04


(※夢主への拷問描写有)


ボンゴレがチョイス戦でミルフィオーレと戦っている中、ネーヴェはジンジャーの本体を探していた。
マーモンの仇討ちがしたいわけではない。
そう言い聞かせてはいたが、それも動機のひとつであることにかわりはなかった。

――――しかし、何かが引っかかる。
『コロネロは誰かの身代わりになるのが好きみたいだね』
どうして、“運命の日”のことを、ジンジャーは知っていたのだろうか。

ネーヴェは全力で自らの探知能力を使い、本体の居場所を割り出すことに成功した。
そして、単身その場に向かったのであった。

「せめて、正体くらいは掴まなければ……」

カツンッ――――
背後から響いた重厚な靴音。

「誰かが私を嗅ぎまわってると思ったら、貴様か」

はっとして振り返ったネーヴェは、現れたのが予想外の相手だったことに面食らった。
表面上は冷静を繕い、相手の正体を口にする。

「そう。ジンジャーの主人は……復讐者だったのね」
「正解☆」

そう答えたのは、トランクから飛び出してきたジンジャー・ブレッドだった。
メローネ基地で二体も破壊されたと聞いていたけれど、まだいたのか。それとも新しく作ったのだろうか。
どうでもいい。何体作ろうが、壊すだけだもの。
ネーヴェは夜の炎を灯すと、人形仕掛けの美少年と包帯塗れの醜い男と向き合った。

「どうやら夜の炎を使った戦いには不慣れのようだな」
「ぐ……っ」

決着がついたのは早かった。
復讐者は夜の炎が使える。
予想していたことではあったけれど、それを差し引いてもとても敵う相手ではない。
そう思えるほどの実力差が彼とはあった。

「へぇ、さすが。ちょっとやそっとじゃ死なないか」

痛みに呻くネーヴェに、ジンジャーは愉快そうに笑う。

「人の肉体を持たない者に、夜の炎は使えない。君がぐちゃぐちゃのばらばらになるのは決定だね」

どうやら、ここまでみたい……。
死を覚悟したネーヴェは、目を閉じた。

――――これでやっと、貴方のところに逝ける。

「まぁ待つんだ。アレハンドロくん」

突然聞こえてきた第三者の声に、ネーヴェは再び目を開いた。

「なぜ邪魔をする、バミューダ」

バミューダ?
聞き覚えのある名前に、記憶を手繰る。
そして、思い当たった。
バミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン。
かつて、ハートに探すように言われていた人物の名だ。

「彼女は、チェッカーフェイスの手下だ」

アレハンドロと呼ばれた復讐者の肩に乗ったのは、透明のおしゃぶりのアルコバレーノ。
ネーヴェはその言葉を聞いて、驚きに目を見開いた。

「どうしてそのことを……!」
「殺すのは、まだ早い」


◇◆◇


堅牢な牢獄の一室で、ガシャガシャと鎖の音が鳴る。

「死んじゃう死んじゃう死んじゃうねぇ!! 聞いてんの? ねぇってば! ふざけんなお前! 殺してやる! 絶対殺してやる!」

部屋中に反響する狂ったような絶叫は、絶えることがない。
もはやネーヴェには、自分が何を言っているのかもわからなかった。
知覚を支配するのは痛みと苦しみ。ただそれだけだった。

拷問が始まって数日。

暗殺部隊に身を置いていたネーヴェは、いつか拷問を受けることになるかもしれないという覚悟はあった。
けれど、気が狂いそうなほどの痛みに、彼女の思考は正常に働かなくなっていた。

「いやあぁ嘘! 嘘だからぁ! もうやめて! やだあぁ……」
「許して欲しければ、私の気が済むまで謝り続けろ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

屈してしまうことへの悔しさに涙を流しながら懇願する。
これだけ痛めつけられても死ねないことに絶望し、狂ってしまいたくても狂えないことに絶望する。
ネーヴェの心はとっくに折れているのに、それでも終わらない責苦。

「これは復讐だ」
復讐者の目は、憎悪に満ちていた。

「我々が受けた苦しみは、こんなものじゃない」
「じんせいをうばってごめんなさいうまれてきてごめんなさいもうころしてくださいころしてくださ」

復讐者の言葉が耳に届かないのか、ネーヴェは虚ろにごめんなさいを繰り返す。
ブツリと引きちぎれるような幻聴と共に、彼女の意識は落ちた。


それからしばらくがたった頃、バミューダはネーヴェの元を訪れていた。
まだ辛うじて息はあるようだが、この状態で死んでいないことの方が悲劇と言える。
どうやら彼女は、彼らの気が済むまで蹂躙されたようだ。
もう舌を噛んで自害するだけの力も残っていないのだろう。

「スモールギアくんに随分遊ばれたようだね」

おそらくネーヴェがバミューダの姿を認識していたら、それこそ恐怖のあまり泣き叫んでいた。
しかし苛烈な拷問を受け続けたせいで、彼女は既に壊れていたのだ。
目の前で手を振っても一切の反応を示さない。
バミューダは、もう彼女が口を利くどころか、言葉を理解することすらできないのではないかと思った。

