またあした
小鳥の囀りで目が覚める。あまりよく眠れなかったようで、頭がぼうっとする。「……最悪の目覚めだな」
肌がじっとりとしていて、寝ている間に汗をかいていたことがわかる。顔だけ洗おうにもスッキリしないため、このままシャワーを浴びてしまおうか。
ザァッ、とシャワーから出るぬるいお湯が汗を流すと同時に、どこか重苦しい気持ちも流してくれるような気がする。少しだけサッパリした身体を拭きながら、この後どうしようかと考える。掃除は昨日済ませてしまったし、このまま家にいてもやることはなさそうだから外に出ようか。そう決めていつもの服へと着替える。
特に目的もなく璃月港を歩いていると、旅人と小さな連れを見つけた。思わず「やあ」と声をかけたが特に用事がある訳では無い。
「旅人じゃないか。これから何をしに行くんだい?」
「オイラ達は今から釣りをしに行くんだ!」
旅人が揚げ魚の甘酢あんかけを作ってくれるんだ、いいだろ〜!と、ふよふよ周りを動きながらパイモンは教えてくれる。
「奇遇だなあ。僕も今から釣りをしに行くところなんだ。良かったら一緒に行ってもいいかな」
旅人がうん、と頷いたのを確認して3人で釣り場へと向かった。
気がつくとあたりは薄暗くなってきていて、長い間ここで過ごしていたことが分かる。
「旅人といると時間を忘れてしまうね」
かなりの量釣った魚を見る。1匹1匹丁寧に処理していく旅人を見て、手伝いを申し出たが断られてしまった。そういえば、誰かが料理をしているところを見るのは久しいな、と思う。故郷での家族が最後だろうか。いや、1度だけ彼女がキッチンに立っていたな、あまりにも拙い包丁さばきだったため最終的には一緒に作ったのだが。余計なことを思い出して、深く息をついてしまう。
「大丈夫か?」
「いや、なんでもないさ」
小さな友人は心配そうにこちらを覗き込んだが、すぐに旅人が持ってきた料理の虜になっていた。
「う〜ん、オイラはもうお腹いっぱいだぞ……」
あれだけ食べたらお腹いっぱいだろうね、と小突く2人を眺める。その頃には完全に陽は落ちていて、少し遠くに見える港の灯りと、目の前でパチパチと燃える火だけが辺りを照らしてくれている。明日は朝から用事があったことを思い出し、2人にそろそろ帰ることを告げる。
「じゃあね、旅人、パイモン。ご馳走様。」
「おう!またな!」
ブンブンと腕がちぎれそうな程手を振る友人と、胸の辺りで控えめに手を振る旅人に軽く手を振ってから帰路につく。
「ただいま」
誰に言うでもない挨拶を部屋に入りながら呟いた。一気に疲れが襲ってきて、このまま寝てしまうか悩む。夕食は先程済ませてきているし、潮風に当たっているから風呂くらいは入っておくか、と本日2度目のシャワーを浴びることにした。
・
「タルタリヤ」
子犬が飼い主を探すように、彼女は声をかけてきた。彼女がここ最近よく眠れない、と言っていたことを思い出す。
「助けて」
もう無理なの。小さな声だったが確かに自分の耳には届いた。言葉を漏らした瞬間、彼女の瞳からは小さな粒が零れ落ちていく。かつて弟たちにしたように、大丈夫、と背中をさすろうとも彼女が落ち着くことは無かった。
それからどれくらいの時間が経ったかは分からないが嗚咽も聞こえなくなって、彼女が泣き止んだことが分かる。構成員として動くのがもう辛いのであれば、このまま璃月で名前を変えて暮らせばいい。そう言おうと思ったのだが彼女は違ったらしい。
殺して。
唐突だったが、静かな部屋にはその一言がよく響いた。
「私、嫌なの。もう子どもたちがあんなことされてるの見たくない」
今までも小さい子を組織まで連れて帰ってくることはあった。その人数が増えていく度に彼女の笑顔は陰りを増していったのだ。気づかない振りをしていた罰だろうか。
「私をここまで育ててくれたのはファデュイだって分かってる。だから、恩返しだと思ってたけど、私には、これ以上は出来ないよ。だからお願い」
わかった、と短く返事をして、ベッドに寝ている彼女の上に覆い被さるように馬乗りになった。
無防備にさらけ出されている、白くてしなやかな首に手をかける。両手に力を込めれば、小さな呻き声を漏らして間もなく彼女は目を閉じた。微かに聞こえる呼吸音が部屋中に響く。構わず力を入れ続ければ、彼女の身体から一気に力が抜けて、聞こえていたはずのそれすら耳に届かなくなる。部屋は無音に等しかった。
・
じわ、と背中に布が張り付いているのがわかる。外はまだ仄暗くて、どうやら夜は空けていないらしい。嫌な夢だったな、と横を見ても当たり前だが誰もいない。生温かい返り血を浴びることはなんとも思わないのに、あの時の彼女の体温だとか、息遣いだとか。そういったものは未だ忘れられないらしい。
水でも飲めば気分が変わるだろうか、そう思いベッドを出る。グラスを取り出すために棚を開ければ、一人暮らしにしては少し多い食器の量に頭痛がした。
「情けないな……」
他の誰にも見られたくないこの感情をグラスの中で揺れるそれとともに流し込む。
明日になれば、きっと全て忘れているだろう。そう思いながら再びベッドへ横になったのだ。