一見答えのない問いにも、私にとっては答えが存在し、それを言い当てて生きていかなければならない。
レールが敷かれているのにわざわざそこから外れて道なき道を行く、シリウス・ブラックのような人物も中にはいるけれど。
家を継ぐのだということが決まった時から、その者には相応の責任が付きまとうのだから。
「エテルナさんってお家継いで〜、お婿さん娶るんでしょ? いいな〜!」
「お相手は〜、純血名家の次男坊とか! 名家の世界って憧れる〜!」
そう言ってはしゃぐ学友たちに、曖昧な笑みを返した。
私も、彼女たちの立場なら同じように思っていたことだろう。
きっと。
◇◆◇
ホグワーツ時代、憧れていた先輩がいた。
彼女はまさに、エテルナにとっての理想だった。
「すいません。お邪魔でしたか?」
「いいえ、全然お邪魔じゃないわ」
そうゆったりと母性を感じさせる微笑みでエテルナを迎えたのは、同じレイブンクロー寮の制服を着た女生徒。
知的探求心が豊富で、周りに流されないだけの自分を貫く強さがある。
パンドラは素敵なひとだった。
そんな彼女の魅力は十分周囲に理解されていたが、彼女はなにより実験が大好きだった。
恋などよりも研究に興味がある彼女に、男どもは涙を呑んで諦めざるを得なかった。
今まさに彼女の隣にいたのは、またしても彼女に魅了された男であったのだけれど。
「君にも一冊あげよう」
「ありがとうございます……?」
その男子生徒はエテルナに一冊の雑誌を差し出すと、パンドラに「じゃあまた」と言って去っていった。
彼についても、この寮内に知らない人はいないだろう。
こちらは主に“悪い意味で”有名だったのだから。
ゼノフィリウス・ラブグッドは、寮内どころか学校内でも、いわくつきの変人だと専らの噂だった。
これまでにも、彼が良くわからない怪文書をばらまいているのを見たことがある。
もっとも、怪文書だと思われているだけで、本人は大真面目に書いた記事らしいが。
そんな彼は、わかりやすくもパンドラに熱を上げていた。
誰もがそんなゼノフィリウスをみて身の程知らずだと囃し立てたが、エテルナはそうは思わなかった。
なぜなら、エテルナの目を通してみたパンドラは、彼に恋をしていたのだから。
「ゼノは編集長になりたいんですって。一番に君に読んでほしかったんだって、さっきも慌てて渡しに来てくれて」
そのときの彼の様子を思い出したのか、パンドラは溢れそうなほどの光を湛えた瞳を伏せてそう言った。
「幻の魔法生物……、死の秘宝……? これって童話の話ですか?」
エテルナは、表紙の奇怪な絵や文字に目を走らせると、至極まっとうな疑問を口にした。
それに対して、パンドラはくすっと上品に笑うと、楽しそうにこう語ったのだった。
「普通は実在するなんて考えられないわよね。でも、こういうの、夢があるわ」
つつっとパンドラの形のいい爪の先が、机に置かれた雑誌の表紙をなぞる。
そして、伏せていた睫毛がまた上を向く。
彼女と目が合った。
その目に心の奥底まで見通されているような気がしたのだけれど、エテルナは不快ではなかった。
「エルちゃんにもあるはずだよ」
そしてただ純粋に、彼女はそう呟いたのだ。
疑問形ではなかった。答える必要もなかった。それはパンドラの優しさだった。
――――言い当てるべき答えを、返してはいけない。
エテルナはそう直感した。
それは、真摯な彼女に対する冒涜なのだから。
「夢……」
結果、エテルナの紡ぎかけた言葉は宙で途切れた。
暗闇にひとり取り残されてしまったかのような不安だけが、胸の内に暗雲をかける。
嬉しいのか悲しいのかわからない感情が、ぐるぐる巡って吐き出せない。
結局、なにも言えなかった。
パンドラはその年卒業してしまったし、彼女との会話はこれが最後になってしまったのだけれど。
◇◆◇
「来てくれたんだね、ありがとう」
「パンドラ先輩は私の憧れ、でしたから」
