我が輩はポケモンである。
名前はまだないが、ニャスパーという種族の名前はある。
トレーナーは居らず、世話になっている人間がいる。今日も今日とて、その人間の家へと真っ赤なスニーカーを履いた小さな足で向かっていく。このスニーカーはその人間の母がくれたものだ。
途中、花畑に立ち寄り、今日はそこに咲いていた桃色の花を一輪手土産として持って行くことにした。

人間の家に着く。
窓がいくつも並んだアパートという建物に人間は住んでいる。下から一つ、二つ、三つ目。上から一つ、二つ、三つ目の部屋だ。
自身にサイコキネシスをかけ、宙に浮く。ふわふわと上昇し三つ目の部屋のベランダへと降り立った。小さな鉢植えが一つと、小さな木の箱が置いてあるシンプルなベランダだ。
小さな木の箱を開き、その中にスニーカーを大事にしまう。これは人間が我が輩のために用意した素敵な靴箱なのだ。
箱を閉め、今日も自らの務めを果たす靴箱を撫でてからベランダのドアの前に立つ。
透明な窓に顔を貼り付け中の様子をうかがうが、物音一つせず、中には誰もいないように見えた。しかし、この家には必ずあの人間がいる。
人間は我が輩のために靴箱とは別に、素敵なものを用意してくれている。それはドアの横に着いたベルだ。我が輩の背より少し高い位置に付けられたそれを、サイコキネシスで揺らし音を鳴らす。
りんりんりん。りんりんりん。

・・・・・・

応答はない。
これはいつものことだ。あの人間は生活習慣が乱れに乱れている。昼夜逆転など日常茶飯事なのだ。
仕方が無い。透明な窓の真ん中辺り、サイコキネシスで鍵を開ける。人間の母から、人間が出ない時は鍵を開けて入っても良いとの許しは得ている。これは断じて不法侵入というものではない。
中に入る前に体についた汚れを軽く叩き落とし、我が輩の力でも簡単に開く窓をスライドさせ中に入る。

「にゃぱぱ」

可愛らしい鳴き声だが、今のはお邪魔しますという意味だ。我が輩は礼儀正しいポケモンだからな。

窓を閉め、しっかりと鍵をかけ直して部屋の中を歩いて行く。
人間は我が輩の何倍も大きいので、部屋の中を歩いて行くのは大変だ。しかし、我が輩にはやるべきことがある。
キッチンを覗き、火の元を確認。ガスついていない、よし。
風呂場を覗き、シャワーを確認。水は垂れていない、よし。
人間の母はおっちょこちょいだから、火を付けっぱなしにしたり、シャワーを最後まで止めていないということがたまにある。そういうことを防ぐために、我が輩は最初に家の中を巡回するのだ。

巡回を終え、とある部屋の前に立つ。
ノックを三回。応答はない。
扉に耳をあて、中の音を聞く。

・・・・・・

眠っているようだ。
起きているときはカタカタという音か、カチカチという音がよく鳴っている。ゲームというものをしているそうだ。カタカタはパソコン、カチカチはテレビのゲームだ。我が輩は音の違いが分かるポケモンだからよく知っている。
サイコキネシス、ではなく。自身の力で手すりに飛び、飛び上がった勢いのまま扉を開く。手を離して着地すると、頭の上でカチャンという音がした。
扉を閉め、テレビの前を横切りベッドによじ登る。
枕には暗い髪が散らばり伸びた前髪で顔はよく見えないが、その目はしっかりと閉じられていて、眠っていることがよくわかる。
確認するまでもないが、人間の母から生存確認をするように頼まれているので、息をしているかを確認する。

「……」

死んでしまっているかのようだが、ちゃんと生きている。音の違いが分かる我が輩はとても小さな寝息を聞き逃さない。
柔らかい頬をぺしぺしと叩いてやると、少し顔をしかめて寝返りを打つ人間。我が輩から逃れるように後ろを向いた人間を追い、ベッドの反対側へと移動する。そしてもう一度頬をぺしぺしし、可愛らしい声で一鳴きしてやる。

「にゃぱ」
「ん゙〜〜」

眉間にしわを寄せうなる声をあげる人間にため息をつく。仕方がない、最終手段を披露しなければならない。小さな手を一度握りしめ、パッと開いて人間に向けて手をかざす。そして、お腹に力を入れサイコパワーを放つと、ゆっくりと人間の体が宙に浮いていく。
1度目と2度目はやさしく頬をぺしぺしする程度だが、3度目には人間の母から許しを得たサイコキネシスで、人間を吊り上げ強制的に起こす。それが我が輩の大切な任務なのだ。

「う、ぇっ、待って…おきた、おきた!」
「にゃぱー」
「げ!まっ、うわぁあ!ストップストップ!」

宙に浮かんだ人間をぐるんと回転させると、人間は叫び声を上げながらやっと目を開く。
いつもいつも手のかかる人間だと呆れつつ、ゆっくりとやさしく人間をベッドの上に戻してやる。

「うぇ、お腹気持ち悪…」

しかし、起きたはずの人間は顔を青くさせ、口元を抑えてベッドの上にうずくまっていた。また眠ってしまうのかと。






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