代理戦争二日目の夜。
バミューダが参戦を宣言したその日に、復讐者たちは他の参加者の元へと闇討ちに向かった。
もちろん、その対象としてヴァリアーも例外ではなかった。
「第8属性の炎!?」
そうルッスーリアが驚きの声を上げると同時に現れたのは、復讐者1人とネーヴェだった。
ネーヴェの姿を視認した彼らは、一瞬言葉を失う。
「う゛お゛ぉい! 裏切ったからには、それなりの覚悟があるんだろうなぁ!」
「げっ、マジでネーヴェと戦うのかよ」
気の進まなそうなベルの言葉は、この場にいるヴァリアーのメンバー全員の本心を代弁したものだっただろう。
「誰が相手だろうが、容赦はしねぇ」
そのザンザスの言葉を合図に、戦闘が始まる。
ネーヴェは、彼らの言葉に対して言葉を返すことはなかった。
ドオン! という爆発音と共に、またしてもホテルの上階が吹っ飛ぶ。
すでに雲雀とザンザスとの戦いで壊れた部分であるため幻術のはずなのだが、かなりリアルだと言えた。
「こんな時にマーモンはいないのか!!」
「アルコバレーノの会合だと……」
ヴァリアーは、復讐者1人に苦戦を強いられていた。
しかし見たところ、同伴しているネーヴェが自分から攻撃することはなかった。
実際は傍らの復讐者に夜の炎を与え、常にフルパワーで戦えるように力を貸していたのだが、そんなことをヴァリアーは知るはずがない。
「誰が退くか、カス共」
「そうだぁ。オレが退がらせねぇ」
他の幹部たちからの撤退を促す声を、ザンザスとスクアーロはそう言って跳ねのけた。
その時、何かに気付いたネーヴェが、復讐者の鎖をぐんっと引くとこう告げた。
「撤退、だよ」
「アルコバレーノが戻ってきたか」
復讐者の言葉に、ネーヴェは頷く。
次の瞬間、慌てて飛んできた小さな影が姿を現した。
「みんな!! 復讐者!? 一体何が!?」
全く状況が理解できずにうろたえるマーモンは、復讐者の傍らにいるネーヴェに気付くと、慌てて声を上げた。
「ネーヴェ!? 待って!!」
何も答えずに背を向けた彼女が振り返ることはなかった。
闇に溶けるようにして、復讐者と共にその場から消えてしまう。
「う゛お゛ぉい、マーモン!! ボスウォッチは守ったぜぇ……」
マーモンは、スクアーロの声にハッとしてボスたちの方を見ると、かなりの深手を負っていることに気付いた。
「ぐっ……だがぁ……ボスさんといえど……休養が必要だぁ……」
◇◆◇
ティリリ……!
日付を跨いだ瞬間に鳴り響く腕時計に、代理戦争の参加者たちは唖然とする。
《バトル開始、1分前です》
「何これマジなの!?」
ヴァリアーは宿泊しているホテルにて、先ほど負った傷を癒している最中だった。
もちろん治らないどころか、一睡もできていないのだが。
「何を考えてるんだ!! こんな日程ありえないよ!! 拷問じゃないか!!」
「うろたえんじゃねえ、マーモン!!」
『ボスさんを見習え』と言ったスクアーロの指し示した先には、座ったまま眠っているザンザスがいた。
「寝ている!!」
「聞こえてないだけじゃない!?」
「すごく疲れてるんだよ」
「戦いたくねーから、死んだふりかも!」
ボス相手に、面と向かって言えないようなことをここぞとばかりに言う幹部たち。
スクアーロは、言いたいことが伝わらなかったことに声を荒げた。
「う゛お゛ぉい!! オレが言いてえのは動じてねえってことだぁ!!」
その時、部屋の中心からどす黒い炎が噴き出し始めた。
復讐者が来たのだ。
「しかもちょっとなんなのよ!! 1人でも半端ない復讐者が……って、ネーヴェ!?」
復讐者2人と一緒に現れたのは、やはりネーヴェだった。
バミューダの代理なのだからここにきて戦うことになるのは当然、いや必然である。
しかし彼女は、進んで自ら手を出そうとしない。
それならば、なぜ付いてくる必要があるのだろうか。
復讐者とヴァリアーは、死闘を繰り広げ始めた。
ネーヴェはその戦いを黙って見ていたが、暫くしてぽつりと呟く。
戦況としては一見ヴァリアーが不利なように見えるが……。
「……これは、幻術ね」
復讐者たちは、マーモンによって幻術の彼らと戦わされている。
その中には、幻術に潜む現実もある。
復讐者への攻撃にはたまに本物が混じっているのだ。
今、目に見えている世界が全て幻術だとしても、彼らがまだこの場にいて戦っているのは疑いようがなかった。
なぜなら、彼らにも譲れないプライドがあり、絶対に退いたりはしないのだから。
ネーヴェの呟きを聞いた霧の幹部は、自分にかけた幻術を解き、彼女の前にだけ姿を現した。
もちろん呪解した姿で、だ。
「やあ、ネーヴェ」
自分でも意外なほど冷静な声が出たと、マーモンは思った。
掛けた言葉は、彼女の心に波紋ひとつ立てなかったようだけれど。
無言で見つめ返すネーヴェの瞳は、ひんやりと冷たい。
ふと、この赤ん坊ではない姿に、彼女が全くリアクションを示さなかったことへの違和感を覚える。
そして、この姿へのネーヴェの反応が気になっていた自分がいたことに気付いたのだった。
この様子では、もう彼女は“好き”だとも何とも思ってなどいないのだろう。
そもそも愛なんてものは信じていないし、そんな感情を向けられるのも鬱陶しい。
(だから、これでいいのさ)
