「やあ。これはこれは、ガリ勉のミス・スタラッティーテじゃないか」

ジェームズにそう声を掛けられたエテルナは、表情一つ変えず無言で素通りしようとした。
しかし、彼はそれに驚いた声を上げると、引き留めるために彼女の腕を掴む。

「ちょっと! 無視はさすがにあからさますぎないかい?」

彼の手は、エテルナによって乱暴に振り払われた。
しかし、引き留めることには無事成功したようだ。
彼女は迷惑そうな態度を隠そうともせず、不機嫌な声で応対する。

「よく話しかけてこられるわね。私になにをしたのか覚えてないの?」
「そのことなんだけど、この間は悪かったよ」
「……なに?」
「だから、悪かったって」
「それで?」
「謝るよ」

そう言うジェームズは、真剣な表情をしていた。
しばし、エテルナは彼の目を無言で見つめ返す。
そして、諦めたようにため息を吐いた。

「そう。じゃあ、リリーに媚びを売るために私を使うのはやめて。外堀から埋めようなんて本当、いい性格よね」

そう吐き捨てるように言うと、取り付く島もなく踵を返して去って行ってしまった。

「ミス・スタラッティーテの方が一枚上手だったな。相棒」

取り残されたジェームズに、肩を組んでそう声を掛けたのはシリウスだった。

「うーん……なんか彼女、いつもよりイライラしてなかった?」
「それはいつものことだろ。ただでさえO.W.Ls(ふくろう)が近ぇんだから、それじゃねぇの」

まるで他人事のような口調でそう言ったシリウスだが、彼も同学年でありその試験の対象者だ。
しかし、彼らは慌てて勉強をする必要などないとでもいうような余裕を周囲に見せつけていた。

Ordinary Wizarding Levels(普通魔法レベル試験)は、5年生の学期末に2週間をかけて実施される。
将来の仕事に影響する重要な試験で、O.W.Lsで一定の成績を修めた生徒だけが6年生からのN.E.W.Tレベルの授業に進む事ができるのだ。
試験直前である今、学年全体にピリピリとした空気が漂っていた。

◇◆◇

寮室に戻ったエテルナは深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
ルームメイトは不在、部屋に一人きり。
ジェームズにはああ言ったものの、正直彼らのしたことを少しも恨んでなどいなかった。
リーマスの「許してやってほしい」の言葉にも、「もう気にしていない」と返してある。
彼らがエテルナにしたことは、軽い悪戯程度のものだったからだ。

つまり、セブルス・スネイプに対するそれとは明らかに違うということ。
あれは、闇の魔術に傾倒している者たちへの制裁行為。
ジェームズたち自身はスリザリンの生徒を攻撃することを、そう正当化しているのだろう。
――――であるのならば、もう関わってはいけない。

私にはどちらに賛同することも、許されてはいないのだから。

文机に腰かけると、エテルナは一通の封筒を鞄から取り出した。
これは、いつの間にか教科書の隙間に挟まっていたものだ。
封蝋に刻まれた印は、スタラッティーテ家のものだった。
杖でトントンとノックすると、蝋の家紋が消え、自然と封が開く。
この封蝋には、宛名の主しか開けないようにする魔法がかかっていた。
つまり、ふくろう便の検閲は入っていないということだ。
どのようなルートで私に届けられたのかは謎だが、そこまでして秘匿するほどの情報がこの中にあるのは間違いない。

「これ、は……?」

中の紙に目を通すと、驚きのあまり力をなくした手から封筒が滑り落ちた。

カチャン。
足元で金属が跳ねる硬質な音が響いて、我に返る。
封筒の中に入っていた鍵が、床に転がっていた。

◇◆◇

エテルナは一身上の都合により、O.W.Lsを当日に受けることができなかったため、後日魔法省にて追試という形になった。
だからこそ、新学期を迎えたエテルナにはこの状況の変化が、何によるものなのか知るすべはなかった。

――――リリーとセブルスが、絶交したようだ。

理由は聞かなくとも明白だった。
いずれ、そうなるとわかっていた。
グルフィンドールとスリザリンは分かり合えないのだから。

創設者であるゴドリックとサラザールのように。
そして、両親のように。

おままごとのためのチープな脚本

沢田綱吉は、久しぶりに学校に来ていた。
10年バス―カで飛ばされた10年後の世界、白蘭によって征服されかけた未来の世界から一時的に戻ってきたのだ。
アルコバレーノの試練を乗り越え、印を集めるために。

夕日の赤い光にとっぷりと浸かった教室に、感傷的な気持ちになる。
絶対帰ってくるんだ。皆で、ここに。

一人そう決意を新たにした時、ふと、エルの机の上に目線がいった。
紙のカバーがかかった文庫本が置きっぱなしになっている事に気付いたのだ。
あの凛とした空気を纏う彼女が、普段どんな本を読んでいるのかということに興味を惹かれる。
きっと、哲学書のような難しい本を読んでいるに違いない。

いけないことをしている気分になりながらも、そっと中表紙を覗く。
そして、“恋愛論”という、彼女とはどこかイメージの違うタイトルに首をかしげた。
エルさんでも、恋愛に興味とかあるんだな。
女の子なんだし、当たり前か……。
綺麗で、頭もよくて、とっつきにくさはあるけどいい子だし……、彼女がもっとクラスに馴染めればいいな。
そんなことを考えてきたとき、不意に名前を呼ばれて心臓が跳ねる。

