01


いつから、どこから、ズレたのだろう。
『3人の少女の物語』のページを逆さに捲って、間違い探し。
それは、バミューダを含む世代のアルコバレーノが誕生した日まで遡る。


「運命の日、お疲れさん! 今回も問題なく終わって良かったやね〜」

そう、のほほんとした顔で言ったのはミツバだ。
彼女はクオレが拾ってきた子だった。
そのせいか、彼女はクオレに妙に懐いている。

「代理戦争じゃないから、賭けも出来なくて最高に面白くなかったわぁ」

そう言ったハートは、代理戦争でどのチームが優勝するのか予想することに凝っていた。
今回は、運命の日の方だったので、退屈だったと言いたいのだろう。
彼女はこの役目を長く続け過ぎて、アルコバレーノに選ばれた者の気持ちを考えることなど既にしなくなったのかもしれない。

「打ち上げするやんね! うち、たくさんお菓子買っておいてんよ〜」
「何逃げようとしてんぉ? あんたも強制参加だからぁ!」

意地悪げなクオレの声が響く。
さりげなくその場から消えようとしていたネリーは、心底不快だと言うようにちっと舌打ちした。

「えへへ、クオレちゃんは照れてるんよ。本懐はネリーちゃんの初仕事のお祝いやねん!」
そう、邪気のないミツバに無理やり手を引かれて、ネリーは連れていかれる。

「くだらない……」
そうぽつりと呟いたネリーの頭を占めていたのは、全く別の事だった。


「ねぇねぇ、アルコバレーノみたいにぃ、私たちにも呼び名があってもよくない?」
「何を藪から棒に」

突然のハートの提案に、ネリーは呆れたようにため息を吐く。
打ち上げという名のお菓子パーティも終わり、各々がだらだらとした時間を過ごしていた。
クオレとミツバは、床でトランプに興じている。
ネリーは混ざる気がないのか、一人椅子に腰かけ足を組んで、優雅に紅茶を啜っていた。

「トゥリニセッテ・シスターズ、とかどうやろ」
「アイドルユニットみたい」

おずおずと案を出したミツバに、クオレは容赦のないダメ出しをする。

「……あーもー、トランプ飽きたぁ〜」

クオレが投げ出したカードが、バラバラと宙を舞う。

「なんでそげな勝ちはるん? やっぱりすごいなぁ、クオレちゃんは」
「クオレは心が読めるんだから、凄いも何もないと思いますよ?」

そうくすくすと笑いながら、高みの見物をしていたネリーは指摘する。

「ハッ! そやった……。ネリーちゃん、うちの仇とってや〜」
「やだ。ところで、私はそろそろお暇ししたき所存なのですが」
「ネリーはもうちょっと協調性ってものを持ちなさいよぅ」

席を立ちかけたネリーは、床に寝転がったままのクオレを見下ろす。

「一緒にトランプに興じるのが協調性ですか?」
「なぁに? ネリー。なんか今日機嫌悪いわねぇ。喧嘩売ってんなら買うけど?」
「2人ともやめてや! ネリーちゃんは、私らのこと嫌いなん?」

“私ら”という言葉に、ネリーは自分と2人との間の境界をはっきり示されたような気分になる。
ミツバは、仲良くしたいという割に、発言の節々でそれを踏みにじる。
彼女自身が無意識なのがまた、救えないが。

「嫌いですね。嫌いになるほどの興味もないですが」
「サイコパスのクソ女に好かれても嬉しくないから、よかったわぁ」
「くすくす。沸点の低さと、他人を罵る言葉しか御存じでないことが不憫でなりません。育ちの違いかしら」

クオレは、ネリーの言葉の“育ち”という部分に、ピクリと反応する。

「ふふっ、あんたこそ。夜の炎を灯したような人間が、まともな人生だったはずないわよねぇ」

この笑顔はまずい、とミツバは思った。
クオレが本気で怒っているときの顔だ。
そもそも、過去の話がタブーなのは、暗黙の了解だったはずだ。

「さっきの話なんやけどな!!」
慌てて2人の会話を遮ったミツバは、咄嗟に目に入ったトランプを指さす。

「クオレちゃんはハート、ネリーちゃんはダイヤ、うちがクラブでどうやろうか!!」

その半分叫ぶような言葉を聞いたクオレとネリーは、きょとんとして睫毛を瞬かせる。

「3人しかいないけれど」
そう最初に突っ込んだのはネリーだった。

「ばぁか。これから増えるかもしれないじゃなぁい」
ふんっと鼻を鳴らして、クオレはそう反論する。

「でも、私は賛成よぉ。さっすがミツバ、貴女って天才よ!」
「呼び方などどうでもいいです」

2人の口論がこれ以上ヒートアップする前に止められてよかったと、ミツバはホッと胸をなでおろした。

「そのごっこ遊びに付き合う前に、はっきりさせておきたいことがあるのですが」

そう言ったのはネリーだった。

「おふたりはアルコバレーノのシステムについて、どうお考えですか?」
「どうもなにも、どうしようもないものだわ」
「ミツバ、あなたも同じですか?」
「ええと、うん……」

