始まり

その日は、雨が降っていた。
お気に入りの青い紫陽花柄の傘を持って、どんよりする黒い雲から数え切れない程の雨粒が降り注いでいた。

車道を通り過ぎる車は、アスファルトに溜まった水を跳ね、シャーっと音を立てて通り過ぎる。

びちゃびちゃになったアスファルトを歩く度に、ローファーが濡れて、靴下もぐちゃぐちゃ。

こりゃ、明日はスニーカーで登校か、と重い気持ちにため息を吐いた。

「···、ん?」

ふと前を見ると、赤い傘が頃がって···?
いや、よく見ればオレンジ色のランドセルが、傘の隙間から見えた。

どうやら座り込んでいるようで、雰囲気から小学校低学年の子だろう。

カタツムリでも見つけたのかな?
と、通り過ぎる。

けれど何か気になって、振り返ってみれば具合が悪そうに体を丸めて震えていた。

顔色も青白く、今日は肌寒い日だ。
体調を崩してしまったのだろう。

「···大丈夫?立てる?」

大丈夫では無い事は容易に想像出来た。

「···」

女の子だ。
紫色の目、茶髪のボブカットの女の子が、私の姿を捉えた。

虚ろに、弱々しく頷く。
これは···。
今にも倒れそうだ。

「ごめんね。触るね」

額に手の平を当てればかなり熱い。

「お父さんやお母さん、お家の人呼べる?」

「···」

返事は無く、意識が飛びそうなのを、必死で保つのが精一杯なのだろう。

私は意を決して救急車を呼ぼうとスマホを取出すが、女の子が私の腕を掴んで首を振った。

「···呼ぶなって事?」

「···」

こくんと頷く女の子。
これは困った。

「誰か、呼べる人いる?」

「どうしましたか?」

家の人も言えない、救急車も拒否···。
どうしたらいいものかと困っていると、後ろから声を掛けられた。

「この子の具合が悪いんです。何処か小児科のある医者に連れて行きたいのですが、どうやらご両親と連絡が取れないみたいで」

「···哀ちゃん?」

後ろを振り向けば、浅黒い肌に金髪の男性が私達を見ていた。

事の経緯を話せば、その人はこの子の知り合いらしく、少し気持ちが軽くなったのがわかった。

「お知り合いですか?」

「えぇ、直ぐに僕の車に乗せましょう。後は僕が彼女を送りますから、助けて頂いてありがとうございました」

その人は軽々女の子を抱き抱えると、白いスポーツかーの助手席に乗せた。

ランドセルと傘は後ろのトランクに乗せた。

「いえ、私は声をかけただけで···。あ、良ければコレ使ってください。ハンカチ、汗を拭いてあげてください」

女の子の虚ろな目が、私を見る。
額に張り付いた汗をポンポンとやんわりハンカチに吸わせた。

「良かったね。家に帰れるよ···早く良くなってね」

「ありがとうございます。では、車を出しますね」

「いえ、こちらこそありがとうございました。よろしくお願いいたします」

私は白いスポーツカーが見えなくなるまで、見送った。

今を思えば、これが全ての始まりだったのかもしれない。

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