04


あの日。――バミューダが夜の炎に目覚めた日のことだ。
おしゃぶりの引継ぎが全て終わった後、私は1人で洞窟に戻った。
あることを試すために。
成功すれば、アルコバレーノのシステムの改善に光が見える。
もし、誰も犠牲にする必要がなくなるのだとすれば……。
きっと、チェッカーフェイスさまの憂いを取り除くことができる。
彼は、こんな運命を一人で背負い込むほど優しい人だから。
私が、その憂いを取り払って差し上げたい。

『ハートちゃん!! 逃げて!!』

強い力で押されて、突然背後に現れたワープホールに吸い込まれる。
腕を伸ばすけど届かない。
閉じていく視界の先に見えたのは、死んだはずのアルコバレーノたちに惨殺されるミツバの姿だった。


◇◆◇


ネリーに逃げられた後、クオレは1人その場に立ち尽くしていた。

「ふふ、嫌なこと思い出しちゃったじゃなぁい」

あの日、ミツバは最後の力を振り絞って私を逃がした。
ミツバの作ったワープホールに押し込まれて、気づいたら全く知らない場所に1人でいたのだ。
何が起こったのか、わからない。
ただ1つわかるのは、私が彼女を見殺しにして1人で逃げてしまったことだ。

あの日から、チェッカーフェイスに仕える者はまた私一人となった。
ネーヴェが現れるまでの長い間。

ネリーは死んだものと思っていたが、今回の事を見る限り違ったらしい。
彼女であれば、自分の居場所を知られないようにすることなどたやすかっただろう。
けれど。

「一体どうして」

ネリーは、もともといけ好かない女だったが、裏切るなどとは思ってもみなかった。
理由がわからない。
彼女に、チェッカーフェイスさまのやっていることに対する不満があったとは思えなかった。
いや。
――――ネリーには、感情がなかった。
覗き込んだ心の中は、まるで穴が開いたかのように空っぽだったのだ。
だから、彼女の様子がおかしかったことに気付いたとして、その原因なんて知るすべもなかった。
……止めることができなかった。
チェッカーフェイスさまに彼女の事を頼まれていたにも関わらず、面倒を見きれなかったのだ。
彼女は、今までどこで何をしていたのだろう。


◇◆◇


ネーヴェは、次の復讐者のところへ向かった綱吉たちを追った。
各個撃破とは、なかなかいい作戦を立てたものだと思う。
ハートに少し邪魔をされたが、ネーヴェは応戦中の復讐者たちの元へと辿り着くことに問題なく間に合った。

けれど。

復讐者2人、スモールギアとビックピノは負けたのだ。
(頭が弱いと、碌な戦い方をしないのね)
彼らの戦闘力を、バミューダは高く買っていたのに。

「時計、壊されちゃったね」

こいつらの中の炎も少なくなっている。
その証拠に、彼らの息は上がっていっていた。
ネーヴェがこのまま炎を補給しなければ、どうなるのかは明白だ。

「なにやってんだ! 早くしろ!!」
「……よく聞こえないわ。誰に向かって口を利いているの?」

炎の補給を促すスモールギアを、ネーヴェはぞくっとするほど冷たい目で見降ろした。

「ああ、でも。命乞いすれば助かるかも。無様に、惨めったらしく。敗者に相応しい姿でね」
「貴様!! 後で覚えてろ!!」

もう時計を持たない――用済みになった存在に、慈悲なんてかける必要はないだろう。
(未来の世界で、いろんな武器を私に試した恨みがあるもの)
拷問中、抵抗できないネーヴェを散々甚振ったのは、彼だったのだ。

喚く復讐者とネーヴェの会話を聞いて、綱吉は違和感を覚える。

「仲間じゃないのか?」
「負けるような役立たずは要らないの」

そう言ったネーヴェに対し、綱吉たちは臨戦態勢で取り囲む。
獄寺、山本のバトラーウォッチはもう壊れている。
その場で戦える資格を持つのはのは、綱吉、炎真、クローム、フランだけだ。

「あ、ネーヴェだー」
「ちょっと待って!! 今は敵なの!」

ネーヴェの姿に気付いたフランを押しとどめたのはクロームだった。

「? なんでですー?」
「なんでって……」
「フラン。元気そうね」

そう呟いたネーヴェの表情が一瞬優しく見え、クロームははっと息をのんだ。
一触即発の空気の中、『リボーンの方はうまくいっているのだろうか』と綱吉が心配した時、ネーヴェはこう言った。