そんな2人の答えを聞いて、ネリーは淡々とこう*げる。

「最大多数の最大幸福というわけですか。大多数の幸福のためには少数の犠牲はやむを得ない、と」
「何が言いたいの?」
「本当に正しいのでしょうか。私たちのやっていることは」
「正しいわ。間違いなくね」

チェッカーフェイスさまのやっていることに、間違いなどあるはずがない。
そう、クオレは確信していた。

「くすくす、貴女はすでに、他人の命を踏み台にすることを何とも思わないのでしょうね。人は自分が一番可愛いですもの」
「クオレちゃ……!」

ネリーの胸倉に掴みかかったクオレをみて、ミツバは焦る。
当のネリーは、さらに煽るかのようにくすくすと笑っていた。

「あら、地雷でしたか?」
「何も、知らないくせに……!! チェッカーフェイスさまが喜んで人柱を作り出しているとでも……っ!?」
「2人とも、やめて!!」

そう叫んだミツバの言葉に、沈黙が落ちる。
暫くするとクオレは、その手をパッと離した。
ネリーは、ミツバの方にちらりと目をやり小さく会釈すると、その場から立ち去った。

2人だけになった空間。

クオレは、暫くうつむいたままなにも言わなかった。
しかし、ふと決心したようにこう疑問を口にする。

「なんか、ネリー今日おかしくない? いつも通り、メンヘラとサイコパスとクソビッチを足して3乗した感じの女なのは置いといてさぁ」
「クオレちゃん、それはさすがに酷いよ……」
「私が“なんかあった?”って聞いたところで、何も答えてくれないんでしょうけど」
「……うちが聞いてみるよ。クオレちゃ、ハートちゃんのその面倒見良いところ、ダイヤちゃんもいつかきっとわかってくれるよ」
「はあ!? 私が面倒見良いとか、気持ち悪い事言わないでくれる!?」


◇◆◇


「ねぇ、クラブ。今どんな気持ち? ……死んじゃったら返事できないよね。聞きたかったな」

クラブ、もといミツバは、元アルコバレーノたちに殺された。
代理戦争全てが終わった後。
ミツバは1人で、例の洞窟でおしゃぶりを奪われ死にかけていた元アルコバレーノたちの元に戻ったのだ。

そして、彼らに自らの夜の炎を分け与え、延命させた。
しかし、その彼らにミツバは殺された。
理由はいたってシンプル。
生死を弄んだから殺されたのだ。

彼らは、自らの状態が分かっていなかったのだろうか。
ミツバからの夜の炎の供給が絶たれて暫くすると、今度は本当の本当に絶命した。

「この子たちが自分を恨んでいるとは思わなかったのかしら。救えて死ねるのならよかったとでもいうのかしら。私にはわからないわ。人間の感情って道理が通らないから。面白い。つまらない。こんな世界は……」

その様子を、最初から最後まで隠れて窺っていた者がいた。
ネリーだ。
ネリーは、自分で仕組んだこととはいえ、この状況が腑に落ちなかった。
ここで死んでいるのが、ミツバであることに。

『アルコバレーノのおしゃぶりに炎を新しく注入すれば、延命は可能かと思うのですが』
『確かに……、その仮説は有り得なくはないわねぇ……』

そう自分が唆した相手は、ハートたるクオレだった。
彼女は、チェッカーフェイスのためならばなんでもするから、きっと試してくれるだろうと思ったのだ。
彼女も、ミツバより一歩遅くこの場へ来たけれど。
ミツバは、自ら進んでクオレの身代わりとなったのだ。
そのことが、ネリーにとって物凄く不愉快だと感じられた。

しかし、屍たちの中の1人に目を止めると、興味を引かれたように傍に近寄る。

「あら。炎の自給自足ができている子がいる。絶望の果てに夜の炎を生み出すことができたのですね」

毒を盛られたけど、奇跡的に生き延びた。いいえ、適合した。
寧ろ、それを分析して自分のものにした。
……どの表現も、きっと当てはまらない。
彼の絶望は彼だけのものだからだ。