そう考え雑念を振り払うと、マーモンは黙ったままのネーヴェに尋ねた。
「どうして幻術だと気付いたんだい?」
「あなたのやりそうなことくらい、大方予想が付くもの」
言葉を交わした2人の間に、ピリッとした空気が漂う。
気が付けばネーヴェは、マーモンの幻術世界の中にいた。
さっきまでとは全く異なる空間に、立っているのは2人だけ。
見えないだけで其処にある現実に、今だけは干渉されないし干渉できない。
いわば、二人だけの世界だ。
「気付いたところで、君たちが僕の幻術を打ち砕くことはできないよ」
マーモンのその言葉に、ネーヴェは興味なさげに目を伏せた。
「その必要はないの。あなたが呪解出来る時間は残り僅かだもの。あなたは自分の幻術で、私たちがあなたたちを倒したと勘違いして帰っていく可能性に賭けたのでしょうけれど、それが幻術だと気づかれた時点で終わり」
こんなものは、時間稼ぎにすぎないのだから。
呪解前の幻術で復讐者たちを欺ききることは、おそらくできないだろう。
つまりそれは、呪解タイムオーバーの瞬間に勝負が決することを意味していた。
「術者の僕を殺せば今すぐ幻術が解けるのに、君は攻撃してこないんだね。なぜだい?」
マーモンの鋭い指摘に、ネーヴェは『あなたの方こそ』と反論した。
「幻術に気づいた私を今すぐ殺してしまえばいいのに、それをしないのはなぜ?」
マーモンの幻術にかかっているネーヴェは、知覚のコントロール権を完全に奪われている。
今の彼女を害するのは、マーモンにとって造作もない事だろう。
ボスは彼女を『消せ』と言った。
確かに、今の彼女は敵だ。
だれど、こんなの、絶対におかしい。
ネーヴェの中で、歯車が狂い始めたのはいつからだろう。
マーモンは、彼女が自分の事を名前で呼ばなくなったことに気付いていた。
ちょうどそれは、代理戦争のために日本に来た日からだったように思われた。
つまり、マーモンがネーヴェの“好き”という言葉を拒絶した次の日だ。
「ネーヴェ。君が何を考えているのかなんて、僕にはわからない」
ネーヴェは立ち尽くしたまま、そのマーモンの言葉を聞いていた。
「だから、時計を壊して連れ戻すのさ! 話はそれからだよ!」
マーモンがネーヴェに向かってバッと手を伸ばすと、大量の触手が彼女の腕時計に向かって伸びる。
それを避けてふわっと後ろに飛んだネーヴェ。
それを見て、マーモンはハッとする。
今彼女がいるのは、ボスと復讐者の間の直線上だ。
ボスの銃口が、彼女を捉える。
ボスにもネーヴェにも幻術によってお互いが見えていないが、目に見えていなくても現実はそこにあるのだ。
当然このままでは彼女が被弾してしまう。
彼女の足元から幻術世界が歪み、奈落の底に落ちていくように崩れた。
「……もう、戻れないの」
「ネーヴェ……!!」
考えるより先に身体が動いていた。
飛び掛かって彼女を付き飛ばすも、自分も一緒に勢い余って床に倒れる。
フード越しに頭上を通り過ぎるボスの銃から放たれた炎の圧を感じたが、間一髪で避けられたようだ。
床の押し倒すような態勢になっていることに気付くも、彼女の無事な姿を見て、マーモンは安堵した。
その時、腕の中の小さなネーヴェの体が揺れた。
信じがたいことに、彼女は心の底から可笑しそうにくすくすと笑っていたのだ。
自分を貫く上目遣いの瞳は、悪意に満ちた輝きに歪んでいる。
「敵を庇うのですね。暗殺部隊の幹部が、私情に流され過ぎではありませんこと?」
そう言った彼女は、先ほどとは別人のようで、マーモンは勢いよく離れた。
「ムムッ、君はネーヴェじゃないな?」
「あーぁ、バレてしまいました。折角いいところでしたのに」
「ネーヴェになにをしたんだ!!」
そう叫んだマーモンを意に介さず、ネーヴェは―――ネーヴェの姿をした何かは、ちらりと自分の腕時計を見た。
「あなたをからかうのはとても楽しかったです。もう少しこの茶番を続けたいところでしたが、……少し、用事ができました。あなたの幻術に騙されて、復讐者を連れて帰って差しあげましょう」
「待てっ!!」
《マーモンの呪解、タイムオーバー》
引き止めようとした瞬間、体が縮みだす。
完全に小さくなったころには、彼女も復讐者も忽然と姿を消していた。
◇◆◇
「つまり、ネーヴェは何かに操られてるってこと?」
「そうさ」
マーモンは、つい先ほどの戦いの最中の出来事をヴァリアーのメンバーに話していた。
「よかったわ! ネーヴェちゃんが悪いわけじゃないのね!」
そう喜びの声を上げたルッスーリアを手で制すと、スクアーロは真面目な顔でこう疑問を口にする。
「で、それはだ。バミューダを倒せば元に戻るのか?」
「さあ……、そこまでは僕にも……」
マーモンの言葉に、明るくなりかけた空気が再び元に戻る。
「今気にしても仕方ねーんじゃねえの?」
そう正論を述べたベルの言葉に、そのことはひとまず考えないことにした。
バミューダを倒すことができればわかることだからだ。
倒すことができれば。
復讐者1、2体であの強さなのだ。あれを従えているバミューダがどれくらい強いのかは、計り知れない。
けれど、代理戦争を続ける限り、彼らとの戦いは避けられないのだ。
(まさか、こんなことになるなんてね……)