04


昔々あるところに、3人の娘たちがいました。
従順な長女。心優しい次女。澆薄な三女。
彼女たちは神に仕える者でした。

3人は7匹の羊を飼っていました。
それは、生贄として捧げるための羊です。

そのことに酷く心を痛めたのが、優しい心を持った次女でした。
そんな彼女に、三女はある入れ知恵をしたのです。

「羊たちを救う、良い手があるよ」

次女は、彼女に言われた通りのことを実行しました。
けれどそれは、失敗に終わりました。
それどころか、恐ろしい怪物を生み出してしまったのです。

「その続きはどうなったの?」
少女が尋ねると、語り手はそっと唇に人差し指を当てこう答えました。
「さあ、どうなるのかな。だって物語はまだ、続いているのだから」


◇◆◇


「ネリー、勝手に僕の部屋に入って何をしているんだい?」
「暇だったので、一人遊びをしておりました」

透明のおしゃぶりの赤ん坊の部屋には、招いていないはずの客が来ていた。
ネリーと呼ばれた少女は、ネーヴェの姿をしている。
どちらなのかと問われれは、どちらでもない。
彼女はネリーでもあり、ネーヴェでもあった。

バミューダの言葉に、彼女はごろんと転がりうつ伏せの状態から仰向けになる。
床の上で彼女の髪が、水の中にいる時のように波打つように散らばっていた。
触れなくても、指の間から零れ逃げていくような質感であることがわかる。
それは彼女、つまりネリーの、気まぐれな性格を表しているようだった。

それはさておき、彼女は床にトランプを広げて、一人神経衰弱をしていたようだ。
そこに部屋の主が戻ってきたおかげで、つまらない遊びで時間をつぶす必要はなくなる。
退屈なひと時は終わったのだけれど。

一度捲ったカードを全て覚えてしまえる彼女にとって、この遊びがつまらないのは当然だった。
だからこそ、このゲームには彼女独自のルールがある。
最後まで捲られずに残ったスートが勝ち、というルールが。

「ねぇ、バミューダ。クローバーの花言葉は御存じ?」

ネリーは、一枚のカードを持った手を天井に向かって翳す。
それに描かれた“クラブ”の形を見つめながら、彼女はそう尋ねた。

「さあ、知らないね」
「“幸福”“約束”“私を思って”“私のものになって”。……でもね、まだあるのです」

手の中のカードをビッと引き裂くと、その続きをゾッとするほど甘い声で囁いた。

「“復讐”」

起き上がったネリーは、返されずに残っていた神経衰弱の最後の二枚を捲った。
それぞれに描かれた“ハート”と“ダイヤ”のマークを見て、彼女はくすくすと笑う。

「もう一人の私に、あんまり冷たくしてあげないでくださいね。ただでさえ、貴方に怯えているのですから」
「あいにく、生に固執するような軟弱な仲間はいらないもんでね」
「相性が悪くて残念です」

バミューダは、そんな彼女の様子を興味深そうに観察していたが、暫くしてこう言った。

「そろそろ僕たちも、代理戦争に参加するとしようか」


◇◆◇


代理戦争二日目。
例のホテルに、ネーヴェの姿はなかった。
マーモンが、このフロアには近づくなと言って部屋を追い出してしまったのだ。

戦闘開始時刻は、直前になるまでわからない。
つまり、この場所も戦場になる可能性がかなり高いと言える。

『巻き込まれる心配をしてくれているわけじゃないのね。だって、私はあなたに好かれていないはずだもの』

出ていくように言い渡されたネーヴェは、少しむっとしてそう言った。

『その通りだよ』
『戦いの邪魔はしないし、迷惑もかけないようにする。だから……』
『確かに君は、いてもいなくても同じだよ。だからこそ、ここにいる権利はないって言ってるのさ』

