スリザリン寮監のホラス・スラグホーン教授は、生徒をコレクションするのが趣味だった。
私も新入生の時、教授が主催しているスラグ・クラブという会合に誘われた。
丁重にお断りするつもりであったのだが、教授があまりにも熱心に勧誘するものだから、生徒という立場上あまり無碍にも出来なかった。
初めて学生時代の私の母の話を聞かせてくれたのも、彼だった。
「彼女を理解しようとするとは即ち、万華鏡を覗き込むようなものだ。解するより先にこちらが狂ってしまう」
それが、彼の母への評価だった。
彼女はスリザリン生で、スラグホーンのお気に入りだった。
むしろ、教授は彼女の熱狂的なファンだった。
とびきり優秀な彼女はしたたかで計算高く、けれども頭のネジが飛んでて大胆不敵。
私とはまるで対局だった。
とんでもない“悪女”だったとはいえ、その型破りな性格に拐された人間は少なくなかったと聞いている。
そんなこんなで、何度目かの会合の時、私はついに感情を爆発させることとなったのだった。
「君はスリザリン寮に入るべきだった」
そう、教授が私に言ったのが契機だった。
その言葉を聞いた瞬間、私の中でなにかがぷつんと音を立てて切れた。
「それはどうでしょう。私には人を楽しませるような愉快な話題を提供したりすることもできませんし、周囲を魅了するような素敵な笑顔も、自らを大胆にさせるだけの魔法の才能もなければ、輝くばかりの美しいブロンドでもありません。ですが……。ですが、私は頭の緩いビッチでもありません」
「ミス・スタラッティーテ」
私は、教授の困惑したような自らの名を呼ぶ声に、はっと我に返った。
他の生徒たちの、ぎょっとしたような視線が居心地の悪さを助長させる。
「失礼します」
それが、スラグ・クラブでの最後だった。
その日から、教授が私をしつこく勧誘することはなくなった。
彼は無意識の裡だったのかもしれないが、それは確かに私に劣等感を植え付けた。
いつかの日の母と私を重ね、比べて落胆するような視線が、いまも私の中に残っている。
「大丈夫?」
会合から逃げ出した私を追いかけてきたのは、赤毛の美しいグリフィンドール生だった。
彼女とは特別親しい間柄ではなかったが、スラグ・クラブで出会ったことをきっかけに何度か話すことはあった。
「リリー・エバンズ?」
「ええ。あなたのあんなに取り乱している姿、初めて見たものだから」
心配だったの、なんて言う彼女は優等生だ。
彼女が他人に親切にする行動には裏も表も、多少の打算すらない。
いつでも、誰にでもそうだ。
自分と相手の間にある壁を乗り越えて、手を伸ばすのに戸惑いがない。
真っ先に飛び込んでいける。
こういうところに、育ちの違いを感じるのだ。
彼女の持つような、自己肯定感に基づく相手に受け入れてもらえるという自信や確信は、私にはないものだ。
故に、彼女と私は全く別の生き物だった。
そんな彼女が私は恐ろしく、そしてまた慈悲をかけられているようで腹立たしかった。
「意外だった?」
そう笑った口から、思ったより冷たい声が出た。
私はいつも大人しく、なるべく人目につかないようにひっそりと過ごしていたのだから、さぞや驚いたことだろう。
私にだって感情はあるし、怒りもするのに。
「そう、ね……。少し驚きはしたのだけれど」
「ありがとう、大丈夫よ」
そう聞いてホッとした彼女の顔に、微笑んで見せた。
彼女の深いグリーンは濁らない。
ああ、でも、私の瞳は、酷く歪んだ色をしていることでしょう。
運命のベルが鳴り響くプラットホームで生存戦略を叫ぶ
「まほうつかいなの?」
「ム」
そう言って見上げる彼女が、存外幼かったことにバイパーは驚いていた。
幼い、なんてものじゃない。
どこからどう見ても、大人の庇護がなければ生きられないような子どもだ。
後にこのとき彼女が三歳であったことを知るが、どのような育ち方をすればこうなるのか、今でも疑問で仕方ない。
そして、見た目を誤魔化していた理由が、想像とは全く違っていたことに漸く気付いたのだ。
これほど幼い子供が一人でこんなところを歩いているなど、攫ってくださいと言っているようなものだ。
