02


アルコバレーノは全滅した。
否、なりそこないのラルだけは無事らしい。
他のアルコバレーノは皆、ノントゥリニセッテへの対抗策など咄嗟に思いつくはずもなく、抵抗をする余地すら与えられなかった。
その上、10代目は暗殺され、ボンゴレファミリーは壊滅状態に陥っている。
ヴァリアーだってそう簡単にやられてしまうような集団ではないが、このままでは時間の問題だろう。
そもそもヴァリアーには32人しか隊員がいないのだ。ミルフィオーレとの戦力差は圧倒的である。
そんな時、過去から援軍が来た。この時代にはもうない、ボンゴレリングを携えて。
今度は、こちらから総攻撃を仕掛ける番だ。


◇◆◇


「う゛おぉいベル、ネーヴェはどこだぁ!」

その日占拠したばかりのミルフィオーレの古城に、スクアーロ隊長の声が響き渡る。

「誰ですー、それ」
「さぁね。部屋にいんじゃねぇの」

霧の新任幹部、フランが呈した疑問は無視して、ベルはそう答えた。
マーモンが死んでからのネーヴェは、必要な時以外は顔を見せずに引きこもっている。

「いつまでもあの調子だと困るぞぉ」
「フランの事伝えたんだけどさー、そーしたら……『後任? そう』って、もうすっげー真顔だった」

そう力説するベルに、スクアーロは少しうろたえた。

「そうかぁ……」
「まったく、心配よねぇ。少しでもご飯食べてくれるといいんだけど」

そうルッスーリアがため息を吐く。
それは、フラン以外の全員の気持ちを代弁したものだった。


◇◆◇


「絶対助けるって言ったのに」

しんとした部屋に、ネーヴェの呟きが寂しく響く。
マーモンが死んだあと、一度も涙は流れなかった。現実味がなさすぎるのだ。

「こんなものさえなければ……」

手に握ったものを床に叩きつけようと、振り上げる。
しかし、それはとてもとても大切なもの。
世界を守るために必要なものだとか、そんなことはもうどうでもよくなっていた。
これだけが、貴方が残してくれた最後のもの。
私に壊せるはずがない。
色を失ったおしゃぶりを、ぎゅっと握りしめる。
これさえなければ、貴方は死ななかった。
後を追おうとか、そんな愚かな発想はない。そんなことをしても、何の意味もない。ただの自己満足。
ただ、このまま衰弱死してもいいくらいには思っているけれど。
認めなければならない。
どうしようもなく愛してしまっていたのだ。
失ってから気づくなんて、馬鹿だ。

「ネーヴェ、いつまで落ち込んでるんだい」

不意に聞こえてきた声に、ネーヴェは目を見開く。

「マーモン……?」

声が震える。
顔を上げると、ずっと心のどこかで探していた姿があった。
無我夢中でその姿に手を伸ばす。
そして、気付いた。
違う、これは、幻術だ。

「……っ。誰、こんな悪趣味なことをするのは」

ばっと振り返ると、入り口に人影。
私としたことが、気配に気付かないなんて。

「はじめましてー。ミーはフランっていいますー」
「そう、あなたが」
「いつまでたっても顔見せに来やがらないから、ミーの方から挨拶に来てやったんですよー」
「随分なご挨拶だったわ」
「それは何よりですー」

初対面から、最悪だ。こんな奴がマーモンの後任だなんて。
そう憂いた時、ネーヴェは、はっとしたように被り物を凝視した。
先ほどは気付かなかったが、彼の頭の被り物は……蛙だ。

「ファンタズマ……」
「ああ、これはベル先輩がー」
「ベル君? ふふ、面白いことするのね」
「……? ですよねー」

しっとりと弧を描くネーヴェの口元。
しかし、その瞳は暗く沈み、まるでガラス玉のように虚ろで感情がない。
それを見て、フランは背筋に冷たいものを感じたのだった。


◇◆◇


深夜、ネーヴェは古城からそっと抜け出した。
どこでもいいから独りになりたい気分だった。
四方をミルフィオーレに囲まれつつあるこの状況は、孤立無援の籠城戦の様相を呈している。
すぐに敵は新しい指揮官を立て、好機とばかりに潰しに来るだろう。
ネーヴェは、向こうが攻撃を仕掛けてくるのは明日の夜になるとよんでいた。
そして、間違いなく六弔花のひとりを送り込んでくるということも。
ヴァリアーはここで、迎え撃つつもりだ。
澄んだ空気を吸い込むと、頭の中が冴えてくる。
もっと、冷静にならなければ。
いかに詰ませないかを考えなければならない程、戦況は切迫しているのだから。
後はないんだ。手段だの、リスクだの、顧みてはいられない。
インディゴの空には星が出ている。
ダイヤモンドの欠片を散りばめたようなそれらは、森の傍だからか都会では見られない程美しい。
貴方と一緒に見たかった。
一緒に見られないのなら、こんな綺麗なもの全部、貴方の霧で隠して欲しい。
そして、真実を全部幻に変えて。
そうしないと、こんなに美しい世界を、きっと私は壊したいと願ってしまうから。

