03


念入りな計画の割には、始まりも終わりもあっけないものだった。
結論から言えば、クーデターは失敗に終わった。
いいところまではいったんだけど、なんて言わない。
結果が全て。生か死か。この世界はいつもその二択だけだ。

ヴァリアー内の空気がぴりぴりしている。
それも当然、本部からの厳しい監視下に置かれているから。
レヴィはボスがいなくなって真っ白になってるし。

ネーヴェはたった4人の幹部たちを見回すと、抑揚のない声で呟いた。

「……スクアーロのお見舞いに行ってくる」

傷が深く意識を失っていたスクアーロは、本部の医療施設に隔離されていた。
ついさきほど、彼が目を覚ましたと、本部から連絡があったのだ。

「い、今はやめた方がいいんじゃないかしらぁ〜」
「どうして」
「どうしてって、ねぇ」

おろおろとルッスーリアが引き留めてくるが、ネーヴェは淡々と答えた。

「私たちの処分はまだ決定してない。手を出してくるわけないよ」

どの面下げてきやがったと熱烈な歓迎を受けるのは明白だが、それは白い目で見られる程度に留まるだろう。

「ししっ、大胆。てーか俺らやばくね?」
「ここまでのことをしたんだ。最悪打ち首かもね」
「ゲッまじかよ……」

マーモンの言葉に顔を顰めたベルを見て、ネーヴェは目をそらした。

「入隊早々に災難だよね、ベルも」


◇◆◇


「てめぇは知ってたのかぁ?」

スクアーロは、病室に入ってきたネーヴェを見て開口一番にそう言った。

「なんのこと?」
「しらばっくれてんじゃねぇぞぉ。ザンザスと9代目の事だぁ!」
「ああ、そのこと……」

どうやら、ザンザスと9代目が本当の親子ではないことを知っていたのかと言いたいらしい。

「知ってたよ」

きっぱりとそう答えたネーヴェの真っすぐな瞳を見て、スクアーロは言葉を失う。
窓から風が吹き込んで、彼女の髪をさらさら揺らしていた。
まるであの日の再現のようだった。
テュールを倒し、ヴァリアーに拉致られ、ネーヴェに初めて会った日の。


◇◆◇


「本部で貴女に会うなんて奇遇ですね、ネーヴェ・システムのお嬢さん」
「元副隊長さんにおかれましては本部に異動になったとおみえで、ご機嫌麗しゅう存じます」

オッタビオを鉢合わせたのは偶然ではなかった。
単調な声で台詞を読み上げるようにそう挨拶をすると、ネーヴェは暗い微笑を浮かべて淡々と付け加えた。
「裏切るなんていい度胸ですね」と。

「そのようなつもりは全くなかったのですが。私は止めたかったのです。そして、10代目の未来を守りたかった」
「……」
「ボスに私の反対を聞き入れてはもらえず、本部に助けを求めるしかありませんでした」

クーデター後のザンザスの次期10代目という立場を守るため、彼も苦悩していたのだろう。
本部に寝返ったのもきっと、失敗した時のために、あえて憎まれ役を買って出たようなものだ。

「副隊長が本部に寝返ったおかげでヴァリアーにせめてもの温情が与えられた。そのことは感謝申し上げなければなりません」

未だに部隊の存続が認められてるのも、いまだにネーヴェたちの首の皮が繋がっているのも、本部にこの男がいたからなのだろう。
裏切者に頭を下げるような真似、絶対したくはなかった。
ましてや感謝の言葉など、よく言えたと自分でも感心するほどであった。
ネーヴェは心を殺して、ただ淡々と言葉を言葉を紡いでいた。
しかし、オッタビオは諦めたように首を振って言った。

「それももう、全部無意味ですが」

その言葉がどういう意味なのかを測りかねて、ネーヴェは思考を巡らせる。
きっと彼が救いたかったのは、ザンザスだけだったのだろう。
ヴァリアーなんてどうでもよかった。
だが、それはもう無意味なのだ。
彼は9代目に凍らされてしまった。
そして、ザンザスは10代目にはなれないことを、彼は知ってしまったのだ。

「そう。でも、おかげで本部での立場を得られたのだから、貴方にとっては都合がいい結果になった」
「感謝しますよ。おかげで、私一人でも上へとのしあがれる道が開けた」

そういってレンズの奥の瞳を細める彼は、もう出世欲を隠しはしなかった。
ネーヴェは痛みに耐えるように奥歯を噛み締めると、覚悟を決めて口を開く。

「……ヴァリアーの幹部たちは、まだ子供です」
「命乞いでもしますか」
「いいえ。これは取引です。あなたの企みに手を貸す代わりに、ヴァリアーへの処分を軽くするよう、本部で手を回してください」

キッと抜けるような澄んだ目で、相手のレンズの奥まで射貫く。

「出世、したいんですよね? 私がさせてあげますよ。好きなだけ」

そして、幸せの絶頂にいる時に絶望の中で殺してやる。そう心に誓った。


◇◆◇


ヴァリアーに帰還したネーヴェは、酷く疲れたような気持ちになった。
思考は泥のようで、ちっとも建設的な考えなど生まれそうにない。
今回の失敗の原因を責任転嫁するつもりはなかった。
実際、計画が失敗したのはオッタビオが本部に計画を漏らしたせいではないのだから。
9代目は信じなかったのだ。彼の言葉を。

――――計画には最初から大きな欠点があった。
そう、9代目のあの技の情報を事前に得てさえいれば、こんなことにはならなかった。

「ネーヴェ」
「マーモン?」

突然名前を呼ばれてハッとする。

「自分を責めるなんて愚かのことはやめなよ。どうせ、失敗したのは自分のせいだとでも思ってるんだろ?」
「えっ……ど、して……」
「君の考えそうなことくらいわかるさ」

マーモンはそれだけ言うと、ふいっとどこかへ行ってしまった。

「……ほんとに、叶わないなぁ」

胸の奥が、灯りを灯されたかのようにじんわりと温度を持つ。
潤んだ瞳が、硝子のように透き通った感覚を取り戻した。
マーモンの言葉はいつも、自分でも気づいてなかったような気持ちに気付かせてくれる。
周りをよく見ていてすごいや。私も見習わなきゃな。
ネーヴェはそう自分を奮い立たせると、今できることを考え始めた。

そうして、ボスが帰ってくるまでの、長い長い8年が幕を開けたのだった。