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未だタツが幼児だった頃、父に言われた事がある。
「お前の名が何度変わっても、お前の魂は同じだよ。僕が通称を覚えられないのは悪いけどね、見紛う事は有り得ないよ。お前は僕の娘だからね、お前の真名は僕しか知らない様になってる。其れで充分だよ。」
実際、弟の名も出て来ないし、他の刀剣男士達の名も出て来ないのは常であり、ほんの時たまに出て来たら嬉しいよりも驚きの方が勝る。流石に妻で主であるタツの母の真名と審神者名である紅梅は覚えているし、タツが審神者名である酔仙翁を決めてからは、其れも覚えてくれた様だった。まあ、審神者名は良くある花の名だからだと思うけれど。その辺りは、母の初期刀である歌仙が考えてくれたのだ。

審神者になるにしても実家にあたる本丸での日常である、母と共に行う簡単な禊ぎ、祈りに始まり、結界の張り方に浄化のやり方と言うものは一通り経験済みであり、日常の一部だった。母が常日頃から行う神道的な修行と仏教的な精進には食も含まれている。幼少から菜食メインで五葷も避けていた。肉は余り物を頂いた場合にのみ有り難く食した。酒は御神酒だけは良しとしていた。尤も、これらは審神者である母と母と同じを望んだタツにだけ出された食事だった。
日々、戦をしている男達に同じ食事では力が出ないに決まっている。実際、父である髭切も結構沢山食べる方である。大太刀の皆は言わずもがな。
そんな精進を重ねる日々が当たり前なタツが審神者になる為に、審神者養成学校へ行く事になった時、本人は既に精進の意味と守るべき事は日々の江雪左文字達からのお説教のお陰で理解していた。
それ故に、その年齢の割には霊力…と言うより生まれ持った神気で満ちた体は、長年審神者を続けている母と近しいものに成っていた。
数少ない本丸生まれの子はタツの様に既に人間離れしている者が多く、実際に生まれた時点で父である刀剣男士の眷属である故に、小学校や中学校に通う事も義務ではない。
その代わりに本丸内で、学のある刀剣男士達に教育される為、余計に現世離れした子に育つ。確実なのは着物姿が板につき、和歌を詠み、刀剣を確り扱えたり、参考にするべく闘戦経を読み、知識として孫子を一応は読んだり、と着実に男女問わず一人の何は将となるべく育てられていると言う事。
それ故に、嘗てなら裳着や元服の済んでいる15歳で審神者養成学校へ入学したタツは、学友との話の合わなさも周りの目も気にする事もなく、課せられたカリキュラムを、淡々と終えての自主練として瞑想であったり、木刀を素振りしたりと言う学校での過ごし方に成っていった。
養成学校での授業は、刀剣男士との接し方や彼らが神の一柱で在る事、そして力を貸して頂いている存在であると強く言われていた。何を当たり前の事を、とタツは思ったけれど、これは刀剣男士を酷使する等を防ぎたい政府による教育方針だった。この頃には減っているが、初期の頃はそう言う本丸も案外有ったのだ。

学校ではタツは浮いていた。象牙色とも呼べる白い髪を長く伸ばし、オレンジ味が強い茶色い、猫の様なちょっと鋭い目。父譲りの色合いと母譲りの清廉さ、良く躾けられた和装の似合う立ち振る舞い。美しいと言える容貌だ。
浮いてるのだと母からの人間らしさの部分で理解はしていたが、父からの人外としての感覚は、どうでも良いと告げていた。人からの些細な評価など、気にする事など無いと。
髪を染める事は許されていない養成学校で、ずっとその色をキープしていると言う事は地毛だと言うことになるが、一部は贔屓されている違いないと陰口を叩いた。中には聴こえる様に言う猛者も居たがタツが堪える事は無い。
それどころか、一応は同期と言う事になる彼、彼女らに父の教え通りに「嫉妬ですか?良くないと思いますよ、鬼になってしまうそうです。穏やかに行きましょう」と顔色一つ変えずに言うものだから、煽られたと更に苛立っていたが、タツとしては親切のつもりでしか無かった。
そんな彼女が気に食わないらしい者達は贔屓されているのなら、初鍛刀の授業で彼女を嗤ってやろうと目論んでいた。勝手な思い込みで、彼女の成績すらも不正だと思うように成っていた故に、大した刀剣を顕現出来ないだろうと言う非常に思い上がった考えだった。
どんな刀剣男士が顕現されようと、その審神者候補者が現役になった時に最初期から初期刀と共に支えてくれるのだからと、等しく大事に思う者が多く、者によっては縁の深い刀剣男士が引き寄せられ易いと言うのが初鍛刀だ。

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