02


『その健やかなるときも、病めるときも、
喜びのときも、悲しみのときも、
富めるときも、貧しいときも、
これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?』

月光が差し込む深夜0時。

『死がふたりを分かつまで、
いいえ、死がふたりを分かとうとも、
愛し慈しみ貞節を守ることをここに誓います』

2人きりで、神に誓った。
だって私たちは、愛し合っていたのだから。

「お兄様……私の、私だけの……」

誓いの言葉と共にお兄様が、私の薬指に指輪を通してくださった。
なんでも願いの叶う、魔法の指輪を。
これを使って、私はこの愛を証明するのです。
貴方を奪った、この醜い世界に復讐することで。


◇◆◇


ネリー、いいえ、本当の名はフィオネリア。
彼女は、とある貴族の令嬢として生を受けた。
生まれながらにして、身体が弱かった彼女には余命が言い渡されていた。
余命宣告を裏切り続け、彼女はベッドから一歩も動けないままに成長していった。
そのことを家の者たちは快く思わなかった。
子供を為せない女子に意味はない。
貴族の娘の一番の仕事は、政略結婚のための道具になることだ。
一番重要な部分に欠陥がある、そんな娘など不要。
家の中での彼女の扱いはそれはもう酷いものであったが、それでも彼女は生き続けた。
それは、唯一自分に優しくしてくれる、兄がいたからだった。

しかし。

その兄は、ある日を境に突然姿を消した。
彼女は健気にも、その兄を信じて待ち続けた。
『お兄様が私を捨てるはずがない』
彼女は、死に瀕したその最中、兄に黙ってこの世を去ってしまうことに対して絶望した。

そうして灯したのが、夜の炎。
彼女は、兄を探し彷徨う亡霊へと成り果てたのだ。
彷徨い続けた。何年、何十年も一人で。

そんな時、彼女に手を差し伸べたのが、チェッカーフェイスだった。


◇◆◇


「おい、チェッカーフェイス。もうこれは、本来のルールなんて関係ねぇんだろ?」
「オレたちも加勢するぜ。ツナ」

そう言った獄寺と山本が、綱吉の傍に立つ。

「みんな!!」
「残ったのはたったこれだけですか」

見回したネリーは不敵に笑った。
ユニ含めアルコバレーノたちも残っているが、呪われた状態の彼らは大した戦力にもならないだろう。
問題は、やはりチェッカーフェイス――いまはもう川平の姿だが――だ。

「君たちは下がっていなさい。これは、私と彼女の問題だからね」
「そういうわけにも……わっ!」

そう言いかけた綱吉たちに、再び物凄い圧の川平の炎が押し寄せる。

「ネリー」

背後からネリーの耳に聞こえてきたのは、懐かしく記憶に刻まれたあの声だった。

「お兄……っ!!」

振り返りかけた時、彼女は気付く。
(違う!! これはまやかしだ)
一瞬の判断で自分の手に鎖を巻き付けると、宙を舞って地面に降り立った。

「……危なかったです。お兄様は、私の事をそんなふうに呼ばない……」

指を飛ばされかけたのだということに気付き、ネリーの背に冷たい汗が流れる。
指輪を、もう一つの手で庇うように包んだ。
そんな彼女に、川平は諭すようにこう告げた。

「ネリー。君の兄は、君の事を愛してはいなかった」
「黙れっ!! 貴方になにがわかるというのです!? お兄様をこれ以上愚弄してみなさい。私が許しません」
「君はもう、その指輪の力を使えない。違うかい?」

その言葉に、ネリーが目を見開く。

「……バレていましたか」
「ここまでだ、ネリー。大人しく彼女の中から出ていくことだ」

しかし、ネリーはこれほど愉快なことはないというように口角を上げた。

「これでハッキリしました。私を、ネーヴェの命を奪う気があれば、とっくにそうしていたはず」

(不老状態になった私を拾ったのも、同情などというくだらない感情からなのでしょうが)
生き物として下にみられているという屈辱。
兄を、ネリーの全てを奪ったことに、責任でも感じたのだろうか。
あの洞窟で兄の遺骸を見つけるまで、彼のしていることには何とも思っていなかった。
しかし、真実を知ったネリーは酷く侮辱されたように感じたのだ。
自分は、憐れまれたのだ。この男に。

「こいつに勝てないことは既に立証されてる。これ以上は無駄か……」

そう呟くと、ネリーは諦めたようにため息を吐いた。
ここから先は、1つの賭けだ。

「まぁいいです。目的は果たしました」
「!」

その言葉に、川平が反応する。
それを見て、ネリーはニヤリと笑うと捨て台詞を吐いた。

「それでは皆様ごきげんよう。この先何があろうとも、私がハッピーエンドになど致しません」

彼女の表情から滲み出る執念と憎悪の深さに、見ていたものは息をするのも忘れて魅入った。
暗い瞳が底も果てもなく全てを飲み込むように、世界を見ていた。

「クオレ、きっと貴女もチェッカーフェイスがいなければ私みたいになっていたはずだよ」

そう言ったのを最後に、ふっとその瞳から意志が消える。
濁ったそれには敵意がなく、ただ目の前にある現状を理解していくとともに恐怖に染まっていく。

「ネーヴェだね」
「あ……、あぁ……、ごめ、なさ……。こんな、つもりじゃ……」

川平の名を呼ぶ声に、彼女がかたかたと震える。
その様子に、その場にいる者たちは、目の前にいるのがネリーではなくネーヴェであることを理解する。

彼女は混乱していた。
自分のしでかしてしまったことの重大さに。
今回は、入れ替わっていた時の記憶がネーヴェにもあった。

おしゃぶりの代わりになるはずだった器を1つ壊し、その作り手を害した。
それは、決して許されることではない。許されていい事ではない。
そのせいで、虹の呪いが1人だけ解けなくなってしまったのだから。