「バミューダのところに、早く行った方がいいのではないかしら」
「どういう意味だ」

その問いかけに意味深に微笑むと、ネーヴェはワープホールを開く。

「アイツ……! 逃げる気か!」
「待てっ!!」

そんな声には取り合わず、ネーヴェは吸い込まれるように消えていった。


◇◆◇


「バミューダ。貴方の復讐者たち、負けたけど」
「こっちで帳尻を合わせるから問題ないよ」
「そう」

バミューダの傍にワープホールを展開して現れたのは、ネーヴェだった。
彼女は、その場の状況を見るとさっと血相をかえる。
ザンザスは右手を落とされ、スクアーロは心臓を貫かれ倒れていたのだ。

「殺したの!?」

ネーヴェは、バミューダにそう掴みかからんばかりに鋭い声で尋ねる。
しかし、彼はなんの悪びれもなくこう答えたのだ。

「戦闘不能にするのに、殺しちゃいけないなんてルールはないからね」
「そん……な……」
「そんなことより、君も戦いなよ。時計のレア度的に、イェーガー君より君の方が適任だからね」

そう言われてしまえば仕方ない。
代理になったからには、その分の仕事をしなければ。

「ネーヴェ……」

前へ出たネーヴェの姿を見て、マーモンは焦る。

「待って!! ネーヴェは操られているだけなんだ!!」
「いいえ、これは私の意志なの」

その言葉に、ネーヴェはそうきっぱりとそう否定した。

だが、暫くの沈黙ののち、なんと彼女は気でも触れたかのようにくすくすと笑い出す。

「そんなことを、私が許すと思いましたか? バミューダ」
「!」

カシャン! と音がして、全員が驚きの声を上げる。
彼女は自分の時計を自分で叩き割ったのだ。

「なんのつもりだ!! ネリー」
「くすくす。さぁ、なんのつもりでしょうね。貴方のために身体まで張ろうなんて、到底思えないということでしょうか」

そう言い放ったネリーは、心底くだらなそうに時計を外して投げ捨てると、うんと伸びをする。

「さあ、私に構わず続けてちょうだいな」

彼女は、何事もなかったかのように、そう綺麗な笑顔で言った。


◇◆◇


リボーンチームが勝利を修めた。
イェーガーを倒されそうになったバミューダが呪解するも、沢田綱吉に負けたのだ。

「おめでとうございまーす!! フフッ。優勝チームのアルコバレーノであるリボーンさんは、特別に呪いを解かれますよー!! ホホッ」
「ウソをつくな、尾道」

場の雰囲気を盛り上げようと紙吹雪を飛ばす尾道に、綱吉は詰め寄る。
虹の代理戦争の真の目的は、此処にいる全ての者に知られているのだ。
全員の殺気が彼に集中する。

「彼を責めてはいかんよ。尾道は本当に何もしらぬのだ」
「あららっ、これは……、いらっしゃっていたのですか? チェッカーフェイス様!!」

現れたのは、チェッカーフェイスと、その袖にくっついているクオレだった。

「奴は姿を現さないはずだぜ!?」
「だが気配がしねえ。実体ではないのかもしれねえ」

アルコバレーノたちは、彼の姿を見て口々にそう怪しむ。
それもそのはず、彼はセーニョリングを使い、気配を消していたのだから。

「どうやら君たちは、バミューダ君にアルコバレーノとおしゃぶりの秘密について、色々と悪い噂を吹き込まれているようだな」

チェッカーフェイスの存在する空間で彼を倒すと言ったバミューダに、彼はセーニョリングで消していた気配を元に戻した。

「この顔に見覚えがあるだろう?」
「川平のおじさん!!」

チェッカーフェイスの袖にくっついている子について、バミューダが洞窟で言っていたことを思い出す。
『彼女はチェッカーフェイスの手駒のひとりだ』
彼女は未来で、川平のおじさんにべったりだった。
チェッカーフェイスが川平のおじさんとイコールであるという図式は、その時に少し考えればわかったことだろう。
綱吉は、彼らが同一人物であることをすんなりと納得することができた。

「私への殺気が充満しているぞ、諸君」
チェッカーフェイスの言葉と同様に、それはクオレも感じ取っていた。
彼女がそっと懐の鉈に手を伸ばそうとしたとき、チェッカーフェイスにぐいっと身体を引かれる。