「……彼に代わりに答えてもらえばいいんだ」

そうポツリと呟いたネリーは、小さな体に合わせて屈むとその顔を覗き込む。

「絶望してる? してるよね? ねぇ、それってどんな味かな? 甘い? 辛い? それともちょっぴり苦いのかしら」

そう問うたネリーは、狂気そのものだった。

「私には感情がないの。わからないから教えてよ。ねぇ。……ねぇ、ネリーと一緒に、運命に復讐してくれる?」

彼女がそう手を差し伸べた相手が、バミューダだった。


◇◆◇


結果的に、ネリーはタルボを強襲し、そのおしゃぶりの代わりとなる器を強奪した。

「タルボじぃ!!」
「なんてことしやがる……!」

地面に点々と発生したワープホールから伸びた鎖が、彼女の周りをゆらゆらと漂う。
ネリーは、酷く冷たい目で、『つまらない』と繰り返していた。

「バミューダ。貴方には心底がっかりです。貴方の復讐心がその程度とは、見損ないました」
「なぜだ!! 君も、アルコバレーノのシステムに不満あるのだと言っていたはずだ!!」

バミューダの叫んだ声が響く。

「くすくす、まさか。効率的で理にかなったシステムではないですか」
「身内をアルコバレーノにされたことを恨んでいたと言っていたのは……」
「その通りですが、私の本当の目的は全然違っていたということです」

そう言った彼女は、言葉を区切ると全員に向けてこう言い切った。

「つまるところ私は、このような平和的解決を望んでいないのです」

その言葉に、その場の者たちは言葉を失う。
ネリーは、どこか落胆を感じていた。
バミューダにも、ネリーの理解者たる資質があるものと思っていたからだ。
彼も、夜の炎を灯した者として、同じ境地を知っていたから。
(いいえ、私にとっては彼も1つの駒に過ぎない)
この世界に深く絶望し、恨み、呪った果てに得た力を持つもの通し、利用し合うだけの。

「やはり、ネリーを分かってあげられるのはネーヴェだけみたいです」
「やあ、久しぶりだね。ネリー」

彼女に声を掛けたのは、チェッカーフェイスとしての仮面をとり払った川平だった。

「チェッカーフェイス……、地獄の底から這い上がってきてあげました。貴方に復讐するまで、私は殺しても死にませんけれど」
「そうかい。ところで、君はアタシを殺せば満足するのかい?」
「川平さま……!」

彼のその不穏な言葉に、彼の袖に縋りついていたクオレはその名前を呼ぶ。
しかし、予想に反してネリーは口元を釣り上げるとそれを否定した。

「私を侮辱するのも大概にしていただけますか。貴方の同情も憐れみも、私には必要ない」
「だろうね。君が憎んでいるのは、運命そのものなのだから」
「私にとって貴方に勝つということは、運命に勝つということと同義。予知能力を持つ種族である貴方の作ったシステムを破壊できれば、私の勝ちです」

結果、この星がどうなろうが知ったことではない。
むしろ、この星ごと心中することこそが、彼女の目的なのだ。
それは、チェッカーフェイスがこの星を守ることに信念を掲げてきたからに他ならない。
なにより、誰より、ネリーは運命を憎んでいる。

「昔の私は貴方に破れ、身体を失いました。ですので、代理を立てて戦うことにしたのです」
「それが、ネーヴェというわけか」
「くすくす。このリングに、見覚えがあるのではないのですか?」

そう言って彼女が掲げた左手薬指には、いつの間にか赤黒く光るリングがあった。
その手の中には、おしゃぶりの代用品となるはずのもの。

「それを返せ!」

そう言ったのは、この場で唯一まだ戦えそうな綱吉だ。
ネリーは、何も答えず笑みを深めた。

パアァアン!

突然、器が粉々に砕け散る。
その欠片を見て、全員が絶句した。

「凄く綺麗だと思わない? 運命が壊れる瞬間の音って」
「なっ!?」
「くすくす、1人救えなくなっちゃいましたね、どうするおつもりですか? ……残りも、頑張って守ってくださいね」

そう言ったネリーは、ふっと笑みを消すと、声高々にこう宣言した。

「さあ、ここからが本当の代理戦争よ!! ネリーの代理はネーヴェただ1人!! この世界とアルコバレーノの命運を賭けて奪い合いましょう!! 未来を!!」