1.Acceptance Letter

入学許可証


魔法族であっても配偶者がマグルだったり混血だったりする家庭では大抵、子供達はその国の一般的な初等教育を受ける。イギリスの場合は家庭差も地域差も大いにあるが、早ければ三歳、遅くても五歳には所謂幼稚園にあたる就学前教育を一年は受け、五歳から十一歳まで初等教育を受ける事になっている。しかし、家庭内のみでの学習も許されている事もあり、ほとんどの純血家系の魔法族は魔術系の学校を除く知識は家庭学習のみで済ますものが多数だ。そして、イングランドのコッツウォルドの一部であるウィルトシャー州にてマグルには其れなりに裕福な家庭として、魔法界からは変わり者の純血として暮らすシルヴェストル家の娘ソレーヌはマグルに混ざって初等教育を受けていた。
シルヴェストル家と言えば、魔法界では有数の魔法薬の大家であり、非魔法界ではハーブティーやハーブコーディアル、ポプリに御守り等の専門店をヨーロッパ中に出店している有名店店主の家名だ。
けれど、その実はウィルトシャー州のマルフォイ家に長く仕える一族であり、ブリテン島の各地に散らばる純血名家にとって、時折誕生するスクイブの行き先でも有った。
いくらスクイブとは言え、自分の子供を無碍に扱える筈も無い。その唯一の行き先がシルヴェストル家なのだ。シルヴェストル家の本家、分家問わず、昔ながらの婚約という魔法契約を結んだ者は個人差はあれど半数以上は魔力を発現すると来たら、親としては声高に願う事も出来ないが、せめてもの祈りを込めて託すのだ。

ソレーヌが六歳になった年の夏、シルヴェストル家に主家たるマルフォイ家からの客人が有った。当主アブラクサスと長男ヴィルジールである。挨拶を済ませて、応接間のソファにかけ、ハウスエルフが用意した紅茶を前に本題に入る。
「アブラクサス様、もしや……」
女系であるシルヴェストル家の当主ソレーヌの母イーニッドだ。代表してアブラクサスに声を掛ける。
「ああ、イーニッド。ヴィルには入学許可証が届いていない。つまりスクイブなのだろう……イーニッド、我が子を頼む」
そう言ったアブラクサスは眉を寄せているが、その目には悲しみが有った。
「まあ……そうでしたか。ではヴィルジール様とソレーヌの婚約を結びましょう。分かりますね、ソレーヌ」
「はい、お母様」
ソレーヌもヴィルジールも良く知った親族で有り、幼い頃より他の誰かより多少は知っている。五つの年の差など、些細な事だ。
「そろそろシルヴェストルへマルフォイの血を入れる時期でもある。問題は無い。そう言う事だ、ヴィル」
「はい」
さすがにヴィルジールの方は、己れがスクイブであると言う現実に、やはりと言う考えと、信じたくないと言う思いに気落ちしていたが、シルヴェストルの分家に追いやられるとばかり思っていた為に、良く知るソレーヌとの婚約に少しばかり持ち直した。

「ねえ、ヴィルジール様。私、嬉しいです」
大人には大人の、子供には子供の社交が有り、今回は婚約の為の話し合いが両家の当主間で行われる。その為、二人は別室で大人達を待つ。いつもの事だ。
「そうか。私は驚いているよ。ああ、ソレーヌ、私の事はヴィルで良い。婚約者なのだから」
父アブラクサスと良く似たヴィルジールとルシウスの兄弟は、どちらも将来が約束された美少年だが、兄の方が全体的に色素が薄く儚げにすら見える。見慣れたソレーヌには効かないが、免疫の無い者には効果覿面だろう。当然、その容姿をヴィルジールは自覚している。
「分かりました、ヴィル。これから宜しくお願いします」
「こちらこそ宜しく頼むよ、ソレーヌ」
微笑み合う二人は実に絵になっていた。ソレーヌもまた、シルヴェストル家の特徴がよく現れた少女だ。青味がかったグレーの眼、ヴィルジールよりも明るいシルバーブロンドの長い髪。髪と同じ色の睫毛が縁取るのは少しキツめで大きな眼。まるでビスクドールを思わせる少女の姿はヴィルジールと合わせると、計算され尽くした絵画の様だった。

***

「ソレーヌ!見てくれ!」
婚約者としてアブラクサスとイーニッドの立ち合いのもと、魔法契約を交わしてから2週間後、ヴィルジールが息を切らせて書斎へ現れた。
「どうなさいました?」
「ボーバトンの入学許可証が届いたんだ。ギリギリだが、未だ間に合う。」
その手には羊皮紙の封筒が握られていた。
「まあ!お母様に知らせましょう!」
読む本を選んでいたソレーヌが持っていた本をライティングビューローに置いて蓋をし、ヴィルジールに駆け寄った。

二人して喜色を浮かべて少し駆け足で現れたものだから、イーニッドは一瞬目を見開いたが、ヴィルジールが差し出した封筒を受け取り、裏に記されたボーバトンの校章を見て納得した。
「ボーバトンアカデミーね。宜しいのではないかしら。とても洗練された美しい所だと聞いた事があるわ。直ぐに返事を書きましょう。」
色良い返事に何よりソレーヌが喜んだ。ヴィルジールがホグワーツへ行けな事をとても気にしていると気付いていたからだ。
「ヴィル、本当に良かったわ。ホグワーツでは無くとも呪文も魔法薬も学べるものね。」
「有り難うございます。本当に、夢の様です!」

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