その言葉を聞いたネーヴェは少し考えるように沈黙した後、思ったより大人しく引き下がった。

『そこまで言われてまだ付きまとうのは、確かに迷惑ね。……わかった』

そして、部屋を出ていく瞬間、一度だけ立ち止まるとこう言ったのだ。

『……無理しないでね』


それから数時間。

「ネーヴェだけ仲間外れなんて、可哀想よ〜」

不意にそう言い出したのは、ルッスーリアだった。
マーモンは、今一番話題にしたくないその内容に心の中でため息をつく。

「関係のない奴がいると邪魔だからね」
「うしし♪ ネーヴェのことが心配なんだ、マーモン」
「うるさいよ、ベル」

そう言い返して、マーモンは口を噤む。
単にからかいたいだけなら、これ以上反応しないのが一番だろうと思ったのだ。

「んもぅ! そんなことしてて、本気で嫌われでもしてからじゃ遅いわよ!」
「ネーヴェに限ってそれはねぇんじゃね」
「わかってないわねぇ。オトメゴコロは繊細な・の・よ」

なにが楽しいのかそんなことを言っている彼らを無視して、マーモンはスクアーロに尋ねた。

「そういえば、ボスはどうしたんだい?」
「あのクソボスなら、まだ奥の和室で寝てるぜぇ」

ティリリ……となった腕時計が、《バトル開始、1分前》と告げる。
彼らがいざ出向こうとしたとき、敵は向こうからこちらの懐に転がり込んできた。

アルコバレーノの内の一人、最強の武闘家である風。そして、その代理の雲雀恭弥だ。

「ムムッ、風」
「やあマーモン」


◇◆◇


「君たちの参加している、代理戦争に興味があってね」

動き出したバミューダと復讐者が向かったのは、スカルの代理であるシモンファミリーのところだった。
復讐者は問答無用で彼らを闇討ちし、ものの数秒で時計を奪うことに成功したのだ。

「ふむ、ピッタリだ!!」

スカルから奪った時計を付けると、バミューダはそう言った。
そして、近くで傍観していた少女に向かって、別の時計を投げる。
ネーヴェは、自分に向かって投げられたそれをパシッと掴んだ。

「バトラーウォッチを付けるんだ」
「命令しないで」

バミューダの命令口調に対して反抗的にそう言うと、ネーヴェは手首に時計を付けた。

「未来で僕たちに殺されたくせに、堂々としたもんだね」
「私たちは対等だもの。なぜ貴方に遠慮をする必要があるの?」
「調子に乗るな」

そう口を挟んだのは、バミューダをいつも肩に乗せている、おそらく彼がもっとも信頼しているであろう復讐者だった。
彼の手から伸びた鎖がネーヴェの首に巻き付き、そのまま絞め上げる。

徐々に、霞がかってくる頭の中。
浮いた足のつま先が酸素を求めて、地面を探すように勝手に動いた。

「やめるんだ、イェーガー君」

ドサッと地面に落とされると、ネーヴェは咳き込みながらキッと二人を睨んだ。

「げほっ……ごほっ……、殺す、気……?」
「彼はカッとしやすい性格でね」
「今度やったら許さない」
「やれやれ」

威勢だけはいい彼女は、一体どこまで役に立つのだろうか。
夜の炎を自発的に生産できるというだけでも価値のある存在だが、彼が欲しいのはネリーの方であった。
けれど、彼女は全く気まぐれで、いつ出てくるのか予想がつかない。
彼女とは目的が同じなのだから、いつかは手を貸すだろう。
そう考えて、バミューダはその件に関してとやかくいうのはやめた。


◇◆◇


《虹の代理戦争、2日目ご苦労だった》

時計から聞こえてきたチェッカーフェイスの声に、参加者たちは驚く。

《まずは2日目の、戦績発表からだ》

画面に映し出された結果からわかった敗退チームは、風チームとユニチームだ。
そして、スカルのチームの時計を奪ったというのは復讐者たちだという。
画面に映し出された復讐者の肩に乗っていたのは、透明のおしゃぶりの赤ん坊だった。