呪いを解くこと。
それは、愛する人が何より、誰よりも強く願っていたこと。
(それを、私は……)

「こんな、はずじゃ……っ」

ネーヴェから沸き起こった夜の炎が勢いを増す。

「これはまずい。早くあの指輪を外させねば」
「あの指輪を外させればいいんだな」

川平の言葉に、綱吉が頷く。
しかし、彼女の炎は何をするでもなく収束していった。
そこに残ったのは、1個のワープホールのような何かだった。

「指輪の力を使ったか」

そう言った川平は、ワープホールに触れようと手を伸ばす。
しかし、それは寸前で弾かれてしまった。
予想通りというように、彼は手をさする。

「このまま放っておくのもまずいがね。あのリングは、持ち主の望みをなんでも叶えてくれるリングだから」
「んな、滅茶苦茶なー!!」

なんでもない事のようにそう言った川平に、死ぬ気モードの解けた綱吉が突っ込む。
しかし、黙って見ていたリボーンは、冷静にこう疑問を呈した。

「ただ叶えるだけじゃねぇんだろ?」

その不穏な響きに、マーモンは悪い予感に駆られる。

「どういうことだい!?」
「全部話してもらうぞ、チェッカーフェイス」

川平は光る眼鏡の奥の瞳を眇めると、こう口にした。

「あれは“絶望の(ディスペラツィオーネ)リング”。第8属性の炎、夜属性のリングだよ。持ち主の願いを叶える代わりに、持ち主からそれに代わる何かを奪うのだ」

そして、川平は語る。

彼は初めから、ネーヴェの中にネリーがいたことに気づいていた。
ネーヴェが彼と初めて出会ったときには既に、彼女の中にネリーがいたのだ。
しかし、ネーヴェから彼女を無理やり引きはがすことは出来なかった。
ネーヴェは、ネリーの夜の炎を借りることで生かされていたからだ。
彼女を放置した理由はもう一つある。
ネリーは、乗っ取った体であのリングを使うことは出来ない。
リングに触媒として差し出すものは、自分のものでなくてはならないからだ。

「ネリーは、自分の代わりにネーヴェにあの指輪を使わせるつもりのようだ。彼女は目的を果たしたと言っていた。この戦いの中で、ネーヴェは夜の炎に目覚めたのだろう」

そして、ネリーがネーヴェに叶えさせようとしている望みはおそらく……。

「それで、ネーヴェは今回なにを失ったんだい?」

そう尋ねたのはマーモンだった。
今、目の前でネーヴェは指輪の力を使ってどこかに消えた。
ならば、彼女はその代償として何かを失ったということになる。

「それは私にもわからんね。あの指輪の恐ろしいところは、何を失うのか予測がつかないところだ」

これこそ、あの指輪が絶望のリングと呼ばれるに足る所以。
絶望しては求め、失ってはまた絶望し求める。
その悪循環、泥沼、底なし沼、なればこそ持ち主はそれを手放せない。
自分の意志であの指輪を指から抜いた者はいないと伝わるほどだ。

「彼女はおそらく、この現実と向き合うことを拒み、自分の世界の中に閉じこもったのだろう」

もし連れ戻せるのならば、チャンスだ。
むしろ、彼女を救うのならば今しかない。
彼女は自分の力で夜の炎を灯すことができた。
それはすなわち、ネリーがいなくても生きていけるということなのだから。

「しかし、そこまで簡単にはいかないだろう。彼女の心に入っていけるものがいない限り……」

先ほど川平が試したように、このワープホールは他人を寄せ付けない。
近づこうとすれば、弾かれてしまうのだ。

「僕が行ってくるよ」
「!!」

そう声を上げた者を見て、全員が目を丸くする。

「マーモン!!」

マーモンには、ネーヴェが自分を拒絶しないという確信があった。

「ネーヴェは1人で思いつめると、ロクなことをしでかさないからね」

そう言ったマーモンは、ワープホールに近づくと躊躇なく手を伸ばした。
その手が弾かれることはなかった。

「私からも頼んだよ。彼女を連れ戻せるとしたら君しかいないだろうしね。しかし、この中はおそらくネーヴェの世界だ。君の得意な幻術は使えないだろう。それでも行くのかい?」
「彼女を連れ戻したら、世界を救った分だけの報酬期待してるよ」
「ああ、約束しよう。だが、君はとことん素直じゃないね」

そう言った川平は、全て分かっているとでもいうように微笑んでいた。
彼の影に隠れていたクオレは、マーモンに向けてぼそっと本音を漏らす。

「……こんなこと言いたくないけど、ネーヴェを頼んだわよ」
「ム、勘違いしないでくれるかい? 僕は君たちに言われたから行くんじゃないよ」

その言葉に、クオレはカチンときたように頬を膨らませる。

(嫌な奴……! ネーヴェはあんなののどこがいいの!?)