数年の後、再会した彼女は棺の中だった。
彼女は結婚して子どもをもうけたが、実験に失敗して亡くなったらしい。
「呪文の暴発で娘さんの目の前で……」
「まぁ、あんなに小さな子の……、可哀想に……」
そんなひそひそ声がどこからか聞こえる。
花を両手に抱えた少女は泣いてはいなかったけれど、小さな背中は壊れそうなほど儚かった。
「ミスター・ラブグッド、お力になれることがあればいつでもおっしゃってください」
「ありがとう。娘のルーナも喜ぶよ」
エテルナはそうゼノフィリウスに言い残すと、その少女の背に歩み寄った。
「ルーナちゃん」
少女の目の前に屈んで、目線の高さを合わせる。
「だあれ?」
「私はね、ルーナちゃんのお母様の知り合いなのよ」
「ママのおともだち?」
その言葉に、「そう」と頷く。
そして、ルーナの頭を優しく撫ぜると、秘密を打ち明けるようにこう囁いたのだった。
「パンドラ・ラブグッドは失敗を恐れなかった。私の知る中で一番すごい魔女よ」
ルーナは聡明で良き魔女になるだろう。母親のように。
だからこそ彼女たちの歩む道が、私たちのようであってはならない。
君が可愛いから永遠にだって側に置きたいの
「ム……、ここはどこだ……?」
マーモンが目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。
ザンザスと沢田綱吉の、ボンゴレ10代目の座をかけた指輪争奪戦。
ザンザス側の霧の守護者として戦ったが、負けそうになって逃亡し、逃げ遂せた思っていたのだが。
しかしこの状況をみると、おそらく捕まったのだということが推測できた。
逃げられないように足首が鎖で繋がれているのだから、間違いないだろう。
その上、どうやら能力も封じられてしまっているようで、その鎖を外す術を今は持たないことを認めざるを得なかった。
それはそうだとしても、マーモンにとって自分の身に起こっていること全てが不可解すぎた。
まず、身を包んでいたのはいつもの自身の隊服ではなかった。
柔らかくて肌触りのいいシフォン生地に、ふわっとチュールレースがついた代物。
真っ白なこれは、どこからどう見てもウエディングドレスだ。
悪趣味極まりないという感想しか出て来なかったが、幼児趣味のド変態にでも売り飛ばされてしまったのだろうかという疑念が頭を過る。
「これを着せたのがどんな奴なのか見てやろうじゃないか」という虚勢を心の中で張って見せたが、この状況が些かまずいことは疑う余地もなかった。
ガチャ。
扉の開いた音に、マーモンは素早く反応して身構える。
しかし、扉の向こうに現れた人物は、どこか見覚えのある女だった。
「ねえ、ねえ、逢えてうれしいわ! バイパー!」
「ムギャッ」
圧し潰さんばかりの勢いでそいつに抱き着かれ、誇張ではなく息が止まりかけた。
それに気づいて、「ごめんね」と言って慌てて身体を離した相手を、マーモンはもう一度見た。
「ムムッ、君は……エルかい?」
「ふふ、驚いた? 久しぶり、バイパー」
子どもの成長は驚くほどに早いというが、彼女もまたそうだった。
目の前の少女が昔の弟子だということに気付いたのは、単にマーモンの洞察力が優れていたからに他ならない。
利口者で可愛くない性格のあの幼子が、イタリアの古壁画に描かれたような初々しくも美しい思春期の少女となって、目の前にいたのだから。
「一体どうなってるんだ……?」
これも幻覚なのだろうかとマーモンは訝しんだが、おそらく彼女は本物なのだろう。
それは、長年術師として戦ってきた経験からくる直感というものだった。
そう怪訝そうに零れた声を聞いて、エテルナはこう解説する。
「霧戦で負けたあなたを私が保護したの。六道骸と取引してね」
「保護だって? どう見ても拉致監禁じゃないか……」
昔から、エテルナの束縛の激しい性格はなんとなく感じ取っていた。
