小話
- 2020/06/21父の日
BW
※主人公デフォ名
「シウンちゃん、これとこれどっちが良いですか?」
目の前に突き出された二つのハンカチを見比べる。白いハンカチと紺色のハンカチ。クソどうでも良いという言葉を飲み込み、紺色のハンカチを見やる。
「………右」
「ではこちらを」
メアは左手に持ったハンカチを持ってレジに向かう。
残された白いハンカチを見て、メアのだったら白の方が良かったかなんてぼんやりと考えて。やめた。
「はぁ…」
メアに引きずるように連れ出され、高級ブティックでハンカチを選ばされた。これ僕が出てくる必要あった?と何度も考えるが、あの家の二人は僕のことを理由もなく連れ回す。どれだけ拒否しても、ほぼ拉致に近い状態で外に連れ出される。本当に何がしたいのか分からない。
もういっそ、連れ出される前に一人で出かけてしまう方が楽なんじゃないかと思う。あぁそうだ、次からはそうしよう。うん名案では?
「お待たせしました。シウンちゃんは何か欲しいものはありませんか?」
「いやないよ」
「アーデンちゃんはお金だけはある男ですから、好きにしていいのですよ」
「それは知ってる。いつも言ってるけど、本当にないよ。何も」
「そうですか」
メアが無表情で頷く。
メアには表情があまり、というかほぼ無い。僕も表情豊かな訳じゃ無いけど、メアは本当に無表情だ。まるで人形のような。そのくせオッサンには当たりがきつかったりする。よくわからん。
「では帰りましょうか」
「あ」
家に着くと、メアが無表情のまま口を開いて固まった。
何事かと靴を脱ぐのを止めメアを見ると、突然紙袋を押しつけられる。
「すみません。買い忘れを今思い出しました。という訳でシウンちゃん、それをアーデンちゃんに渡して置いてください」
「は?なんでっ、」
「お願いしますね。ワタシが帰るまでに渡してくださいね。渡していなかったら今夜のデザートは抜きですよ」
バタンッ
ハンカチの入った紙袋を無理矢理押しつけられ、勢いよく扉が閉められる。
買い忘れって珍しい…というかそんなの初めてじゃないか?でも、出会ってまだ数ヶ月しか経ってないしこういうこともあるか。
「……はぁぁ…だる……」
紙袋を見つめ思いため息を吐く。のろのろと靴を脱ぎ、紙袋を握りしめ渋々オッサンがいるであろう書斎に向かう。足取りは重い。確実にうざ絡みされる。
ノックをしようと手を上げ、下げ、上げ、下げ。それを何度か繰り返して、何度目かのため息を吐く。この家に来てから一度も、この部屋に自分から訪ねたことは無い。用事も無いし、何よりオッサンに会いたいとも思わない。
「おや、シウンおかえり」
「げ!」
そんなことを繰り返していると、内側から扉が開き、オッサンが顔を覗かせる。
「人の顔を見るなり、げって酷いよシウンちゃん!おかえり!!」
「あーーー………はいこれ」
「え!?これ!」
「渡したから」
驚いたような顔をしたオッサンから逃げるように背を向ける。とりあえずミッション完了。もう部屋に引きこもる。これ以上絡まれないうちに、っ!?
「シウン〜〜〜!!」
「い゛っ、なんっ、きもい!!離せ!!」
突然オッサンが大声を上げながら抱きついてくる。そしてそのまま僕の体を持ち上げる。
「うえっ、下ろせ離せクソオヤジ!」
「俺は感激だよシウン〜〜!!」
「はぁ!?意味が分からん!離せ!」
「まさかシウンから父の日にハンカチを贈ってもらえるなんて!!!!」
「はぁあ!!?」
何の日?は?幻聴だと誰か言ってくれ。
どうにかオッサンに精神的にキツすぎる抱擁から抜け出し距離を取る。
「知らん知らん!僕はそんな物贈ってない!というかオッサンは、…父じゃ無いし!」
「えぇ〜〜?今更照れるな照れるな〜!しっかりラッピングまでして〜!」
「はぁ!?」
オッサンがウザったらしいくらい綺麗な笑顔を浮かべながら紙袋から取り出した紺色のハンカチを見せてくる。
それには確かに父の日仕様らしいラッピングが施されていてサッと体温が下がる。
最初からそのつもりで僕を連れ出したんだ あのメイドは。
「騙したな…」
「いやぁ俺は幸せ者だなぁ!」
「はぁ………クソすぎ……」
ぐわんと視界が揺れる、めまいがしてきた。オッサンに背を向けあてがわれた部屋へと向かう。
最悪だ。
「シウン」
後ろでオッサンに名前を呼ばれる。振り返らずにそのまま歩を進め扉に手をかけた。
「ありがとう」
「寝る」
後で歯磨きしろよ。なんて、のんきな声が聞こえたが聞こえないフリをした。
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