「なにしてるんですー?」

ふいに後ろから掛けられた声に、後をつけられていたことに気付く。

「フラン、か。羊をね、数えているの」
「羊ー?」
「そう、星のことをね、先人は“天の羊”って呼んでたらしいの。だから眠れない夜は、星を数える。
――――今夜は、星が綺麗ね」

そう言ってネーヴェは笑みを浮かべた。なにが楽しくてなにが悲しくて、何のために笑うのかわからない。
ただ、目の前の生意気な新入りに虚勢を張って見せたかっただけだった。

「ミーの故郷はですねー、もっと星の綺麗なところなんですー。まぁ、ど田舎って意味なんですけどー。……いつか、見せてあげてもいいですよー」

「どうして……?」

「生きてたら、いくらでも綺麗なものが見られるんですー。前任も、あんたに下ばかり向いていてほしくないんじゃないですかー?」

そう言ったフランは、真剣な目をしていた。
そうだ。星が綺麗だと言うネーヴェは全く空を見ていなかったのだ。
フランはそのことに気付いていたのだろう。
ネーヴェの目から、じわりと涙が溢れそうになる。
どうして突然優しくしてくるんだ。昼間あんなことをしたくせに。
ネーヴェは涙を乱暴に拭うと、自嘲を込めていった。

「自殺でもするかと思った? まだ死なないよ。死ねない……」
「よかったですー。ミーのせいだとか言われたら寝ざめ悪いですしー」
「言わないよ、そんなこと」
「昼間のこと、悪かったですよー」

ぽんぽんとネーヴェの頭をあやすように撫でながら、彼はそう言った。
こいつ、私を本当の幼女だと思ってるな。
ネーヴェは目の前の少年に子供扱いをされていることにむすっとすると同時に、確かに安心感を覚えていた。

「気にしてたなんて意外。いいよ。私が、悪いの」

いつまでもうじうじとしていた自分の振る舞いは、とても年相応とは言えない。
子供扱いも、甘んじて受け入れてやろう。今だけは。
落ち着きを取り戻したネーヴェは部屋に戻りたいと言い、2人で帰ることになった。
明日はイタリア主力戦の要だ。メローネ基地の方は上手くいったようだし、ここで勝てば流れが変わる。

「明日ね、敵の大将、そっちに来るんだ。あっさり通しちゃっていいよ」

不意に、ネーヴェはそう言った。
現場を指揮しているのはスクアーロだが、作戦立案はネーヴェだ。

『ベルとフランは南。スクアーロは東。レヴィとルッスーリアは待機』

ただそう伝えただけで、その理由は何一つ言っていない。
大物と戦いたい幹部たちにさんざん詰め寄られたが、ネーヴェは「嫌なら従わなくていい」の一点張りで通した。
もちろん、どこからどれだけの敵が攻めてくるかはだいたいわかっている。
ネーヴェが1人いるだけで、情報戦ではこちらが圧倒的に有利だ。
その上で、一番成功率の高い配置を考えたのだ。
特にスクアーロは、六弔花が来る方角がわかれば、そこに彼が向かう以外の案を聞き入れてくれないだろう。
だからこそ、ネーヴェは仲間と情報を共有しないことを選んだ。

「どうしてミーに言うんですー? そういうことはベル先輩に言った方が……」
「ちょっと相手がね、ベル君的に引くに引けないだろうから、フランが見てあげて」
「どうして後輩が先輩の面倒をー……。まぁ、仕方ないから頼まれてあげますよー」
「ありがとう」

そう言ったネーヴェの表情はどこか吹っ切れたようで、目の中にきらめきが戻っていた。
その表情を見たフランは相変わらずの無表情だったが、心臓はどきりと音を立てた。
そして心の中でこうぼやいたのだった。

ミーはロリコンじゃないはずなんですけどー。


◇◆◇


「う゛お゛ぉい……いつの間に仲良くなったんだぁ? おまえらぁ」
「別に、仲良くない」
「またまたー、ミーとネーヴェの仲じゃないですかー」

頭を撫でようとするフランの手を押しのけながら、ネーヴェは即答した。
いつもの棒読みでそれに異議を唱えるフランとは、意見の相違が起きていたが。

ふっきれたようだな、とそんなネーヴェをみてスクアーロは思った。
いつまでも引きずられてちゃたまんねぇからな。
特に、今日は気を抜けねぇんだ。

「わかったら早く行けぇ! 雑魚新兵は好きなように連れてけぇ!」

「よーしよし、ネーヴェー。イイコで待っててくださいねー」
「頭撫でないでってば。私の方が長く生きてるんだからね」

ネーヴェは、性懲りもなく頭を撫でようと伸ばされたフランの手を振り払おうと腕を上げた。
しかし、その腕を逆に掴まれ、はっとして彼を見上げる。
冷たいエメラルドグリーンの瞳に射抜かれて、身動きが取れない。

「寄りかかりたいだけなら、ミーでもいいんじゃないですかー?」
「な、にを……」
「誰でもよかったんでしょー?」

ネーヴェにだけ聞こえる声でそう言ったフランは、ベルと共に行ってしまった。

「2人とも〜、いっぱい殺ってくるのよ〜!」

誰でもよかった?
そんなわけ……そんなわけ……。
おしゃぶりを握りしめた手がカタカタと震える。

愛していたのだと、思ってた。
でも、これはただの依存だったのかもしれない。