が、あれから10年も会っていない自分に対して、それが向けられている今の状況は理解の範疇を超えていた。
「また昔みたいに一緒に暮らそうよ! 今度は逃げられないようにするから」
そう嬉々として言った彼女を見て、マーモンは呆れたようにため息をもらす。
「黙って消えたことに怒ってるのかもしれないけど、僕にも事情が……」
「どうでもいいよ、そんなの」
エテルナにとってそれは本当にどうでもいい事だったが、マーモンにとってはそうではない。
マーモンはエテルナのその言葉に、少しずつ腹立ちが増していくのを感じていた。
「それで、このふざけた恰好は嫌がらせかい?」
「どうして? 似合ってるのに」
そうこてんと首を傾げたエテルナは、相手の感じている不愉快など露ほども気にかける素振りは見せなかった。
それどころか、「そのサイズは売っていなかったから私のお手製なのよ」と言って微笑むことさえした。
言葉が通じない。
マーモンがそう悟るのに時間はかからなかった。
「あっ、そうだ、薬指を出してくれるかな?」
そして、そう言った彼女が手に持っているものを見て、これまでの会話など比にならないほど頭を抱えたくなった。
「まさか、結婚指輪だなんて言うんじゃないだろうな」
「そうだよ。素敵でしょ?」
指輪を持っている手と逆の手を頬に添えて、うっとりと熱い吐息を漏らす彼女の瞳は本気だった。
そんな彼女から、マーモンはじりじりと距離をとる。
「冗談じゃないぞ。それにそれ、内側に何か塗ってあるね」
「さすがバイパー、よく気づいたね。でも心配しないで? ただの接着剤だよ。だって、外れたら困るでしょ?」
「はあ!? 冗談もいい加減にしないと本気で怒るよ!!」
「むー……、なんで? なんで駄目なの? 私ね、つい先日16歳になったのよ。日本ではもう結婚できる年だって聞いたわ。だからなにも問題は……」
「大有りだよ!!」
10年以上1度も会っていない相手に、そんなことを言われたところで意味が分からない。
しかし、自分の言葉などろくに聞いていない彼女に正論を述べたところで伝わらないだろう。
そう考えたマーモンは、頭をフル回転させてこう言ったのだった。
「いいかい、エル。そんなことをしたら、僕は君を嫌いになるよ」
「んー……、わかった! バイパーが嫌がるならやめる」
しばらく悩む素振りを見せたものの、ぽいっと呆気なく指輪を捨てたエテルナに、マーモンはひとまず安堵する。
「分かったら、この鎖も外してよ」
「それは駄目。だって、逃げるでしょ?」
それはもちろん逃げるに決まっている。
この状況で逃げたくならない方がどうかしている。
「何が不満なのか全然わかんない。欲しいものがあるならいくらでもプレゼントするから、外に出なくても大丈夫なのに」
「……もしかしてあのプレゼントは君の仕業かい?」
「ああ、あれね、喜んでもらえた? 全部あなたのことを考えながら選んだのよ!」
「ふん、全部売って金にしたよ」
1人で盛り上がっている彼女に、遠慮もせずに事実を伝えるマーモン。
しかしエテルナは、その言葉にショックを受けるどころか目を輝かせてこう言ったのだった。
「よかった! 変わってなくて安心したわ! でも、お金が欲しいなら、私が貢ぐよ?」
「要らないよ。君からの施しなんて」
そのマーモンの卑屈っぽい言い方にプライドの高さを感じとったエテルナは、きゅうっと胸が息苦しいほど甘美な気分に浸っていた。
「……あっ、そうだ。お腹すいたでしょ? 直ぐになにか作ってくるね。奥の部屋には行かないで、そこで大人しく待っててね?」
そして、話をそらすと、ぱたぱたとキッチンの方に駆けて行ったのだった。
どうやら彼女は、簡単に解放するつもりはないらしい。
さて、どうやって逃げよう。
彼女が目を離した今のチャンスを逃す手はない。
マーモンはそう思って、脱出の糸口を探すのだった。