「肉体より先に精神が死んだか」

ネーヴェの髪を掴んで顔を上げさせると、冷やかにそう呟く。
無反応。
最初のうちは、怯えたり痛がったり苦しんだり、かと思えば反抗的になったりしていた。
だが、だんだん目が虚ろになり、とうとう発狂に至ったようだ。
こうなってしまえばもう、生かしておいても意味がないだろう。

結局最後まで、この子どもがチェッカーフェイスに関しての有益な情報を吐くことはなかった。
頑なだと思っていたが、ここまで痛めつけられてなにも洩らさなかったのは不自然だ。
それに、最後の方は本気で怯えているようにも見えた。

単に、何も知らないだけなのではないか。
チェッカーフェイスにとってこの子は、ただの捨て駒に過ぎないのかもしれない。
その点ではアルコバレーノと同じか。

無駄なことをした。
そう心の中で呟くと、バミューダは夜の炎を灯す。

そして、ネーヴェにようやく死という名の解放が与えられたのだった。


◇◆◇


「死にましたね」

場所は川平不動産。
チェッカーフェイスもとい、川平に出来たてのラーメンを出したのはハートだった。
いつもラーメンを届けに来ていたチャイナ娘はもういない。
ハートは自分が作ったラーメンを川平に食べてもらえることに、至上の喜びを感じていた。

そして、前述のセリフに戻る。

「ダイヤちゃん死んじゃったかー……そっかー……」

ずるずるとラーメンを啜りながら、川平はその言葉に反応した。
そんな彼を見たハートは、切なげに眉を下げる。

「哀しそうですね、川平さま」
「そりゃあそうだよ。……ハッ、まさか君、アタシのことをそこまでの冷血漢だと思っていたんじゃないだろうね!?」
「勿論です。この世に川平さまよりも慈悲深い方など存在しません」

そう答えて、彼女は甘えるようにすり寄った。

「ボンゴレは、チョイス戦に負けたのですね」

膝の上に乗せて人形を愛でるように髪を梳いてくれる川平に、ハートは不安げに零した。

「大丈夫大丈夫。なるようになるから」
「……」
「ユニがなんとかしてくれるでしょう。アタシたちは黙って見てようねえ」
「大空のアルコバレーノ……」

橙のおしゃぶりを受け継いだ少女を思い浮かべ、ハートはそう苦々しく呟く。
あなたにはどこまで視えているのですか? チェッカーフェイスさま……。
ハートには、貴方のお考えが少しも理解りません。
でも、疑問など口に致しません。
手足は考えないのですから。

「来たね」

真剣な顔をした川平は、ハートを膝からそっと降ろす。
暫くして聞こえてきた乱暴に戸を叩く音に、ハートは不愉快そうにむっとした。

「はひっ」
「おっと、ラーメン危ない」

戸を解放すると、間の抜けた声と共にポニーテールの女が倒れ込んできた。
それを避けた川平に、ハートは頬を染める。
この女を抱きとめる事より、自分のラーメンを優先してくださった。
彼が愛してやまない楽々軒より味の劣る、自分なんかが作ったラーメンを。

「何をボンヤリつったってんの君達。早く入んなさい。追われてるんでしょう?」
「なぜそのことを?」

驚いた綱吉とその仲間たち。
そしてミルフィオーレから離反した大空のアルコバレーノであるユニが、そこに立っていた。

「ほらほら、真6弔花はおじさんがなんとかするから」
「んなー!? この人なんで真6弔花のこと知ってんのー!?」
「説明はあとあと。さあ、早く入りなさいって。ザクロってのが追ってきます」
「名前までー!?」
「なんかこいつ怪しすぎます!」
「た、たしかに」

戸惑う彼らに、ハートは心の中で呟いた。
物わかりの悪い奴らね。

「まあまあいいからここは……、川平のおじさんを信じましょうって」
「わっ!」

足で綱吉と獄寺を店内にぶち込んだ川平も、同じことを思ったのだろうか。
手荒だが、今はそうするしかない。

「やあイーピン、幼い頃の君もとってもチャーミングだね」
そう言いながらしゃがんでイーピンの頭を撫でた川平。
それを見たハートは、歯を食いしばって忌々しげな顔をするのをなんとか耐えた。
なぜこの娘に、貴方様はこれほど目をお掛けになるのか。
今のこいつを殺せば、貴方様とこの女は将来出会わずに済むのだろうか。

