「あ、火神くんだ。やほー」
「おう、名字」

火神くんはそれはそれは背が高い。
そのうえ、髪が赤いもんだから遠くからでもよく分かる。
その身長に比例してデカ長い腕には大量のパンが抱え込まれている。

「相変わらずよく食うねぇ」
「そうかぁ?ふつーだろ、こんなの」
「バスケ部だっけ? 運動してたら消費もはやいか。そんな腹ペコ火神くんにプレゼンツ!」
「presentな」
「発音はどーでもいいの。パウンドケーキ重ために作ったから感想聞かせてちょ」
「名字の作ったもんはうまいもんが多いからな」
「ほめても菓子しか出んよ」

私がなぜ火神くんにパウンドケーキを献上してるかというと、お料理仲間だからだ!
初めて会った時、火神くんはすべて売り切れた購買で呆然と立ち尽くしていたのでおやつがてらに持ってきていた惣菜パンを分け与えたのだ。
パン生地に初挑戦だったため友人にでも味見させようと思っていたところだったのでちょうど良かった。
そしたら、火神くんは的確なアドバイスをくれたのだ!
基本、待ち時間が長い料理は苦手な私である。
その時のパンも規定の発酵時間を忘れて長時間放置をしてしまった。
それに対して火神くんは

「イーストの臭いがする。発酵させるとき置きすぎじゃねぇ? あと、中のきんぴらはもうちょい味が濃いほうがうめぇと思う」

しっかりとバレた。
料理出来る子だと確信もした。
その後、パンに限らず色々味見をしてもらってアドバイスをいただいているわけです。
たまに火神くんのお裾分けももらう。
基本は夕飯の残りらしいけど、それはもううまい。
運動して汗かいてるからか味付けは濃いめだけど、お弁当にすると冷めてちょうど良い塩加減です。

「あ、そうだ。バスケ部大活躍らしいじゃん。今度試合見に行くよ」
「そりゃいーけど。名字人多いとこ大丈夫かよ?」
「うーん。びみょー?」
「ンだよそれ。今週末、練習試合あっから見にこいよ。うちの学校だからちけぇだろ」
「マジか。じゃあレモンのハチミツ漬けでも作って行くわ」
「それは助かる。マジで」

レモンのハチミツ漬けって聞いたとたん火神くんの顔色が悪くなったけどどうしたんでしょ?



正直、なめてました。
いや、ほら、全国区っつっても高校生でしょ? とか思ってました。
すみません。
なにより、普段は超クールな火神くんの熱いところを見るとは思ってなくてですね。

「やばい。カッコイイ」

ダンクを決めてるときとか当たり前にカッコイイし、鋭い目付きでボールを追う顔は野性的で男前だ。
そりゃ普段から男前だとは思ってましたけど、あんな吠えるように熱い男だとは知らなかったし、不敵に笑う口許からのぞく犬歯にときめいたりはしてない!

あー、どうする? どんな顔して差し入れ持ってけばいいのさ!?
顔が熱い気がする。
これはアレデス、体育館の熱気がですね……
と、自分に言い訳をしてるとケータイが震える。
火神くんからメールだ。

「入り口で待ってる」

……そうだね! 事前に差し入れするってレモンのハチミツ漬けだって伝えてたもんね!
はね上がった鼓動は無かったことにして、差し入れの入った保冷バッグを片手に2階から降りる。

「おう名字!」
「や、やぁ火神くん。素敵な試合だったよ! 迫力があるというかなんというか、言葉にできない感じで」
「まぁ練習試合だからな! 本番になるともっとスゲェぜ!」

あぁ、普段の火神くんからは想像できないハイテンションっぷり。
そんな無邪気に笑う火神くんは私知らないよ。
静まれ、落ち着くんだ私!

「これ! 約束のレモンのハチミツ漬け! あと他にもいろいろあるから食べるがよいよ」
「なんか、変だぞ」
「言葉使いがってちゃんと言ってくれないと頭がおかしいみたいに聞こえるよ、火神くん」
「それもだけど、顔赤いし、目も合わせねぇ。体調でも悪いのか?」
「なんのことやら! 名字さんはいつも通り元気だよ!」

これは! バッグの中身に話をすり替えたほうがいい気がする!
これ以上突っ込まれると心臓がもたん!

「レモンの他にもグレープフルーツとか、あとナッツが大量に手に入ったんでね。漬けてみたから感想ヨロ」
「ん? ああこんなに悪いな。でも、一人分にしちゃ量が多くねぇか?」
「……? なにを言ってるんだい? 部員全員分に決まってるじゃん」
「は?」

さすがに火神くんの分だけ渡すわけにもいかないだろうと多目に作ってきたんだが……
なんで、そんな不機嫌そうな顔をしてるのかな、火神くん。
そんな顔初めて見たよ?

「全部オレが食う」
「なにいってんの!?」
「オレのために作ったんじゃねぇのか」
「いや基本、火神くんのためだけどね」
「じゃあオレのもんじゃねぇ?」
「いやいや、こんなにハチミツ摂取したら糖尿まっしぐらだよ! ナッツは火神くんの分しかないからお家でチマチマ食べな!」

それでも不服そうな火神くん。
なぜに?

「はぁ、ヒロシくんにも持ってくって言ってあるから独り占めは無しだよ」
「ヒロシ? フクのことか?」
「あーうん、クラスが一緒でね。ハチミツ漬け楽しみにしてるみたいだから」
「なんでフクは名前呼びなんだよ」
「うちのクラス福田くんが二人いるから区別するためにね」
「……そーかよ」

心なしか火神くんがむくれているような……
この数時間でさまざまなギャップ萌えを提供してくるとは! 火神くん侮れない!

「オレのことも名前で呼べよ」
「は?」
「オレも名前って呼ぶし」
「え? いやそれはいいけど……」
「今日の名前なんかヨソヨソしい? し、オレが一番仲いいと思ったらフクのこと名前で呼んでるし、なんかズリィ」
「え、あ。その。と、ととととにかく! 部員の皆さんでた、食べて、くださき!」
「あ、おい!」

むり! あれ以上、火神くんのギャップを受け止めるのはムリだって!
なに? 一番仲いいって! 嫉妬? 嫉妬ですか!?
どっちに!?
ちょっとむくれて下向いたところで、私からは丸見えですよ!

保冷バッグを押し付け全力で逃げた私には、実は隣で一部始終見ていた黒子くんの存在も、その後からかわれて赤くなる火神くんのことも知るすべはなかった。
そして、名字で呼ぶたび名前呼びを強制されて、ちょっとずつかが、大我くんに惹かれていく自分を予想すらできなかった。



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