「!」
「もっとも私を倒そうなど、考え方の根本を間違えているがな」

そう言ったチェッカーフェイスは、自らの炎を放出した。
現在の地球人とは、比べ物にならない程の力。
身体を引き寄せたのは、クオレが炎の圧に飛ばされないようにという心遣いだ。

「チェッカーフェイスさま……」
クオレは喜びに胸がいっぱいになり、彼を見上げるとうっとりと名を呟いた。

そして、宇宙人なのかと問われたチェッカーフェイスは、生粋の地球人だと答えた。
そう、彼は現在の地球人が誕生する前から存在していた種族なのだ。

そしてこの時、ようやくチェッカーフェイスによって、トゥリニセッテの謎が語られることとなった。
元々トゥリニセッテは、今のようなおしゃぶり・ボンゴレリング・マーレリングに及ぶ21個の存在ではなく、7つの石の玉だった。
なぜなら遥か昔、チェッカーフェイスの種族がまだ10人以上いた時、彼らの力だけで7つの石に炎を灯し、機能させることができたからだ。
だが、仲間が1人ずつこの世を去り、チェッカーフェイスを含む5人だけになってしまった時、ついに彼らの力だけでは7つの石を機能させられなくなってしまった。
そこで彼らは新たな地球人の力を借りることにした。
そして生まれたのが、7つの石を分割して創ったおしゃぶりだ。
炎を常に灯すためにおしゃぶりは着脱不能とされ、アルコバレーノというおしゃぶりを守るための人柱が造りだされた。
残酷なシステムではあったが、多くの地球上の生物を救うためにはやむなしだったのだ。
だが更に彼らの仲間は死んでいき、とうとうチェッカーフェイスとユニの先祖だけが残ってしまった。
2人ではとても残りの石を全て制御しきれない。
そこで更に地球人の力を借りようと、残りの石を分割して創ったのが、ボンゴレリングとマーレリングだ。
この2つはユニの先祖の提案により、おしゃぶりとは違い着脱を可能とし、数を増やした分一人の装着者への負担を軽くすることに成功した。
そしてボンゴレリングは、彼女の選んだ自警団の青年ファミリーが。
マーレリングは、彼女のファミリーが管理することとなった。

「それに沢田綱吉君、君は現アルコバレーノの心配ばかりしているが、次期アルコバレーノの筆頭候補だぞ」
「その覚悟はできてる」

チェッカーフェイスの言葉に、綱吉は真っすぐな目でそう答える。
その時、突然会話に割って入ってきた者がいた。

「そやつの覚悟は本物じゃぞ。だがちっと待ってくれ。待たせたな、小僧」
「タルボじいさん!!」

現れた老人、タルボは、おしゃぶりの代わりとなる器を作り出したという。
それを使えば、永遠におしゃぶりが必要でなくなるはずだとも。
しかし、それを使うためには、第8属性の夜の炎が必要であった。
チェッカーフェイスを倒すことだけを生きる糧とし復讐のために夜の炎を生み出したバミューダが、チェッカーフェイスの大切なおしゃぶりを守ることに力を貸すはずがない。
そう正論を述べたヴェルデの言葉を聞いたリボーンは、バミューダの意志を確認する。

「どうなんだバミューダ?」
「ぜひやりたい!」

そう答えたバミューダに、チェッカーフェイスは驚いた。
バミューダの復讐は、トゥリニセッテの権利をチェッカーフェイスから奪った時点で終わるのだ。
ユニの言葉に促されて、チェッカーフェイスもそれならばと頷く。

「ならばやっとくれ、タルボとやら。バミューダもありがとう」

あっさりと了承したチェッカーフェイスは語る。
彼は、この星の命を守りたい一心で、多くの犠牲を防ぐために小さな犠牲はやむを得ないという信念を曲げずにやってきたのだ。
だから、よりよい方法が見つかれば、それを拒む理由もない。

しかし。

ハッピーエンドの安堵感が満ちた空気の中に、場違いなほど楽し気な、けれど不服を訴える声が混ざる。

「あら、私は異議があるわ」

突然、全員の視界を赤が舞った。
先端に楔が付いた鎖が、タルボの胸を後ろから貫いていたのだ。

突然のことに誰もが呆然とする中、それはずるずると後ろに抜けていく。
タルボは口から血を吐くと、ドサリと地面に崩れ落ちた。

その後ろには、返り血に濡れた少女の姿があった。

「つまらない、つまらないつまらないつまらない」