「時間がねぇ。とりあえずこいつの言うことを信じてみるか。もしウソだったら奴を最初にぶちぬけばいい」
「!」

そう言って銃を構えたリボーンを見て、ハートはぴくりを反応する。
こんな奴、庇う価値ない……。

「ハートちゃん」
川平に名前を呼ばれ、慌てて漏れ出しそうになった殺気を引っ込める。

「ささ、彼らを案内したげてよう」
「……はい、川平さま。皆様、中へどうぞ」

綱吉たちを店内の物陰に隠したハートは、自分は隠れずに椅子に腰掛ける。
外に出た川平は、ぴしゃりと入口の戸を閉めた。

――――彼はヘルリングを使うつもりだ。
それが分かっているハートは、悔しさから唇を噛んだ。
霧属性の呪いのリングであるそれを使用するには、代償として己の精神を食わせることとなる。
使用者の中には理性を失い、人格が変わってしまう者もいると言われているほどだ。
そんな危険な代物を、出来る事ならば彼に使ってほしくはなかった。
そんなことを考えている中、聞こえてきたランボの喚き声に、彼女は心底イラッとした顔をする。

「煩ぁい。川平さまが体を張って守ってくれてるのにぃ、ガキくらいさっさと黙らせろってのよぅ」

川平の姿が消えた途端に豹変した彼女に、綱吉たちは自分の耳を疑った。
さっきまでの態度は、猫被りか。
全員がそう思ったにもかかわらず、声を出すわけにはいかなかったので反論する者はいなかった。

ひっそりと静まり返った店内。
暫くして、入口の戸が音を立てて開かれる。
その先にハートは目を向けると、淡々とこう言った。

「いらっしゃいませ。マイホームをお探しですか? いわくつき、事故物件、心理的瑕疵あり……なんでもござれです」

それって全部、ヤバい物件ってことだよね!?
物陰に隠れていた綱吉たちは、その突っ込みを心の中だけに押しとどめる。

ザクロはジョークを言っている口調ではない彼女を一瞥した後、じっと室内を見つめた。
そして、脅すようにこう尋ねる。

「ここにガキ共を10人ほど匿ってんだろ? 出せ」
「いいえ。今日は貴方が初めてのお客様です」

ハートは一切怯むことなく、眼球だけで彼の方を見上げながら無機質にそう答える。
その声を聴いて、とある直感と共に綱吉の背筋にぞっと悪寒が走った。
――――あの子、人間じゃない。

「……ったく、やりにくいったらねーぜ。一軒ずつ燃やしてあぶり出すしかねーか」
「なんですって!? 燃やすってあーた!!」

ザクロの言葉に慌てた演技で躓いた川平は、ラーメンのスープを彼に掛けることに成功した。
「バーロー!! 気をつけやがれ!!」
問答無用で家を焼こうとしたザクロに気付かれぬよう、彼は空中に“人”の文字を書く。

「富士山まで飛んでらっしゃい。実体のない殺気を追って」
川平は、家を飛び出して行ったザクロの背を見ながら呟いた。

「真6弔花は行ってしまったよう。これでしばらくは大丈夫でしょう」
続けてそう言った彼に、綱吉たちは安堵の息を洩らした。


暫くして入った連絡によって、ユニの安全は一時的に保証されたようだ。

「じゃあ、アタシはこの辺で失礼するよ。しばらく旅に出て店は空けるから、好きなだけ自由に使うといい」

そう言って背を向けた川平。
ハートは、一瞬その背を追おうとしたが、その足は迷ったまま止まる。
そして、振り向いてつかつかと綱吉の元に近寄ると、彼のパーカーのコードをぐんっと引いた。
「てめぇ、10代目になにを……!」
それを見た獄寺が声を荒げるが、ハートはそれを意に介さず凄みをきかせて囁く。
「川平さまからの恩寵を無駄にするな、沢田綱吉」

彼女は呆気にとられている綱吉を解放すると、川平の声に呼びさまされたような表情になった。
それはまさに、恋する乙女のような顔であった。

「ハートちゃんは来ないのかな?」
「!」

一緒に行ってもいいのですか? 私なんかが一緒でも。
その言葉は、口には出さなかった。
彼がいいと言うのなら、いいのだ。
川平の腕に抱きつくと、ハートは潤んだ目で彼を見上げた。

「君達には一つ貸しだよ」
そう言った川平の眼鏡の奥がキラリと光る。
去り際、綱吉たちの方を振り向いたハートは、さりげなくべっと舌を出した。
「あの女……!」
そう獄寺が腹立たしそうに行った時には、もう2人は戸の向こう側だった。

――――私たちはどこにいくのです?
こんなに近くにいるのに、貴方のお考えが私には分からない。
その度に、根本的に別の生き物なのだと思い知らされるようで胸が苦しいのです。
そう思って、ハートはますます彼の袖に縋った。

だけれど私は、貴方とならどこへだって……。

「幻滅しないの? ダイヤを見捨てたアタシのこと」
「私は、捨てられても恨んだり致しません」

アルコバレーノは仮死状態なのだと、彼は言った。
それを最期まで知らなかったダイヤは、本当に絶望の中で死んでいったのだろう。
同情はしない。
一人のアルコバレーノに執着した、愚かな彼女の顛末になんて。

「けれど、どうか捨てないでください」

神に祈るようにこう続けたハートは、俯いて表情を隠した。
死ぬ時も貴方の役に立ちたいのです。
貴方のためならば、私はよろこんで地獄に落ちます。

未来での最終決戦は近い。