《彼の名はバミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン。かつて最も優秀な虹の赤ん坊だった男だ》

そのようにチェッカーフェイスによって紹介されたバミューダは、このように宣言した。

《我々は第8のチームとして代理戦争に参加する》

その言葉に、アルコバレーノを中心に衝撃が広がる。

《強豪だぞ、彼らは……わずか5チームとなった明日の戦いでは台風の目になるだろう》

そう言ったチェッカーフェイスの言葉を聞いた後、バミューダは思い出したようにこう付け加えた。

《ああ、そうそう。言い忘れていたが、彼女も私の代理を引き受けてくれてね》

そう言って指し示された華奢なシルエットの人物は、フードの付いた外套をばさりと脱ぎ捨てた。
その下から現れた、真黒なシフォンワンピースを着た少女の姿に、映像を見ていた者は全員息をのんだ。

「ネーヴェ!?」

画面の中のネーヴェはふんわりと曖昧に笑みを浮かべると、ワンピースの裾を摘み膝を軽く曲げる挨拶、カーテシーの姿勢を取った。

《では諸君らの、健闘を祈る》
それに関して何か追及する前に、チェッカーフェイスは通信を切り上げてしまった。

ヴァリアーのメンバーの間に、尾を引くような沈黙だけが残る。

「あいつらに騙されてるに違いないよ! きっとなにか理由があるんだ!!」
最初に声を上げたのはマーモンだった。

「信じたい気持ちはわかるけど……」
と、渋ったのはルッスーリアだった。

「そういうふうには見えなかったけど?」
と、ベルも続ける。

「ぬう……、ネーヴェは何を考えておるのだ」
レヴィも同意見のようだ。

彼らのその反応に、ますますマーモンの感情は昂る。
「ムムッ、じゃあネーヴェが、自分の意思で裏切ったとでもいうのかい!?」

「てめぇら!! いいから落ち着けぇ!!」
動揺する他の幹部たちに、そう声を張り上げたのはスクアーロ隊長だった。

「今の時点では何とも言えねぇ。もしネーヴェと戦うことになった場合は……」
「消せ」
「ボ、ボス……!」

スクアーロの言葉に、そう続けたのはザンザスだった。
それを聞いたマーモンは狼狽したように反論しかけたが、もちろん意見することなどできるはずもない。

ネーヴェについて、彼らがそれ以上話し合うことはなかった。
頭を冷やそうと部屋を飛び出したマーモンは、ぽつりと呟く。

「ずっと僕の傍にいるって言った癖に」

意識したわけでもなく口をついて出てきた言葉だった。
(ネーヴェが何を考えているのか、全くわからないよ)


◇◆◇


「ダイヤが、裏切りました。チェッカーフェイス様」

ハートは真っ蒼になって、プルプルと震えていた。

「こんな。こんなことって……それに、バミューダが……」

彼らが、あんな手を使って代理戦争に参加するなんて。
こんなルール変更をして、本当に大丈夫なのですか?
だって彼らの目的は……。

「ハートは悪い子です! 私が黙ってさえいなければ、貴方様に話していれば、こんなことには……!」

一人で何とかしようとしなければ、もう少しなにか手を打つことができたかもしれないのに。

「ハート、顔を上げなさい」
「はい……」

心からの懺悔をするようにそう言ったハートに、チェッカーフェイスはそう声を掛ける。

「虹の代理戦争には、前に進む以外に道はないのだよ」
「チェッカーフェイス様……怒ってはいらっしゃらないのですか……?」
「怒る? どうして怒ることがある」
「で、でも……」
「私としては、必死に飼い主を噛もうとする犬というのはカワイイと思うがな」

その言葉に、ハートはハッと息をのんだ。

「……私は、つまらないですか? 従順なだけの犬はお嫌いなのですか?」
「まさか。私はハートの事を、犬だなんて思ったことは一度もないよ」

彼のその言葉に、ハートが喜びに打ち震えることになったのは言うまでもない。