迷子なのかとも思ったが、それにしては落ち着き払っているし、妙にしっかりした物言いをする。
そして彼女自身、自らの身の危険を理解しているということが、周囲には大人の姿に見えるように偽っていたことから推察できた。
もしくは、自分の幻術を見破ってくれる相手を――術師を探していたのかもしれないけれど。
何はともあれ、面倒ごとの気配を感じたバイパーは、彼女を無視することにしたのだが。
「まって! まほうつかいさん!」
“魔法使い”なんて、子供向けの絵本に出てくるような架空の存在だ。
幻術は他人を欺くためにあるもので、一般的な魔法のイメージとはかけ離れたものであるのだから。
「なんでついてくるんだ」
そのうち諦めるだろうと振り向かずに歩いていたが、自分の後をついてくるのをやめない彼女に、バイパーは辟易してそう言った。
「親を探すなら他をあたりなよ。僕は慈善活動なんかしないんだ」
「ちがうの! でしにしてほしいの!」
「弟子なんて持つ気はないよ。そんなのがいたところで、一銭にもならないからね」
「しゅっせばらいじゃだめ? とうしだとおもって、おねがいします」
意味を理解して言っているのだろうか。
やけに難しい言葉を使いたがる子どもだと思った。
そう呆れて彼女を見下ろすも、自分を見上げる彼女の目は未知との遭遇を果たしたとでもいうようにきらきらと輝いていた。
それはさておくとして。
既にこれほどの幻術を使えるなど、末恐ろしい才能を持った子だと思った。
この頃はまだ、虹の呪いもなかったためにどこか余裕があったのだと思う。
彼女を弟子に取ったのは、一種気の迷いのようなものだったのだけれど。
この短い会話の中に顕現した彼女の賢さは、将来性を感じさせるのに十分だった。
「いいよ。どうせ、君の方から音を上げるんだしね」
◇◆◇
依頼された任務をこなしてバイパーが家に帰ると、エテルナはソファですやすやと眠っていた。
幼い寝顔は穏やかで、微かな寝息が聞こえてくる。
その無防備な様子に加虐心をそそられ、少し悪戯をしてみたくなった。
頬をつついてやろうと、そっと指を伸ばす。
しかし、触れそうになった瞬間彼女の方が動いた。
指をパクッと唇で食まれ、バイパーは驚いて手を引っ込める。
「なっ、起きろよ!」
「……おきてるわ」
「間違いなく寝ぼけてただろ?」
気怠そうに身体を起こした彼女は、瞳に激しい感情を灯して、目を伏せる。
長い睫毛が僅かに震えているように見えた。
「かみちぎってやろうかと、おもったのに」
「ムムッ、なに馬鹿なこと言ってるのさ」
「ほんきだもん」
そう言った彼女には、少しくらいは子供らしいところもあるようだった。
しかし実際のところ、彼女はまだ片手きっかりで数えられるような年であるはずだ。
これでもまだ子供らしさは全然足りないはずなのだが、エテルナといたせいでそのあたりの感覚が麻痺したらしい。
生意気で可愛くないガキだと思っていたが、拗ね方を見ていると、彼女がまだ子供なんだということが実感できる。
「……ねぇ、さいきん、どこにいってるの?」
「エルには関係ないよ」
やはりそのことか、とバイパーは思った。
最近は鉄の帽子の男の依頼で家を空けがちだったことに、エテルナは不満を感じているのだろう。
バイパーはわざとらしくため息を吐くと、「まさか、寂しいなんてめんどくさいことを言い出すんじゃないだろうな」と呟いた。
それを聞いたエテルナは、「そんなのじゃないわ」と頬を膨らませる。
「ただ、ばいぱーがだれかといっしょにしごとするなんて、へんだとおもっただけ」
「別にやりたくてやってるわけじゃないさ。報酬には満足してるけどね」
そう言ったバイパーに、もっとエテルナが「行かないで」と縋っていれば、未来は変わっていたのだろうか。
変わらなかったに違いない。
バイパーは自分の行動に口を出されるのを嫌うし、そのことはエテルナだって理解していた。
しかし、何を言ったところで無駄だったのなら諦めがつくというものでもない。
バイパーは、ある日を境にエテルナの前から姿を消した。
