐に浸るような顔で笑った。
『良いも悪いもあるわけないでしょう? 手足は考えないのだから』
納得はいかない。でも、今はこんなことで言い争っているわけにはいかないのだ。
ネーヴェは10年前、指輪争奪戦後にハートと交わした会話を思い出しこう呟いた。
『全てが予定調和なら、運命は変えられないのだと思っていた』
『必然があれば偶然もあるってことかしらねぇ。あるいは人間の自由意思によるものか』
この世界に生きている生き物に、どこまで運命を変える力があるのか。
しかし、現にこうしてパラレルワールドは存在している。
過去、現在、未来。
無数に分岐した決して交わることのない並行世界が、いくつも同時に存在している。
過去に戻って過去の白蘭を倒したところで、タイムパラドクスを生むだけなのなら。
この時代にしか白蘭を倒すことができないのなら、全力を尽くすべきだ。
また、今回のことではっきりした。
ハートもなにも知らないのだ。この世界の仕組みについて。
チェルベッロ機関について話したときも、彼女は自分の解釈について述べただけだった。
それにトゥリニセッテの本質についても謎のまま。
チェッカーフェイスになら全て分かるのだろうか。
――――このおしゃぶりを持って沢田綱吉の元へ行く。
それが、この窮地から脱するために必要なことだとすれば拒む理由はない。
それに、白蘭の狙いはトゥリニセッテ。
ボンゴレ10代目の守護者たちが揃っている今、日本に持っていく方が安全だろう。
しかし、ネーヴェには分かっていた。
この時代の白蘭を倒したところで、死んだ人が生き返ることはない。そんなことは、魔法でもない限り無理な話。
◇◆◇
日本のボンゴレの地下基地についたネーヴェは、廊下にいた10代目を発見した。
「ボンゴレ10代目、沢田綱吉」
「君は……!」
そう驚いてこちらを見た彼は、なるほど10年前の姿だ。
こうして直接目にすると、ようやくパラレルワールドの存在が現実味を帯びてくる。
「はじめまして、でもないかもしれない」
「えーっと……、大空戦の時に観覧席にいた子だよね?」
「そう。指輪争奪戦……、貴方にとってはつい最近の出来事なのね」
ネーヴェにとっては10年も前の出来事なのだが。
彼らにとってネーヴェたちは、ついこの間まで敵だった相手なのだ。
少し警戒されているのはそのせいなのかもしれないと、ネーヴェは思った。
「俺に、なにか用ですか?」
「これを」
何かを差し出すように腕を伸ばしたネーヴェを見て、慌てて受け手をした綱吉の手に何かが落ちる。
「これは……おしゃぶり!?」
「バイパーの藍色のおしゃぶりだな」
大袈裟に驚いた綱吉に、突然横から現れてそう言ったのはリボーンだった。
その言葉に、ネーヴェはこくりと頷く。
「どうしてこれを俺に……」
「きっとそのうち必要になるから」
「そ、そうなの?」
「……」
何も答えずに背を向けた彼女は、このまま消えてしまいそうなほど儚くて、綱吉は気がつくと引き止めていた。
「あの……っ」
「ネーヴェ。私の名は、ネーヴェ」
遮るように名乗ったその名前を、綱吉は繰り返す。
「ネーヴェさん、その……、命を大切に……」
彼自身にも、なぜ自分がこんなことを言ったのかわからなかった。
彼女も虚を突かれたようで、不思議そうな顔で首を傾げる。
「それは、超直感?」
「わからないけど……」
「そう」
そう言って再び背を向けた彼女が、もう振り返ることはなかった。
◇◆◇
日本では、チョイス戦のための修業が行われていた。
スクアーロは山本武を鍛えるために日本に来たのだ。
幻騎士に負けた彼に、スクアーロはカンカンだったけれど。
クローム髑髏はマーモンの遺した幻術強化プログラムを終えて、今は格闘能力アップの修業に入っているようだ。
マーモンは「格闘の出来る術師なんて邪道だ」って言っていたけれど。
出来ることは多いに越したことはない。
マーモンの幻術一筋なところも好きだった。
それだけ、自らの幻術に自信と誇りを持っていたということだもの。
“誇り”……か。なんて、マーモンには似合わない言葉なんだろう。
スクアーロの話題になった時、「誇りをかけて戦うなんて愚かなことさ」と言ってたことを思い出す。
全ての戦いは報酬のため。
そういう余計な感情が絡まないところが、貴方の強さだった。
そう思いを巡らせていたネーヴェに、唐突にこう言ったのはリボーンだった。
「クロームの修業だが、ネーヴェにも頼めるか?」
「私に?」
「テュールに剣術を習っていたことがあったと聞いたぞ」
「なにぃ!? 本当か!!」
リボーンの言葉に、スクアーロが過剰反応をする。
「向いていないと言われただけだったけれど」
ネーヴェは確かに、かつての剣帝テュールに剣術を習っていた。
しかしそれは、現場での仕事を希望したネーヴェに不安を感じたテュールが、自分が認めるまでは行かせないと言ったからだ。
彼は、そういう熱いところのある男だった。
結局、相手との体格差や、ネーヴェにとって剣が無用の長物となってしまうことなどを踏まえて、前言通りの言葉を頂いたのだけれど。
接近戦になることは出来るだけ避けろ、という忠告とともに。
「あの、よろしく……」
「こちらこそ」
おずおずと挨拶をしたクロームに、短い言葉で返事をするネーヴェ。
「お互い、人間関係に奥手だからな」
にんまり笑ったリボーンが、そう面白そうにそう言った。
◇◆◇
とうとう明日はチョイス戦。
ネーヴェはそれに同行するつもりはなかった。
ここからは、一人でやることがある。
「ラルさん、お久しぶりです」
「貴様は……!」
ネーヴェは、ラル・ミルチの元を訪れていた。
ノントゥリニセッテを浴び過ぎたせいか、ベッドに横になったラルは辛そうだった。
2人の間に長い沈黙が落ちる。
コロネロの最期に居合わせたネーヴェは、彼女にどう切り出すべきか迷っていた。
救えなくてごめんなさい、もおかしい。
謝罪なんて、彼女は望んでいないだろう。
ネーヴェのせいで死んだわけではないことも、彼女はわかっているのだから。
「……コロネロさんは、最期に貴方の名前を呼んでいました」
結局適切な言葉が見当たらなかったネーヴェは、ぽつりとそう言った。
『すまねぇ、ラル』
あの戦闘の中、ネーヴェには確かにそう聞こえたのだ。
「……そうか」
そういったラルは、なにか強い感情に耐えているように見えた。