「綱吉くん?」
「うわっ!! エルさん!!」
「はい。驚かせるつもりはなかったのですが……」

声がした方を見ると、教室のドアのところにはエルがいた。
聞けば彼女は、その本を忘れて取りに戻ってきたのだという。

「えっと……勝手に見てごめん!!」
「構いません。……ところで、綱吉くんは好きな人はいますか?」
「へっ!?」

その言葉に、以前獄寺くんが言っていた『あの女、10代目に気があるんすよ』という言葉が蘇る。
が、慌てて浮かんだその想像をかき消した。

(いや、ないないない。仮にあったとしても、オレには京子ちゃんが……)
しどろもどろになる綱吉とは対照的に、エルは落ち着いていた。
そんな彼女の表情が、どこか昏く沈んでいることに気付いて、綱吉はハッとする。
まるで今の彼女は、自殺しようとしていた時の山本のようだったのだ。

「“恋とは甘い花のようなものである。それをつむには恐ろしい断崖の絶壁の端まで行く勇気がなければならない”この本の中の言葉です。……そんな恋を」

だからこそ、詩を詠むように滑らかにそう暗唱した彼女に、真剣に答えを探し紡いでいく。

「よくわからないけど、オレは好きな子を、大切な人たちを守りたいと思う。だから、さ、エルさんも難しく考えなくていいんじゃないかな」
「……そうですね」

そう、俯いた彼女の口元は微笑んでいた。

「また明日、綱吉くん」
「うん、また明日」

表情が明るくなったように見えたエルに、綱吉はホッとしてそう緩やかに手を振り返す。
彼女は、背を向けて教室を出ていった。

「勇気じゃない……、だって、死ぬことなんかよりずっと、この気持ちを手放す方が怖いもの」
徐々に暗くなっていく教室の中、温度のない呟きがどこからか聞こえたような気がした。

◇◆◇

それは、運命の朝だった。
つつがなく登校したエテルナは、そろそろ学校も辞め時だな、と考えていた。
本来ならば高校一年生に相当する年齢であるし、指輪争奪戦が終わった今、もうここに用はなかった。

――――さっさとイタリアに戻ろう。

そう考え、エテルナが帰って荷物を纏める算段をしていた時、先生の言葉が教室に響いたのだった。

「突然ですが、今日からこのクラスに転校生が二人来ることになりました」

朝のホームルーム。
先生のその一言に、生徒たちの好奇心が集中する。
教壇に立っていたのは、自称二卵性の双子である女の子と男の子だった。

針山姫子と針山紋太。

偽名を使い姿を幻術で誤魔化してはいるけれど、エテルナには一目でわかった。


「ねぇ、バイパー」
「ムムッ。気づいてたのか」

廊下で一人になった瞬間を捕まえ、周囲の人の気配に警戒しながらの会話。
エテルナが並盛に通っていることを知らなかったマーモンにとっては、完全に想定外の事態だった。
けれど、バレた以上は、釘を刺しておかなければならない。
まだ、沢田綱吉やその守護者、その周辺の人間に正体を知られるわけにはいかないのだから。

「わかるよ! 匂いでわかるよ! あとねあとね!」
「それ以上は聞きたくない。学校では紋太って呼べよ。それに、今の僕はバイパーじゃなくてマーモンだ!」

ゾッとするようなことを言うエルの言葉を遮ると、前回言い損ねたこともついでに言っておく。

「ややこしいね」
「悪いけど、君に構っている暇はないんだ」

エルのペースに巻き込まれてなるものか。
その強い意志と共に拒否すると、彼女は見るからにしょんぼりと眉を下げた。

「……指輪争奪戦の時はごめんね、バイパー」
「……」

予想外の返しにマーモンが面食らっていると、彼女はそのままの何気ない口調のままこう続けた。

「本当なら完全拘束・目隠しした上で、“愛してる”って私が囁き続ける声を録音した音声を、ヘッドフォンで24時間流し続けて洗脳しようかと思ってたんだけど……」
「一瞬でも絆されそうになった自分がバカだったよ。病院行けよ!!」
「気が早いよバイパー。さすがにまだ赤ちゃんは出来てないと思うんだけど」
「誰が産婦人科の話なんかしたんだ。一生入院して出てくるな!!」

エルは、間違いなく、疑う余地もなく、隔離が必要なレベルで頭がおかしい。
全く、親の顔が見てみたい。
彼女の幼少期に一番一緒だった自分が言うのもおかしな話かもしれないが。
なんでこんな奴がいつまでも野放しなんだ。

当のエテルナは、「本当の姿じゃなくても、表情が見えるっていいね。新鮮で」などと呑気なことを言っていたけれど。

「笹川さんたち、帰りも一緒なの? そっか……」

どうやら彼女は、笹川京子と黒川花に校内の案内を頼んだのを見ていたようだった。
またしてもしゅんとうなだれたエルに、もう騙されないぞ、と思ったマーモンは毅然とした態度に徹する。
(エルを撒くためにはエサが必要だ)

「……今度の休日だけど、街へ出掛けるんだ。君も来るかい?」

一瞬の間があった。
彼女は言われた言葉を理解すると同時に、目の奥をキラキラと輝かせると頬を上気させる。

「うん!!! 行く!!!」
勢い込んで頷いたエルに、マーモンは「単純な奴だな」と呆れてため息をついたのだった。